番外編 球技大会の話
1話と2話の間の出来事。
「さっそくだけど雨音さん、お願いがあるんだけど」
新しい学校に入って、2日目のこと。短い髪の毛の元気そうな女の子が私に話しかけてきた。
「来週の球技大会、うちのクラスは女子バレーの人数足りなくてさ。雨音さんに入って貰えると助かるんだ。あ、自己紹介がまだだったね。あたしは水原あかね!一応、部活でもバレーやってます。分からないことがあったら教えるし、サポートもするから!お願い!」
「わかった、私で良ければ……」
「よし、ありがとう!じゃあ放課後、他の部活が基礎トレしてる間だけ体育館のはしっこ借りてるから、そこで練習ね!他のメンバーの紹介もするから!んじゃ、また後で!!」
女の子……えっと、あかねちゃんは走ってどこかへ行ってしまった。何かのお手伝いをすればいいのかな。バレーって何だろう。体育館ってどこだろう。他のメンバーって、誰のことだろう。まだまだ何も、わからないことだらけ。
……早く、慣れたいな。友達、できるといいな。
♢♢♢♢♢
「やほーみんな!紹介します、新メンバーの雨音さんです!」
「よ、よろしくお願いします!」
あかねちゃんは勢いよく体育館の扉を開けると同時に、私の紹介を始めた。扉の側にいた、ふわふわした雰囲気の女の子と目が合う。
「あ〜、転校生のかわい子ちゃんだぁ。はい、飴ちゃんあげるね。あ、わたしのことはマキちゃんって呼んでねー」
「ありがとう、マキちゃん」
マキちゃんという子がカラフルな飴玉をプレゼントしてくれた。いい人だ。
「ねぇ……他のみんなは?」
「りょーちゃんは合コンで、さーやは被服部の買い出し、るぅちゃんはよく分かんないや」
マキちゃんはそういいながらカバンを手に持って、体育館の外に出た。
「んで、わたしはこれから彼氏とデート♡じぁあね、あかねっちとあまねっち。練習がんばってねー」
「あ、こら!」
マキちゃん、帰っちゃった。他のメンバーの子もいないみたい。
あかねちゃんは小さくため息をつく。
「……仕方ないなぁ。ごめんね、雨音さん。あの子たちいつもこうなの。球技大会まであと少ししかないのに、一度もまともに練習できてなくて」
あかねちゃんは残念そうだ。私も少しさみしい。
「ん〜、今日は2人でやれることをやろう!雨音さん、バレーやるのは初めてなんだよね。まずは基本から教えるから」
「はい!よろしくお願いします!」
とにかく、がんばろう。バレーができれば、みんなと仲良くなれるはず!
♢♢♢♢♢
「……これは凄い逸材を見つけてしまったかもしれない!」
あかねちゃんが興奮した様子で何か言っている。
「練習3日目にしてこの精度、とても初心者とは思えないよ!雨音さん、あなた最高!」
あかねちゃんの言うとおり、ボールを打っていただけだけれど。褒められた。あかねちゃんは褒め上手だ。あ、今は師匠だった。
「えへへ……師匠の教え方が上手だから」
「くぅ〜!かわいい弟子め!このままバレー部入りなって」
「部活は事情があって入れなくて……でも、球技大会はがんばるね!」
「そっかー、それは残念」
バレー部に誘われたのは、とても嬉しい。でも、ごめんね。部活には入っちゃだめって言われてるの。バレーを教えてくれた師匠のために、せめて球技大会では役に立ちたい。
「……あぁ、もったいないなぁ。この才能をみんなに見せつけてやりたい。初戦敗退で地味に終わるなんて、あたし、そんなの耐えられない………………勝とう、やればできる、できるできるできる」
「師匠?」
師匠が何かぶつぶつ言っている。様子が変。
「目指すは!優勝だーーーーーーーーーーー!雨音っ!」
「は、はい!」
「……明日から、メンバー全員揃えるから。楽しみにしておいて」
ちょっとびっくりした。師匠、すごい熱気。本気モード。みんなと練習できるの、私も楽しみだな。
♢♢♢♢♢
「わたしこれからみぃくんとデートなんだけど〜」
「その彼氏さんは買収済みよ。さっきデートは中止ってメール来たでしょ?マキちゃんも今日は練習に専念しましょう」
「ひど〜い、みぃくんの裏切り者〜〜」
「……これでようやく全員揃ったね」
師匠に引きずられて、マキちゃんが到着した。放課後の体育館に集まったのは、私も入れて6人。6人でやるバレーだから、これで全員だね!
