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8.シャロット2013(1)

 今日はとても心地よい風が吹いている。

 王宮の窓も開け放たれていて、どこからかいい香りがする。

 庭に咲いている花の香りかな?

 そんなことを考えながら、地下へ向かう階段を下りる。

 地下には……私の母さまが暮らしている――牢屋がある。


「シャロット様」


 私の姿に気づいたマリカが、お辞儀をした。


「今日はギャレット様……少しご機嫌のようですよ」

「そうなんだ」


 マリカは元々、シルヴァーナ女王に付いていた女官だった。

 だけど、心を失った母さまの世話をする女官が必要で――あの一件は先代女王のイファルナ様によって伏せられ、殆どの人間が知らないことだったから――事情を知っているマリカにお願いすることになった。


「ごめんなさい……マリカ。ずっと地下に詰めることになってしまって」

「とんでもない」


 マリカは大きく手を振った。


「私の仕事はウルスラ王家を支えること。これはとても大事な仕事を任されているのですから、大変光栄です」


 そう言ってにっこり笑うと、マリカは「私は席を外しますね」と言って母さまの部屋の前から立ち去って行った。

 その後ろ姿を見送ると、私はそっと扉を開けた。


 私の部屋よりも随分と広いその部屋には……薄い、水色のふかふかした絨毯が敷かれている。

 ウルスラで採れる一番高級な白の木材で造られた、タンスや本棚、チェスト、そして天蓋付きのベッド……。

 それらには凝った装飾が施され、まさに女王の血族のために作られた、素晴らしい調度品だ。

 少し奥には、水浴びで身体を清める場所もある。


 だけど、王宮のその他の部屋と決定的に違うところがある。

 それは……この美しい装飾の部屋には不釣り合いな、黒く頑丈な鉄格子が、中にいる人間が外に出るのを阻んでいること。


 その冷たい鉄の扉に触れ、持っていた鍵で開ける。

 その音で、母さまがゆっくりと私の方を見た。


「母さま。今日は……ちょっと悲しい知らせがあるんだ」

「……」


 母さまはじーっと私の顔を見ると……にっこり笑った。


 4歳のときに母さまから忌み嫌われて遠ざけられてから、私は母さまに会うことなく暮らしていた。

 でも、4カ月前のあの事件で、母さまは心を失って人形のようになってしまって……私が誰なのかもわからなくなった。

 だから……以前のように、憎しみの目で私を見ることはなくなった。

 今日みたいに機嫌がいいときは、笑ってくれる。それがせめてもの救いだった。


「あのね……マーガレット様が亡くなったの」


 母さまは、私の言っている意味がよくわからないらしい。

 首をかしげながら手を伸ばし、私の頭を優しく撫でてくれた。


 マーガレット様は、母さまの母上だ。つまり……私にとっておばあ様ということになる。

 だけど、私が生まれたときには既に母さまに操られていて、私は会ったことがなかった。

 その間に精神に異常をきたしたらしく、ずっと母さまに閉じ込められていたみたい。

 4か月前に初めて会った時には、すっかり怯えてしまって……誰の話も聞けない状態だった。

 母さまと同じく、ずっと王室専用の牢屋に入れられていたけど……昨日、とうとう亡くなってしまった。

 闇にとり憑かれていたとはいえ……母さまがこの10年でやってきたことの報いは、あまりにも大きい。


「母さま……やっぱり……わからない?」


 思わず涙ぐむ。

 母さまはやはり微笑んだまま……私の頭を撫でるだけだった。



 私の祖国ウルスラは、とても豊かな島国だ。

 中央にウルスラ王宮があり、その周りが四つの領土に分かれている。

 ウルスラ王宮はつねに温かく、周囲は美しい花が咲き乱れている。

 女王は各領土の政治には一切関わらない。あくまで国の象徴として存在している。

 そして女王は予言をし……神官を通じて民に伝えられる。

 基本的に、四つの領土に何らかの干渉をすることはない。


 つい3カ月前……私のひいおばあ様であるイファルナ女王から、シルヴァーナ女王に譲位が行われた。

 シルヴァーナ様は即位前からかなり強い力を持っていた。

 時の欠片を継承して女王となった後は……そのフェルティガが紫のオーラとなってつねに取り巻いている。

 女王の神秘性を高めるという意味で素晴らしいことだと思うけど……最近、シルヴァーナ様はなかなか表に出ようとはしない。

 ウルスラの領主との接見でも……ヴェールが下げられた奥の玉座に座ったまま、姿を見せない。

 シルヴァーナ様が民衆の前に姿を見せたのは、即位式のときだけ。

 もちろん、そんなしょっちゅう女王が人前に出なくてはいけない訳ではないけれど……本来顔を見せるはずの花祭りのときも出なかった。

 だからみんな、美しいシルヴァーナ様の姿を見れなくて、残念そうにしている。

 でも、それは……シルヴァーナ様が女王の責任に囚われ、自分をずっと責め続けているからかもしれない。

 なぜなら――シルヴァーナ様は、『結契(けっけい)の儀』に失敗してしまったから。



