これから初恋の話をしよう /その3
ある日の自習の時間。俺の幼馴染たちはろくに勉強もせず、初恋の話で盛り上がっていた。その流れで、俺の初恋の相手について聞かれた訳だけど……
「誰って……俺にも分からない。ろくに覚えてないんだから」
「それ何歳くらいの話だ?俺と会う前?後?」
「カズと会う前だと赤子以前になっちゃうだろ……たぶん、小学校入る前くらいの時……」
「くっ、その頃か!気が付かなかった!……あ、そういやお前、やけに公園で遊びたがってた時期あったよな。普段は家にいる方が好きなくせに。まさか、あの頃か!」
「ねえカズくん、そんな話聞いて楽しい?」
「楽しくてしょうがねーよ!気になるだろーが、七色の初恋の相手!マキも了も気になるくせに!」
「あたしは別に……てか、七色が覚えてないこと聞いても、大した情報は出てこないと思うけど……」
「いや、そんなことない!男ってのは、初恋の記憶を頭の片隅に大事に取ってあるもんだ!思い出せ七色!なにか覚えてることはあるだろ!」
「あるにはあるけど……」
「どんなだ?年齢、性別、覚えてる出来事は?」
「年はだいぶ上の女の人で、転んで泣いてたとこを手当てして貰って……」
「それでそれで?」
「その後一緒に遊んでもらって…………"まだ子供はいないけど、私に娘ができたらこんな感じなのかな"って言われたのがショックで覚えてる」
「ああ、女装してる頃だったからか」
「しかも既婚者っぽいね〜?」
「それは分かんないけど……俺が女の子だと思われたせいで、一緒におままごとをすることになって。それがやけに本格的だったなぁ、って記憶は若干ある……」
……今となっては、初恋というより、優しくしてくれたお姉さんに懐いただけのような気もするけど。あれがきっかけで、俺はもう女の子の格好をしたくない、と泣きながら母に意思表明できたのだ。俺はちゃんと、男として見られたいのだと。あの出来事がなければ、俺は小学生になっても女装させられていた可能性が高い。だから、公園で出会ったあのお姉さんにはとても感謝している。
「なんだ、幼稚園の先生が初恋レベルのよくある話じゃねーか。俺のエピソード超えてこいよ、つまんねーの」
「カズくん超えはそうそういないと思うよ?あ、幼稚園の先生といえば。りょーちゃんは幼稚園の運動の先生が初恋だったよね〜」
「それはマキもだろ……」
「え〜わたしは違うよぉ。最初はひまわり組のみきおくんだった!先生はそのあと!」
「結局、微笑ましい話になって終わるんだよなこの手の話題は」
「そりゃ昔の話だもん〜」
「……でも、さっきの話は雨音にしない方がいいかもな」
「え、何で?」
「それはねぇ〜……ん〜……君たち男には分からないかもしれないけどぉ……」
了とマキは顔を見合わせて苦笑いしている。やっぱりカズの言うとおり、俺の初恋話はエピソードが弱すぎる?人には話さない方がいいくらい、つまらなかったのだろうか。
「まあ。特に分かってなさそうな七色には、後学のために教えておこう」
「「女は少なからず、好きな人の初恋の相手に嫉妬するものだから、だよ」」
♢♢♢♢♢
嫉妬……雨音が?
あんまりイメージが湧かない。だって、雨音は俺の初恋の話とか聞いても「へー、そうなんだ」くらいにしか思わなそうだし。
でも、もしかしたら……少しくらいは、モヤモヤするのかな。七色の好きな人は、私一人だけじゃないと嫌!みたいな。そういう独占欲みたいなものが、雨音にもあったりするのだろうか。
「雨音に嫉妬、されてみたいかもしれない……」
己の欲と好奇心に突き動かされ。俺は後日、その話題を雨音に振ってみることにした。
教室で鞄の中身を整理している雨音に声をかけると、雨音はちょうど花柄のハンカチを折りたたんでいるところだった。
「あれ……なんかそのハンカチ、俺見たことある気がする」
「これ? うーん、これを学校に持ってきたのは今日が初めてだと思うけど……これはね、紫音さん……お母様が昔刺繍したハンカチなんだって。刺繍が趣味だったみたい」
「すごく器用だな」
「ね。娘ができたら誕生日プレゼントにしたいって、たくさん作ってたみたいなの。この柄は色違いのものを時音も持ってて、おそろいなんだ」
繊細な花柄のハンカチに入ったワンポイントの刺繍は、あくびをするネコというちょっと変わったデザイン。家で飼ってる猫に似てる、なんて話をしたこともあったっけ。……あれ、それは誰と?
確か、子供の頃……怪我をした時に手当てしてもらったハンカチ……あの公園の…………
「あれ、もしかして…………」
「どうしたの?」
「な、何でもない。何でもないよ。そういえば、全然関係ない話なんだけどさ。雨音って、初恋の人っているの?昨日、カズたちがそういう話してて。雨音は、どうなのかなーって気になって……」
……はっ!雨音の初恋の人なんか聞いて、どうするんだ俺!?
気が動転して、完全に話題の振り方を間違えた。
雨音は嫉妬するのだろうか、とかそういう以前に。俺は雨音の初恋の相手を聞いたら、絶対に嫉妬する。聞いてはいけない質問だった。こういうの気にするのって、女々しいのかな!?でも、誰が相手でも俺は絶対に嫌だ。
「やっぱりいい!この質問答えないで!俺、聞きたくない!」
「どうって…………七色は知ってるでしょ」
「……え?俺が?」
「うん。だから…………七色だよ。私が初めて好きになって、ずっと大好きなのは。七色だけだよ」
「えっ、あっ……そっか、俺…………なのか。あ、ありがとう」
予想外の返答を貰って、間の抜けた声が出た。
雨音が好きなのは俺だけ……その言葉に、心の底から安堵している自分がいる。ああ、もう嫉妬するかとか、どうでもいいや。
俺が雨音のこと好きで、雨音も俺のこと好きなら、もうそれだけで充分じゃん。
「……できれば、その。このまま、これからも。俺のことずっと好きでいて欲しい。俺も雨音のこと、ずっと大好きだから」
「七色……」
「おい、いちゃつくなら別の場所でやってくれないか。アタシは別にいいんだけど。他の奴らが死にかけてる」
「「……………………」」
「青葉くん、君、やりますね。見事に他のライバルに致命的なダメージを与えるなんて。こんなに可哀想な相沢くんと朝日くんは久々に見ましたよ。佐々木も全然関係ないのに胃もたれで血反吐吐きそうです。ウボァッ」
「ひゃ〜、さーや様遅刻ギリギリ〜。おはよー。ん?何これ?墓場?七色が何かやったの?」
「お、俺にもよく分からない……」