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花は君のために  作者: 須田昆武
本編
11/132

9 拒絶




「…………誰か、来たのかな?」



 外が少し、騒がしい。

 気のせいかな。今、七色の声が聞こえた気がした。

 ……会いたいな。でも、会いたくない。


 ガチャガチャと音がして、玄関が開く。

 ああ、あの人が帰ってきたのか。



「おかえりなさい」


「…………」



 私たちの間に、会話はない。これはいつものこと。

 ……の、はずだけど。



「外に、お前の友人が来ていた。友好関係は断つように言っていたはずだ」



 今日は珍しく話しかけられた。

 誰……だろう。やっぱり、気のせいじゃなかったのかな。



「ごめんなさい」


「…………まあ、いい。時間の問題だ。どうせ全て、過去になる」



「それって、どういうこと?」


「……時と共に記憶は薄れ、消えていく。お前が消えて寂しい思いをする人間がいたとしても、それは一時のことだ。お前が…………花園雨音が存在した証は、薄れて、消えて、忘れられていく。最後には、何も残らない」



 ……そっか。それは少し、安心した。

 友達や大切な人と会えなくなる、それはとてもさみしいこと。それくらい、私にもわかる。

 そのさみしさも、いつかは消えてなくなるのなら。過去になるのなら。

 ……私は、何も迷わず進んでゆける。



「ねえ、オーナー。あなたも、そうだった?」



 あなたは失った人。残された人。あなたにとってのかなしい出来事は、もう過去になったのだろうか。



「あなたはもう、さみしくない?」


「………………」



 オーナーは何も言わない。私に背を向けて、歩き出す。



 さみしい。

 私はまた一人、部屋に取り残されていく。




♢♢♢♢♢




「……旦那様、お話があります」



 全ての用事を済ませて、屋敷へと戻ってきた。

 書斎では、この屋敷の主……花園嶺(はなぞのれい)がコーヒーを片手に書類の束を眺めている。



「時音様が、旦那様に聞きたいことがある、と」


「…………何だ。手短に済ませろ」


「雨音様のことです。雨音様の出自について、この屋敷に来た理由について……時音様は、知りたがっています」



 時音様だけではない。この屋敷の誰もが、雨音様が本当は何者なのかを知りたがっている。突然現れた主人のもう一人の娘、それが単なる隠し子か、それとも別の何かか。疑問や違和感に目を瞑りながら、我々はあなたの言葉を信じて尽くしてきた。



「それは、時音が知る必要のないことだ」


「時音様を、傷つけてしまうからですか」


「お前が何を知ったのかは知らないが。余計な詮索はするな」


「……失礼いたしました。時音様が御自身のことよりも、雨音様のことを案じておられましたので。近頃は雨音様も、元気のない様子でいらっしゃいますから」


「………………」


「時音様は雨音様ことを、()()()()()()()()のように可愛がっていて……」


「何が起ころうと。手術の予定は変わらない。これは最初から決まっていたことだ」



 ああ、やはり。その話へと繋がるのですね。

 では何故。



「……最初から、決まっていたのなら。何故、時音様と雨音様を引き合わせるようなことをしたのですか」


「何も知らなければ、気づかなければ。いえ、それ以前に。二人を会わせなければ」


「誰も、苦しまずに済んだのではありませんか……?」



 もし、時音様が事実に気付いてしまったら。そうでなくとも、雨音様がいなくなるようなことがあれば。時音様が悲しむことくらい、分かっていた筈だ。それくらい、分かるだろう。貴方は知っていたのだから、最初から。それなのに、何故!