「シャロット。……いらっしゃい」


 母さまの部屋を出たあと、私はシルヴァーナ様に会いに行った。

 部屋に入ると、コレットが椅子にちょこんと腰かけてテーブルの上のお菓子を頬張っている。


「コレットも来てたの?」

「神官のお勉強が終わった後……シャロットが来ることを聞いて待ってたのよ」

「うん! 待ってた」

「もう……」

「叱らないであげて。ちゃんと言いつけを守って、瞬間移動せずにおとなしく待ってたんだから」


 シルヴァーナ様が微笑む。


 コレットは一度会ったことのある人の元へならどこへでも跳べる……瞬間移動という力を持っている。

 だけど……身体があまり成長していない。コレットは私より1つ年下の8歳なんだけど、多分、5歳ぐらいにしか見えないと思う。

 3歳のときに私と離れ離れになったあと、闇が怖いのと淋しいのとで母さまの目を盗んではしょっちゅう私のところに来ていたから……。

 幼少時からフェルティガを使いすぎて、身体の成長にまで回っていないんじゃないか、ということだった。

 だからあの事件後、コレットはフェルティガの使用を禁じられている。


「姉さまも中央の塔に来てくれればいいのに。どうして東の塔にいるの?」


 コレットが不満そうに頬を膨らませた。

 母さまに遠ざけられて、私は東の塔の奥のあまり人がいない一室に部屋を与えられた。

 あの事件後も、結局そのままその部屋にいる。


「あの部屋……隣が昔の書庫になってるでしょ? 便利だから」

「むー……」

「……そうね。古文書の解読は……シャロットに任せきりになってしまっているものね」


 シルヴァーナ様が溜息をついた。

 私の部屋の隣にある書庫は、昔の神官がウルスラの歴史などを書物にしたため、保管していた場所みたい。

 だけど、なぜかずっと隠されていて……あの部屋に隔離された私が、偶然見つけたんだ。

 ウルスラは時の欠片を失ったあと、ずっとミュービュリにかかりきりだったって話だから……その辺もうやむやにされてしまったのかな。


 だから、私とコレットが見つけたあの(つるぎ)も、どうして裏庭に打ち捨てられていて、どういう意味をもつ物なのか全く分からずにいる。

 フェルティガエが直接触れるには危険だということが何となくわかるぐらいで……あのときも、トーマ兄ちゃんしか触れなかった。

 フェルティガを吸収するというだけではなく、闇を封印する大事な剣だってことがようやく分かったけど……今後どのように扱っていけばいいのかがよくわからない。

 今は、イファルナ様が結界を張って裏庭にある祠にきちんと収めたから、大丈夫なはずだけど……。


 そのため私は、書庫で剣の経緯を一生懸命に調べている。

 あの剣は悪用されたら大変なことになるし……その存在を公にすることは、できない。

 こんな事情があるから、神官には任せられないんだ。時の欠片と同様、極秘事項にあたるから……。


 今、イファルナ様はご高齢で西の塔で静かに暮らしている。

 母さまはあんな状態だし、コレットは次期女王としての勉強がある。

 シルヴァーナ様の母上であるエレーナ様も、あの一件ですっかり体調を崩しておられるから、お部屋から出て来ることは全くない。

 つまり……動けるのは私しかいないんだ。

 でも、私には合っていると思う。いろいろ調べてどんどん知識が増えていくのは、すごく楽しい。


「大丈夫。調べるのは楽しいし……前と違って、シルヴァーナ様に伝えるっていう意義がちゃんとあるから」

「……本当?」

「うん!」


 私がニカッと笑ってVサインをすると、シルヴァーナ様がくすっと笑った。


「シャロット……ミュービュリを覗いて、変なことばかり覚えてるのね」

「変かな? トーマ兄ちゃんがして……」


 言ってしまってから……しまった、と思った。


 トーマ兄ちゃんは、シルヴァーナ様にとって特別な人。

 ……多分、すごく大切な人。

 だけどあのとき――シルヴァーナ様は、時の欠片の力を使ってトーマ兄ちゃんをミュービュリに戻した。

 過去に……シルヴァーナ様がトーマ兄ちゃんに会う前の時空に。

 だから、トーマ兄ちゃんはもう……何も覚えていない。

 シルヴァーナ様は……多分ずっと、トーマ兄ちゃんのこと……忘れてはいないのに。


「シャロット……いいのよ。あなたがそんなに気にしなくても」


 私が何か言うより早く、シルヴァーナ様が優しく言った。

 どう言ったらいいかわからず困っていると、コレットが


「私も……ユズに会いたいな。姉さま、いつかユズに会える?」


とキラキラした瞳で聞いてきた。


 ユズ兄ちゃんは、トーマ兄ちゃんの友達だけど……トーマ兄ちゃんとは違って、ウルスラの血を引く人だ。

 言うなれば、あの事件の鍵を握る人物だった。

 だから、トーマ兄ちゃんと一緒にミュービュリに戻ってからも、事件のことはちゃんと憶えている。


 私はふと……あの事件のあと、ユズ兄ちゃんと話した時のことを思い出した。

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