「早く帰りたいんですけど」
少し不機嫌そうな派手で綺麗な女の子、りょーちゃんさん。
「お腹すいたー、マキちゃんお菓子もってなーい?」
小柄で、大きなリボンがおしゃれな女の子、さーやちゃんさん。
「あるよ〜」
マキちゃん。今日もかばんにたくさんお菓子を持ってるみたい。
「………………」
静かでかっこいいメガネの女の子、るぅちゃんさん。
みんな、同じ2年A組のクラスメイトです。
「えっと、新入りの花園雨音です。よろしくお願いします」
師匠以外のチームのみんなとは、クラスではまだあんまり話をしたことがない。少し緊張。
「さて、球技大会は来週の土曜日。練習できるのはあと何回でしょう」
師匠が先生モードで質問する。
「えっとー、今日は前の週の金曜だから、来週の放課後全部でぇ、あと5回」
「はいさーやちゃん、違います。来週の早朝、昼休み、放課後、それに今週土日の空いた時間全て足したら答えは、無限だーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「なんだこいつウザ」
「あかねっち怖いよぉ〜」
「……付き合ってられない、アタシは帰る」
みんなびっくりしてる。うん、私もちょっとびっくりした。るぅちゃんさん、帰っちゃうのかな。
「ふふ、帰ってもいいわよ。ただし、このサーブを受けることが出来たらね。出番よ、雨音っ!」
「はい、師匠!」
師匠とはもう、打ち合わせ済み。誰かが帰ろうとしたら、私の出番。今こそ特訓の成果を見せる時ですね、師匠!
「ごめんなさい、るぅちゃんさん。勝負です」
「……面白い、望むところだ」
♢♢♢♢♢
「勝者、愛弟子の雨音!」
「く、悔しい!」
勝ちました、師匠!どういうルールで勝ったのかは分からないけど、ボールを打っていたら勝てました。すごくうれしい。
「ボール強くてめっちゃ怖いしー!手に当たっても変なとこに弾かれちゃうしー!何あれー!」
「バケモノかあいつは……」
みんなもなんだか褒めてくれている。ちょっと照れちゃう。師匠は、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
「雨音はこの3日間、凄く頑張った!初心者で何も知らなかったのに、ここまで強くなった!あたしは雨音にサーブの才能を見出した!だから、ひたすらサーブの練習をさせた!」
師匠はわしゃわしゃを続けながら私をさらに褒めてくれた。えへへ。
「ので!雨音はサーブしか出来ない!!!!」
「へい、レシ〜ブ、ト〜ス」
マキちゃんがこっちに向かってボールをふわっと投げる。あわわ。レシーブ、あれっ、トス、あれれっ。
ボールはよく分からない方向に飛んでいった。
「だめだこりゃ!」
ごめんなさい、師匠。サーブ以外わかんないです。
「でもあたしは雨音と、それからみんなの力を合わせれば、球技大会で優勝できると思ってる。みんなそれぞれ、忙しいのは分かってる。だけど1週間だけ、みんなの力を貸して欲しい。……お願いします!」
師匠はみんなに深々と頭を下げた。私は知っている。一番頑張っているのは私じゃない、師匠だ。私も師匠のために、できることをしたい。みんなと一緒に、バレーをしたい。
「お願いします!」
私からも。どうかみんな、力を貸してください。
バレーはチームのスポーツだから、私だけでは何もできないの。
「土日はバイトだから無理」
りょーちゃんさんが、最初に口を開いた。
「……でも、平日の練習くらいなら付き合ってやる。朝、早く起きれるかは分かんないけど。新入りに負けたみたいで、なんか悔しいし」
「同感。あんたのサーブ、凄かった。アタシはあんたに勝つよ、雨音」
「るぅちゃんさん……!」
るぅちゃんさんは、私に手を差し出した。握手。
これが、勝負の後の友情ってやつですね!師匠!
「うちは被服部で頼まれてた仕事終わったから、もう暇だよー。練習やるやるー」
「さーやちゃんも!」
「な…………仲間はずれはいや〜!わたしも、ちょっとくらいなら、がんばるからぁ」
「マキちゃんさん……!」
「みんな、ありがとう!」
師匠、うれしそう。私もうれしい。これで、みんなと一緒にバレーができる!