「これでは、あまりにも」


「これ以上口を挟むな。お前には、関係の無いことだ」



 ……関係無い。それは分かっている。自分は部外者で、口を出す権利など無いことは。けれど、それでも。簡単に割り切れる筈がない。


 時音様はもう全てを知っている。事態は複雑に動き始めた。明日は雨音様を時音様に会わせなければならない。


 ……時音様がどう決断するかなど分かりきっている。だからこそ、苦しい。




♢♢♢♢♢




「……広瀬、少しだけ。雨音と二人にして」


「分かりました…………無理は、しないでください」


「ありがとう」



 久しぶりに雨音の姿を見た。広瀬にお願いして、雨音を病室に連れてきて貰った。



「……時音、ごめんね。あんまりお見舞いに来れなくて」


「いいの、そんなことは。退院すれば、雨音にはいつでも会えるんだから」



 雨音は、私と目を合わせようとしない。



「ねえ、雨音。あなた、私に隠してることがあるんじゃない?」


「…………ないよ。時音には私のこと、全部教えてる」



 そう言って、雨音は無理やり笑顔を作る。



「……ごめんね、意地悪して。そう、私、あなたのこと全部知ってる。全部お見通しよ。だって、お姉ちゃんだもん。ねえ、雨音。もっと近くに来て」



 ベッドのすぐ側まで来た雨音の手を、自分の手で包み込む。

 あたたかい体温が伝わってくるのを感じる。



「あなたは私にとって、双子の大切な妹なの」



 一緒に過ごした時間は決して長くはないけれど。

 それでも、あなたは私の大切な家族。






「だから、雨音。あなたの心臓はいらない」






「…………あ、れ」



 雨音の手が僅かに震えている。



「だめだよ、時音にはそれ、知られちゃだめなの、どうして」


「……あなたのことを大好きな人が教えてくれた」



 悔しいけれど、あの人が教えてくれなければ、私は何も気づけなかった。雨音、きっと今まで沢山苦しい思いをしたよね、ごめんね。



「ねえ、お願い雨音。私の前からいなくなるなんて言わないで。私、あなたに会えてうれしかったの。これからも、そばにいるって約束して」


「約束するよ。私は、時音とずっと一緒にいる」



 雨音は私の手を強く握り返した。



「……私は、時音、あなただから。手術をしても、私はあなたに還るだけ。これからも、ずっと一緒だよ。何もかなしいことじゃないの」


「違う」



 違うよ、雨音。それじゃ意味がない。分かってない。



「あなたは私なんかじゃない」


「時音だよ。私、あなたと同じ」


「馬鹿にしないで。あなたと私は違う存在。それが、どうして分からないの?」



 雨音の表情が引きつる。目には少し、涙を浮かべて。



「わからないよ、だって私、そう信じて生きてきた」



「時音に心臓をあげて、もう一人の自分を救うこと、それだけが私のいる意味だった、だから」



「…………時音がどうしてそんなこと言うのか、わからない」



 ……雨音、あなたは。そうして私のために何もかも我慢してきたのね。それじゃあ、私は。今、あなたに酷いことを言っているわね。あなたが縋ってきたものを、全て否定しているのだから。


 それでも。私は、あなたに真実を突きつけなければならない。

 簡単なことよ。あなたでも分かる。



「………………じゃあ、教えてあげましょう」



 かわいそうな、私の大切な、愛しい雨音。

 あなたには、私の知らないあなたがあって、私には、あなたの知らない私がいる。



「…………私ね、広瀬のことが好き。広瀬と一緒にいると、温かくて、幸せなの。私は、あの人のことが好き」



 雨音の目が泳ぐ。私たち、隠し事は無しって約束してたけれど。あなたも、そして私も。最初から嘘つきね。



「……知らなかった」


「うん。内緒にしてた」



 雨音の目を見て、ゆっくりと語りかける。たとえ、あなたがクローンだとしても。複製された命なのだとしても。揺るぎない真実は、確かに存在する。



「過ごした時間も、愛する人も、何もかも、あなたとは違う。私の命は私だけのもの。雨音、それはあなたも同じ」



 とても簡単で、大切なこと。あなたにもきっと分かる。



「そうでしょ?」


「私…………は………………」




 雨音の目から、大粒の涙が流れる。

 ごめんね。意地悪言いすぎたね。でももう、無理しなくていいんだよ。


 小さな子供みたいに泣く雨音を、抱きしめる。

 泣いているあなたを見ていたら、私も何故か、涙が出そうになった。

 ……私はお姉ちゃんだから、あなたの前で泣いたりはしないけど。



「私ね。もう、とっくに覚悟はできてる。お父様があなたをお家に連れてきたときから、なんとなく分かってたの」


「生きるのは私じゃない。あなたの方」


「……きっとね、お父様は一人になりたくなかっただけ。本当はどちらでもいいの。だからあなたは花園雨音になって、私たちの家族になった。家に来て、学校にも通って、みんなと同じように生きている。あなたが生きるための道は、もうとっくに用意されている」


「あなたが私の代わりに生きていてくれれば、お父様はきっとさみしくない」



 雨音は泣きながら、首を振って声を上げる。



「違うよ、そうじゃない。時音は特別なの、わたしは代わりになれない」


「……だとしても。私はあなたの命を奪ってまで、生きたいと思わない」



 これは私の運命で、私が背負うもの。

 だから、私はあなたを拒絶する。



「あなたの心臓なんていらない」



 もう決めたの。私があなたを守るって。



「私は手術を、拒否します」




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