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花は君のために  作者: 須田昆武
Season2~ラブコメ編
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青葉七色と秘密の部屋(後編)



 秘密の部屋もとい、塞がれていた化学資料室を放課後にコツコツと掃除して早3日。俺とカズは綺麗に片付いた部屋をじっくりと見渡す。



「掃除はこんなもんで充分だろ。七色、もう帰ろーぜ」


「待って、最後に設備を点検する」


 

 今回は掃除だけじゃなく、部屋にある設備も全て補修して使えるようにした。俺はその一つ一つを指さして改めてこの部屋の機能を確かめていく。

 


「切れてた蛍光灯は取り替えたし、水道も冷蔵庫もレンジも使える、古いけど暖房もちゃんとある。窓は日当たり良くて換気できて、ソファーは昼寝できそうなサイズ。……我ながらすごくいい秘密基地ができた」


「ああ、そうだな」


「「それに………………」」



 俺とカズは同じタイミングで、ある一点に視線を向ける。俺たちが入ってきた入口の隠しドア……そこには何の変哲もないが、他の教室とは明らかに違う鍵が付いていた。



「この部屋、他の教室と違って内側からだけ鍵がかかるんだよな。外からは開けられないから、完全に密室になる」



 おそらくこのサボり部屋を見つけた先代の誰かが、部屋によそ者が入ってこないよううまいこと鍵を付け替えたんだろう。わざわざ直す必要もないので、これはこのままでいいか。


 カズはその鍵をじっと見つめながら、神妙な顔で俺に語りかける。



「七色、この部屋の使用権はお前にある。お前がここを見つけて掃除しようと言い出したんだからな」


「? おう?」


「だから…………お前がここに雨音さんを連れ込もうと、お前の自由だと思うぜ」


「な………………!」



 カズの口から出たのは、俺が考えてもいなかった秘密基地の使用方法だった。



「お前、雨音さんとイチャイチャする空間が欲しいって言ってたじゃん。ここだよここ。This is it」


「俺、そんなつもりで掃除した訳じゃ……!」


「分かってるって。でも、今のところこの部屋を知ってるのは俺たちだけだろ。正真正銘、秘密の部屋って訳だ。これを有効活用しないでどうする」


「俺は、たまに自習したり、昼寝したりする場所があればそれで良くて……」


「一人でこの部屋使うってか?そんなの、宝の持ち腐れだぜ。せっかく俺が提案してやってるのに。雨音さんと二人きりで過ごしたい時に、ここ使えばいいだけだろ。ここなら邪魔者は入らないし、俺だって邪魔しない」


「本当……?」


「ああ、本当だ。この空間は俺には必要ないんだよ。俺と雪ちゃんは部屋でじっとしてられるタイプじゃないからな。俺たちはアウトドア派なんだ。この快適室内空間は大人しいお前と雨音さんにお似合いだ」


「雨音はたぶん、アウトドア派なんだけど……」


「ずべこべ屁理屈をこねるな!いいから雨音さん呼んでこい!俺はもう帰るからな!」


「わ、分かったよカズ……」



 カズにものすごい剣幕で押し切られて、俺はしぶしぶ雨音をこの部屋に呼ぶことにした。

 ……ああ、でもそうだ。やっぱり雨音にも教えておかないといけない。この部屋と、この部屋で見つけたあの名前のことを。




◇◇◇◇◇




「えっと、雨音。俺、掃除して、それで見つけたものがあって……こっち来て」



 若干挙動不審になりながらも、雨音を旧校舎に連れ出すことに成功した俺は、例の秘密の部屋に雨音を連れてきた。

 

 雨音は探検気分のつもりなのか目を輝かせながら、秘密基地の隠し扉をくぐる。



「わぁ、こんなところに部屋があるんだ」


「そう、秘密の部屋。それで、本題なんだけど……これ」



 俺は雨音に、例の古い教科書を見せた。裏表紙には、達筆な字で名前が書いてある。



「? …………読めない」


「八乙女薫って書いてあるんだ。だから、ここはきっと……」


「……! 先生の秘密基地!」



 雨音は、驚きと喜びが入り交じった表情をして少し興奮気味に話す。



「本当にあったんだ!先生がね、昔、学生の時に学校に秘密基地を作ったって言ってたの。そっかぁ。先生は、この学校の生徒だったんだね」


「そうみたいなんだ。だからって、その。何か他にある訳ではないけど……」


「待って、確かね。アルバムがここにあるはずなの。先生、秘密基地にアルバム置いたままって言ってたから」


「! それなら、たぶんあっちの本棚のどこかにありそうだ」



 掃除の時、本棚に古いアルバムが何冊かあるのは把握していた。そのうちの一つが、どうやら八乙女薫のものらしい。

 手元の古い教科書の発行年と、アルバムに書かれている年を照らし合わせるとそれらしい卒業アルバムはすぐに見つかった。



「……たぶんこれだ。あ、何か挟まってる。写真?」



 写真には3人の人物が写っている。中央には、雨音にも時音さんにも似た女性。俺はそれが誰なのかをすぐに理解することができた。



「これは……紫音さんと」



 そして彼女の両隣には、今でもその面影が残る若き日の2人の男の姿があった。1人は硬く緊張した表情を浮かべ、もう1人ははにかんだような優しい笑みを浮かべている。



「お父様と先生の写真!」



 雨音は写真を手に取ると嬉しそうに笑った。俺はその写真を見て感じた違和感を素直に口に出す。



「3人は同級生だったのか……?あれ、でも学年は違うみたいだ。アルバムでは八乙女薫と、花園嶺は別の学年の所に名前と個人写真がある。それに……うん、アルバム本体にはどこにも紫音さんの名前がない。紫音さんは、この学校の生徒じゃないのかも」