「よーし、じゃあさっそく特訓だ!まずはウォーミングアップ、校庭10周!」
「おー!」
「ええ〜」「まじ?」「やっぱり帰ろうかな……」
スポーツは、まずは基礎体力から!ですよね師匠!
♢♢♢♢♢
「そういえば、あんた、あの後七色には会えた?」
走り込み中、りょーちゃんさんが話しかけてくれた。七色……青葉くんのことだ。
転校初日、隣の席の人のことを聞いたら、親切に教えてくれたのがりょーちゃんさんだった。
「うん、会えたよ。屋上にいた。あの時はどうもありがとう」
「いいえ。わざわざ探して挨拶しに行くなんて、あんたも変わってるね」
「え、えへへ」
「褒めてはないよ」
りょーちゃんさんは前を見て走りながら、話を続けた。
「……あいつたまに授業サボっていなくなるからさ。教科書借りたい時とか、何か困った時に頼りにならないだろ。そういう時はさ、あたしも席近いから。頼っても…………いいからな」
「りょーちゃんさん……!」
りょーちゃんさん、やっぱり優しい。
「別にさん、とかいらないよ……えっと…………雨音」
「…………!りょーちゃん!」
やっと名前、呼んでくれたね!名前で呼ばれるの、私好きなんだ。名前は私だけのものだから。仲良くなれたみたいで、すごくうれしい。少しくすぐったい気分。
りょーちゃん。りょーちゃん。ふふふ。うれしいな、ちょっとぎゅっとしたい。
「うわっ、ひっつくなって」
「こらー!そこ!真面目に走るー!」
「はーい!」
♢♢♢♢♢
それから、師匠の厳しい特訓が続いて1週間。私たち2年A組女子バレーチームは、とても強くなりました。今日はいよいよ球技大会。がんばるぞー!おー!
「……さて、今年の球技大会も大盛り上がりです。いかがでしょう、解説の佐々木さん」
「今年はそれぞれの種目にスター選手がいて、とても見応えがありますね。しかしながら。やはりこういった行事は大番狂わせが面白い。僕は、女子バレーの試合に期待しています」
「女子バレーですか。ここは毎年、3年が強いイメージがありますが。今年は一体何が違うんでしょう」
「注目すべきは、現在準々決勝まで勝ち進んでいる、2年A組でしょうね。2年生で、しかもバレー部が1人しかいない即席チームでありながら、見事な連携を見せています。……中でもついこの前転校してきた、花園雨音さん。すっかりチームに馴染んで、ムードメーカーとしての役割を果たしています。そして見てください、あれ!あの殺人サーブ!凄い!」
「怖いですね。試合は連続して行われていますが、全く威力が落ちていません。おーっと!2年A組、またしても得点です。けれど、少し疲れが見えますね。今度はラインギリギリを攻める。ああ!手元が狂ったか?これは大暴投!」
「あっ」
「サーブは見事に観客にクリーンヒット!人が……………死にました…………!」
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
ボールが予想外の方向に飛んで、誰かにぶつかってしまった。人が倒れている。どうしよう。
「医務班が手当てするので、大丈夫でーす。試合続行して下さーい」
倒れた人は、あっという間に保険係の人たちに運ばれていってしまった。
「ごめんなさい、後でお見舞いに行きます……!」
「はい、ここは係に任せて、試合を続けて貰いましょう。いやー、騒ぎを聞きつけて、敗退して暇になった生徒たちが続々と応援に集まってきました」
「会場はかつてない盛り上がりを見せています!」
「球技大会、楽しいですねぇ!」
♢♢♢♢♢
私たちはそのあとも勝ち進んで、見事優勝しました。優勝商品は、お菓子の詰め合わせ。マキちゃんは備蓄が増えるって、よろこんでた。
表彰が終わると、私たちはすぐに保健室にやって来ました。倒れた人は、ここにいるみたい。大丈夫かな、私のせいだ、すごく心配。
「なんだ、倒れたのはこいつか」
「あ、青葉くんだ……」
保健室のベットで寝ていたのは、青葉くん。ボールがぶつかったところかな、顔が少し赤く腫れている。
ごめんね。痛そうだね。
