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7.ネイア2008(2)

 微かな少女の呟き――その言葉に驚いている間に、わらわは少女の記憶の渦に巻き込まれた。

 ぐるぐると……ここに来るまでの少女の半生が視える。


 母親が子守唄を歌っている。これはパラリュス語の……テスラの歌だ。

 視えるのはこのテスラの民と思われる母親と、二人の所ばかりだ。父親は……時々訪れるだけ。

 やがて母が亡くなり……少女が泣いている。少女がパラリュス語で父に言う。


 ――お母さんに謝って! 独りにしてごめんって!


 父親が少女の言葉通りに謝り……ハッとして少女を見つめる。

 その瞳には、恐怖の色が混じっている。

 何を言われて何が起こったかはわからないが……娘の不思議な力に気づいたのだろう。

 そうか、強制執行(カンイグジェ)……これがこの少女のフェルティガなのだな。

 その後の詳しい経緯は……少女の視点からではわからない。


 父親が毎日少女の元へ帰ってくるようになった。

 しかし……その幸せも長くは続かない。父親が徐々に荒れていく。少女に暴力を振るうようになる。

 そして……少女は、ソータに出会った。



「ネイア様!」


 神官の声で我に返る。

 二人の神官が、わらわを少女から引き離していた。


「外部から来た人間はすぐに元の世界へ戻さなくては……それが、このヤハトラの決まりです!」


 神官の中でもずっと……祖母の代からヤハトラの巫女に仕えていた古株の男性神官が、わらわを咎めるように言った。


「――どうやって?」


 二人の腕を振り払い、わらわはじっと、その老齢の男性神官を睨みつけた。


「既にあの謎の切れ目は消えている。どうやって戻せと?」

「……それは……」


 男性神官は口ごもった。


 この少女の名は――ミズナ。

 母が憶えておけと言っていた少女だ。ソータに関わる……大事な娘だ。

 しかも、ひどく傷ついている。このまま何もなかったことにして帰す訳にはいかない。

 しかし……神官の言う通り、外部の人間をジャスラに留めることは今までのしきたりに反する。

 わらわも巫女になったばかり……。ヤハトラの中で軋轢を生むのは本意ではない。

 だが……。


「……この少女はテスラの血を引くフェルティガエのようだ。闇を祓う力を持っている」

「……何と……!」

「ひょっとしたら、闇を浄化できるかも知れん」


 増え続ける闇をどうするべきか――それが、このヤハトラでは一番重要なことだった。

 実際、一瞬見ただけではどれぐらいの力を持っているかはわからない。

 しかし……神官たちを説得するには、これしかない。


「それと……十代目ヒコヤと旧知の仲のようだ。とりあえず……ヒコヤがこのヤハトラに来るまで保護する」

「……しかし……」

「部屋を与え、表には出さない。わらわが直接監視する。今この場にいる……三人の秘密でよい。すべての責任はわらわがとる」


 わらわは神官たちに深く頭を下げた。

 どうしても……ここはどうしても、引く訳にはいかなかった。

 わらわしか知らぬ――母の遺言だ。


「この娘はヤハトラ――いや、この国ジャスラを救う救世主となるかもしれんのだ。何卒……よろしく頼む」


   ◆ ◆ ◆


「ねぇねぇ、母さま。ソータはわらわと遊んでくれるかの?」


 セイラがわらわの手を引っ張る。その温かさで……ふと我に返った。


「ソータも言っていたであろう。ちゃんと言うことを聞いて勉強もしなければ駄目だぞ。そろそろ時間だ」

「……わかった」


 セイラに勉強を教える神官が迎えに来る。

 いつもなら、わらわに甘えてなかなか離れようとしないのだが……今日はソータに言われたせいもあって、素直に神官に連れられて行った。

 二人を見送ると……わらわは神殿の闇を見上げた。


「ミズナ……本当に救世主になるとは思わなかったぞ……」



 ミズナはそのあと丸二日間、目を覚まさなかった。

 ミズナがテスラの民の血をひいているということがわかり……わらわはある事を思い出した。

 ヤハトラには外部の人間はいない。しかし昔、一度だけテスラのフェルティガエが紛れこんだことがある。

 確か、そのときに話を聞いて書き記された書物があったはずだ。

 わらわは必死になって調べた。

 そして……ミズナは無意識にゲートを開いて、このヤハトラにやって来たのだということがわかった。