「あれ、でもこの写真ではお母様もみんなと同じ制服を着てるよ?」


「そうなんだよ、それが謎だ。アルバムが間違ってるのか……?それともこの写真がおかしいのか……?」


「でも……これ、とてもいい写真だね。お母様も先生も楽しそう。お父様は、ちょっと照れてるみたいだけど」



 雨音の言う通り、写真の中の彼らからは和気あいあいとした雰囲気が漂っていた。まるで家族写真のような暖かさを感じて、見ているこちらまで笑顔になってしまう、そんな一枚だ。



「……仲、良かったのかな」


「うん、きっとそう。先生はね、お父様によく助けてもらったって言ってた。お腹が空いた時に頼ると、いつでもご飯をくれたって」


「どういう関係性?」


「わかんない。けど、きっと楽しい学校生活だったんだよ」


「そっか…………あのさ、雨音。もう一つ本題。この部屋の使い道について、提案があるんだけど……」


「?」



◇◇◇◇◇



 翌日の放課後。秘密の部屋には雨音の周りにいるいつもの面子や、俺の幼馴染たちが押し寄せ、がやがやと賑わっていた。



「…………で、結局解放してただの溜まり場にするのかよ」


「いいんだよ、これで」



 カズは呆れた顔で俺を見て、ため息をついた。部屋ではそれぞれが好き勝手に部屋の中を物色して回っている。



「おい、この部屋鍵が壊された跡がある!密室トリックにでも使われたのか!?」


 

 朝日圭が目ざとく部屋の鍵の状態に気づいて声を荒げる。この部屋を解放するにあたって、内側から鍵がかけられるという状態は良くないと判断して鍵は昨日のうちに取り外しておいた。

 それをわざわざ説明する義理もないので、奴の話は聞こえないふりをして無視する。

 

 水道や小型の冷蔵庫がある簡易キッチンエリアでは、マキがさっそくやかんでお湯を沸かしてお茶を淹れようとしていた。

 


「ねー、七色。この部屋にポット置こうよ〜!カップもさ、紙コップじゃなくてかわいいのが欲しいな〜。あとお菓子、冷蔵庫に入れといていいよね」


「流し台にカセットコンロに冷蔵庫……何でもある。この部屋だけで充分生活できそう」



 相沢昴は部屋の設備に感嘆の声を漏らす。その近くでは了が部屋を見渡して、人口密度の高さに苦言を呈していた。



「ここは確かに快適だけど……流石にこの人数いると、狭くないか」


「いいんじゃないですか?これくらいの距離感の方が楽しくて。でも、座布団くらいは欲しいですね。座る場所が足りない」


「座布団っていうか、この辺にカーペット敷けばよくね?被服部に余ってるカーペットあるよ。後でさーや様が恵んでやろう」


 

 ソファーは既に女子たちに占領されていて、当然座る場所のない佐々木とかいう奴は冷たい床の上に正座していた。



「……………………」



 ソファーを占領している人物の一人、ルーシィは部屋にあったアルバムを静かに眺めている。知らない過去の卒業生の写真なんかを見て楽しいのだろうか。


 雨音は自由気ままに行動する奴らを笑顔で嬉しそうに眺め、俺とカズを見てから全員に向けて声をかけた。



「みんな、集まりたい時は自由にここ使っていいって。七色と一真くんが掃除してくれたの。二人とも、ありがとう」


「いや、俺は別に……」


「おー、俺たち頑張ったんだぜ。特に、七色を褒めてやってくれよな。こいつ、苦手な虫もちゃんと追い払えるようになったんだ」


「そうなの? がんばったね七色」


「まあ……」


 

 小さい蜘蛛くらいなら、平気になったかもしれない。手で触るとかは無理だけど。


 雨音によしよしと頭を撫でられ、照れくさくなって目を逸らした。その様子を見た外野どもは、イチャイチャするなとか、虫も触れないような男はやめておけとか、俺に向かって次々に野次を飛ばす。



「にしても、何もこんな騒がしい奴らに部屋をくれてやることないだろうに。一体どんな魂胆だ?」



 カズは俺の真意を探るように、こちらをじっと見る。部屋を解放したのには、別に深い思惑なんてない。雨音のことを考えたら、これが一番良いと思ったという、ただそれだけのことだった。



「…………卒業したらさ、みんな離れ離れだろ。俺は雨音とこれからも一緒だけど……こうやって大勢で顔を合わせて集まれるのは、あと数ヶ月だけだから。せっかくなら、雨音が友達とわいわい賑やかに過ごせる場所にしようと思って」


「お前…………健気だなぁ」



 カズは俺の頭を乱暴にがしがしと撫でた。



「やめろよ、髪くしゃっとなる!」



 雨音はそんな俺たちを見て、くすくすと楽しそうに笑っていた。



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