「すやすや寝ちゃって〜かわい〜」
「これ、いつもみたいに寝不足だっただけじゃね?」
「だな。雨音は悪くない」
「で、でも、頭ぶつけてたから、何かあったら心配……」
頭をぶつけるのは良くないって、前、先生が言ってた。脳みそも一応、大事な部分だから。
「大丈夫大丈夫。こいつの家、病院だから。何か異変があっても、まあなんとかなる」
「そうなの……?」
お医者さんはすごいから、頭の怪我も治せるのかな。でも、うぅ、頭の手術は聞いたことがないよ。
脳みそはさすがに、あげられないよね。どうしよう。
不安な私の気持ちを和らげるように、りょーちゃんは頭をぽんぽんと撫でてくれた。
それから、窓の外を眺めて、何かを見つけたみたい。あっ、あれは師匠!あかねちゃんだ。
「……それにしても、あかねの奴、薄情者だよなー!あいつ、あんなに優勝にこだわってたの、男と付き合うためだったとか!」
「ね〜。しかもさっそく新しく出来た彼氏ともう帰っちゃったし」
師匠は球技大会で優勝したら、好きな男の子に告白するって言ってた。うまくいったみたい。
「うちら利用されただけって感じー」
「…………まあ、楽しかったけどな」
「うん、楽しかった。私、みんなと友達になれてうれしい」
師匠の、あかねちゃんのために優勝できて良かった。そして何よりも、みんなと友達になれて良かった。
私、また友達ができるか不安だったの。
「今日は本当にありがとう。あの、ね……球技大会が終わっても、私と仲良くしてくれますか?」
学校には、友達がいないとさみしいって私、知ってるから。少しの間だけど、私も友達を作って、仲良くなって、時音に楽しいって心から言える学校生活にしたい。
「もちろんだよ〜あまねっち!わたしたち、厳しい特訓を耐え抜いた、戦友だもん〜」
「だな」「うん!」
るぅちゃんも、うんうんと頷いている。みんな、ありがとう。すごく優しい人たち。
「うぅ……」
びっくりした。何の声かと思ったら、青葉くんだ。ちょっと忘れてた。なんだかうなされてるみたい。やっぱり頭、痛いのかな。
「ごめんね、痛い?大丈夫?」
青葉くんの頭を優しく撫でる。痛いときは、こうすると痛くなくなるんだって。
……効いたかな?しばらくすると、青葉くんはまたすやすやと穏やかな寝息をたてはじめた。
「あれれー?雨音もしかして、七色のこと気になっちゃってる感じ?」
「まじ?」「やめときなよ」
さーやちゃんがそう言うと、りょーちゃんとマキちゃんがいつもと違う低めの声で注意してきた。
「や、やっぱり悪い人なの?」
「悪い奴…………ではないけど。あたしたち近所でさ、幼稚園の頃からこいつのこと知ってるから…………ねえ?」
「そのヘタレっぷりやら〜、残念っぷりやら〜、知ってるから……ねえ?」
「……まあ、うちはよく分かんないけどー。高校から急に髪染めたのは、ウケるー(笑)って感じだよねー」
「タイプではない」
みんな、青葉くんのことを口々に言い始めた。青葉くんのこと、みんなはよく知ってるみたい。
愚痴とか、恥ずかしい話とか、色々言われて……あ、青葉くんまたうなされ始めた。なんか、かわいそうだね。
「お菓子、お裾分けしてあげよう……」
6等分してもらった優勝商品のお菓子。私の分は少しでいいから、半分、枕元に置いておくね。
今日はごめんね。災難だったね。
「まあ、でも見てる分には面白い、良い奴だからさ。仲良くしてやってよ」
「…………うん!」
優しいりょーちゃんがそう言うなら。あなたもきっと優しい、いい人。そんな気がする。
♢♢♢♢♢
「おとなり、いいかしら」
「……どうぞ」
球技大会の振替休日が終わって、次の日。
青葉くんが授業を抜け出して屋上に向かったので、私もついて行った。
もう具合は、大丈夫かな。まだ少し、心配。
「…………花園さんはさ、こんなとこでサボってて大丈夫なの」
青葉くんが話しかけてきた。少し、緊張してるのかな?変な感じ。
そっか、まだ私たち、友達じゃないもんね。
「雨音でいいよ、七色」
少しずつでいい。私、あなたのことが知りたい。
あなたと、仲良くなりたいな。