収穫祭 /その1
「収穫祭?」
「そう。お父様も時音も海外から帰ってきたし、今度おうちの畑で秋のお野菜を収穫するから、七色も一緒にどうかなって」
雨音から今度の週末、家に来ないかと誘われた。何事かと思えば、どうやら花園家で収穫祭なる催しが開かれるらしい。
「畑なんてあったの?」
「お庭にね、大きな家庭菜園があるの。結構本格的なんだよ」
「へぇ。息抜きになりそうだし、俺も参加するよ」
「うれしい、ありがとう!収穫祭した野菜はその場で調理するから、楽しみにしててね!」
楽しみ……であるのとは同時に、多少の緊張感があるのは否めない。花園家に足を運ぶのは、雨音の父である花園嶺に話を聞きに行った時以来だ。正直、あの人と顔を合わせることになった場合、なんとなく気まずい。
俺今、雨音と真剣にお付き合いしているし……改めてちゃんと挨拶とかしといた方が良いのだろうか。
まあ雨音曰く「お父様はいつも忙しくて昼間は家にいないことが多い」らしいから、ばったり鉢合わせする可能性は低そうだが……。
そんなことを頭の片隅で悶々と考えているうちに、あっという間に週末が訪れた。
花園家のインターホンを押した俺を一番に出迎えたのは、予想外……いや、むしろ一周まわって予想どうりの人物。仏頂面で眉間に深いシワを刻んだ花園嶺だった。
◇◇◇◇◇
「お、お邪魔します…………あの俺、雨音さんとお付き合いさせて頂いている青葉七色という者で改めて――」
「そんなことは分かっている。いいから早く入りなさい」
花園家の門の前にていきなり出鼻をくじかれ、そのまま家の敷地に通される。収穫祭の会場である庭に連れていかれるまで、無言の時間が続いた。やっぱり気まずい。
ひらけた庭のような場所と雨音の姿が見えた時、俺は心底ほっとした。
「七色、来てくれてありがとう!今からさっそく、こっちの畑のお野菜を収穫しようと思うの!」
「えっと、この畑……家庭菜園のレベルじゃなくない…?」
雨音の指し示した広い庭は、見渡す限りそのほとんどが手入れの行き届いた本格的な畑になっていた。
「花園家のお屋敷ってさ、立派な洋館だから。庭も薔薇とか噴水があるタイプの、そういうのをイメージしてたんだけど。全部畑なんだな」
「すごいよね。私が来た時からこうなってたの」
「こんにちは、青葉くん。驚いてもらえたかしら? この畑では色々な種類のお野菜を育てていて、普段私たちが家で食べているのもここで採れたお野菜なの」
「農薬も使っていないので、安全で美味しいですよ。虫の駆除は大変ですが」
俺の背後から不意に声をかけてきたのは、畑仕事用にラフな格好をした時音さんと広瀬さんだった。
「へぇ、そうな……広瀬さん、手に持ってるの何!?芋虫!?そんなでかいの、俺無理ですから!!近づけないで!?」
「これくらいでいちいち騒がないで下さい。収穫、手伝うんでしょう?こんなのはうようよいますよ。早く慣れてください」
「慣れ!?慣れでどうにかなるもんなの!?雨音、笑ってないで助けて!!」
「七色、それは毒ないから大丈夫だよ〜、がんばって!」
その後俺たちは秋野菜をひたすらに収穫し、ひと段落ついたところで休憩を挟んだ。
慣れない畑作業をして汗をかいた後の秋風は、少し肌寒い。広瀬さんは時音さんの体調を心配して、枯葉と枯れ枝で焚き火を起こしてくれた。すると、先程採れたばかりのじゃがいもをせっかくだからこの場で焼いて食べようと雨音が提案し、芋をアルミホイルでぐるぐる巻きにして炎に放り込んで今に至る。
しばらく待てば、ほくほくのじゃがいもが完成だ。
焚き火の近くに簡易なテーブルとイスをセットすれば、即席の食卓もできあがった。時音さんがこれまた庭で採れたハーブでできたハーブティーを淹れてくれて、優雅なティータイムが今にも始まろうとしている。
「お父様も、こっちで一緒にお茶にしましょう」
「…………ああ」
俺たちとは少し離れたところで黙々と作業していた花園嶺は、時音さんの呼びかけに小さく返事をしてこちらにやってきた。
そして彼は、何も言わずに俺の隣に腰掛ける。何で?気まずい。
こっちから何か話しかけた方が良いだろうか、と頭を悩ませた結果。一つ、確認したいことがあったのを思い出した。
「そういえば、あの!……例の写真って、ちゃんと雨音から受け取りましたか?」
例の写真……それは先日旧校舎の秘密の部屋で発見した、紫音さんと八乙女薫、そして花園嶺が写った写真のことだ。あの後雨音に託して、家に持ち帰ってもらっていた。
「……ああ。あれは私が預かっている」
「良かった、もしかしたら大切な写真かもしれないと思って。本当は、写真の持ち主に返した方がいいんでしょうけど……俺、あの人が今どこにいるのか分からないので」
「心配するな。あいつには、後でちゃんと返しておく」
「……えっ?」
「何だ」
花園嶺がさも当然のように答えたので、俺は思わず間の抜けた声が漏れた。
「いや、その。もしかして、八乙女薫がどこにいるのか、知ってるんですか?」
「…………知っているも何も。あいつを日本から逃がしたのは私だ」
「逃がしたって……俺、そもそも時音さんの手術が中止になってごたごたした後、何があったかとか、どうなったかとか。詳しいことは何も分からないんですけど……!」
「それは、お前の知る必要のないことだ。心配せずとも、あいつは研究の類から一切手を引いて、純粋に患者を救うための医師として過ごしている。……あんな研究なんかに手を貸さずに。あいつは最初からそうやって生きるべきだった」
そう語る花園嶺の目は、どこか寂しげに遠くを見つめているように思えた。
「あの人のこと、憎んではないんですね」
「……元々、古い友人だったんだ。あいつのやったことは理解こそできないが……ああならざるを得なかった理由は容易に想像がつく。あいつは純粋過ぎたんだ、昔からな。だから悪意ある者に利用され、自分を苦しめてまでも罪を犯し続けた」
「賢いくせに、馬鹿な奴だよ。あいつは」
「……やっぱり。写真を見た時から思ってたんですけど。仲、良かったんですね」
「あいつが勝手に懐いていただけだ」
「紫音さんのことも、あの頃から好きだったんですか?というか、3人ってどういう繋がりなんです?幼馴染?」
「質問の多い奴だな、お前は……」
「すみません、ちょっと気になっちゃって……でも、雨音も気になるよな!」
「あっ、気になる!お父様、お母様のお話ちゃんと聞かせて!先生のことも!」
「…………仕方ないな。ただ、何から話したらいいものか」
花園嶺は少し考え込む仕草をして、それからパチパチと火の粉を散らす焚き火に目をやった。
「……そうだな、俺とあいつが出会ったのも。こんな秋の終わりにかけてだった」
「あいつは校舎裏で、あんな風に芋を焼いていた」