 ゲートは……ミュービュリとパラリュスをつなぐ通路で、フェルティガエの中でも、ミュービュリの血を引く者しか渡れないという話だ。

 ジャスラのフェルティガエでは、開くことはできても渡ることはできない。

 だから、誰もそのフェルティガは知らなかったのだ。


 だが……ミズナの過去を視て、確信した。

 そして同時に……やはり、ミズナを帰す訳にはいかないと思った。

 ミュービュリには……ミズナの居場所はない。ミズナはどこでもいいから逃げようとしていたのだ。


 その後目を覚ましたミズナに、わらわはヤハトラの状況を説明した。

 ミズナはパラリュス語を理解していたが、自らは決して喋ろうとはしなかった。自分のフェルティガをうまく操ることができず……暴走するのを防ぐためだった。

 日本語で話しかければ日本語で答えるだろうか……そう思って少し覚えた。最初はそれでもあまり喋らなかったが……徐々に少しずつ、一言二言だが話すようになった。


 わらわが何故こんなに必死になっているのか、神官たちも不思議だったようだ。

 母の遺言ということもある。ミズナの境遇があまりにも不憫だったということもある。

 でも、それ以上に――わらわは大事な人を失う淋しさに、共感したからかもしれない。



「ただいま、ネイア」


 ラティブの旅を終えたソータが神殿に現れた。実年齢は33歳なのだが、体内にある勾玉の加護で22、3にしか見えない。

 ミズナが20歳のまま時を止めているように……ソータの時も、ゆっくりと流れている。

 ――身体も、心も。


「ソータ……よく戻ったな」

「おう。あれ……レジェル?」


 ソータはわらわの隣に居る碧がかった瞳の少女を驚いたように見た。

 レジェルはヤハトラの巫女の血を引くフェルティガエで……言うなれば、わらわとは遠い親戚ということになる。

 ジャスラでは唯一のミュービュリの血を引くフェルティガエであり、闇の浄化の力を持っていた。

 5年前、ラティブの領主に捕らわれていたところをソータが保護し……ハールのレッカの城に預けられている。

 最初は14歳とはとても思えないほど小さく、かなり弱っていたのだが、19歳となった今は……すっかり大人びている。

 小柄なのは相変わらずだが、表情も明るく、足取りもしっかりとしていた。


「お久しぶりです、ソータさん」

「そうだな。……5年振りだもんな。元気になったみたいで……よかった」

「もう少し前に来ようと思っていたのですが……ソータさんが戻られると聞いたので」

「一人で来たのか?」

「いいえ。エンカさんに……ミジェルと一緒に送ってもらいました」


 ミジェルはレジェルの妹で……セイラと同じ7歳だ。

 ヤハトラには小さい子は他にはいない故……良い友人になれば、と思っていた。

 ミジェルも、ヤハトラの巫女とミュービュリの両方の血を引く人間だ。

 二人の存在は当然、ジャスラにおいては禁忌だ。

 しかし……それは彼女らのせいではない。わらわ達――ヤハトラの巫女が考えていけばいいことだ。


「あの……浄化、始めましょうか。ミズナさんに会いたいですよね?」

「えっ!」


 レジェルの言葉に、ソータが顔がみるみる赤くなる。

 多分、真っ直ぐ言われたので戸惑ってしまったのだろう。


「いや……あの……もう少し、落ち着いてからで」

「何故今さら誤魔化す必要が……」


 わらわが思わず呟くと、ソータが「そういう問題じゃねぇ」と赤い顔のまま睨んだ。

 ソータが今、旅をしているのは……他でもない、ミズナを救うためだ。

 なのにソータは、相変わらず不器用に恋をしている。


 ――母さま。母さまの遺言はまだ実現できておらんが……とりあえずソータは、今、虚ろな瞳はしておらぬ。早く……良い報告ができるとよいのだがの……。


 心の中で呟く。

 知ってか知らずか……神殿の闇が、わらわの想いに答えるかのように、揺らいだ。




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「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
少年の元に幼い少女が降ってくる あの夏の日に
使命のもと少年は異世界で旅に出る 漆黒の昔方
かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

旅人シリーズ・設定資料集 旅人達のアレコレ~digression(よもやま話)~
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