5.朝日2004(5)
反省してちょっとしょんぼりしていると、フレイヤ様が
「……ま、今回はリオネールがフィラの古文書の奪還を依頼したという形にしたそうじゃ」
と口調を和らげた。
「え……」
「ヤトゥーイが咄嗟にとり繕ったようじゃの。だいたい、ヤトゥーイもお前に甘いのだ」
「……すみません」
どう言ったらいいかわからず、思わず謝ってしまう。
フレイヤ様は溜息をつくと
「ただ、だいぶん先のことになるとは思うが……われやアメリヤ、ミリヤにはできぬことをお前に頼むかもしれぬ」
と呟いた。
「……え?」
女王さまたちに、できないこと……?
「アキラが成長し、満足に浄化ができるようになってからの話だが……キエラ要塞や北東の遺跡の調査だ」
そうか……。女王さまたちは王宮を出る訳にはいかない。
でも、女王の歴史に関係あることだから、おおっぴらに神官に依頼する訳にもいかない。
それに……闇とやらが関わるなら、危険も伴うだろうし。
「北東の……遺跡……」
ユウと最後に会話した場所だ。
――もしユウが元気だったら……ユウがやっていたことなのかも……。
「……辛いことを思い出させてしもうたかの」
フレイヤ様が心配そうに私を見つめていた。
ずっと俯いて考え事をしていたから……誤解させてしまったかもしれない。
「あ、いえ……大丈夫です」
そうは言ったものの――私の脳裏には、カンゼルが倒れ暁が泣いて……ユウが私達を庇ったときの情景が浮かんでいた。
暁が、泣いて……。
そう言えば……あのとき、隠れていたはずの暁はどうして出てきてしまったんだろう。
ひどく泣いていた。私がカンゼルに切りつけられてピンチになったからだと思っていたけど……ひょっとしたら、闇と何か関係があるんだろうか。
あのときの泣き方は……昨日、キエラ要塞の中に入ったときの泣き方に似ている気がする。
「あの……北東の遺跡には……闇は……」
「――カンゼルと少年を火葬した際に……体調を害するものが何人か出た」
「……」
「それ以来わざわざ足を運ぶような者はおらぬから……今はわからぬ」
「あの……明日、アメリヤ様の話を伺ったあと……行ってみてもいいでしょうか?」
「……」
フレイヤ様は少し考え込んだ。
「……そうじゃの。アメリヤに聞くとよい。アメリヤが必要だと判断すれば、許可するじゃろう」
「……わかりました。いろいろ……ありがとうございます」
私はぺこりと頭を下げると、フレイヤ様に微笑みかけた。
口調は厳しいけれど、フレイヤ様は私達のことをとても気にかけてくれている。
ユウのことでもすごくお世話になっている。私にできることなら……何でもしよう。
――将来、テスラに移住するつもりなの?
ふと、ママの淋しそうな顔が浮かんだ。
ごめんなさい……ママ。
――私はやっぱり……テスラを捨てられない。
翌日……神官が私を呼びに来てくれた。アメリヤ様に会うためだ。
私は暁を抱きかかえると、神官のあとについていった。
案内されたのは……王宮の奥の図書館みたいな場所だった。
扉を開くと、神官が
「私はこの先に立ち入ることを許可されていませんので……どうぞお一人で、中に。奥の方にいらっしゃいます」
と言って会釈をして去って行った。
私はぐるりと辺りを見回した。
奥も見えないほどの広い部屋。図書館か……それよりもずっと大きい気がする。
何列も何列も、すべて本棚で埋め尽くされていた。本棚は天井にまで届いていて、どの棚にもぎっしりと本が詰まっていた。
奥の方……と言われたので歩いて行くと、本棚の列が途切れ、四畳半ぐらいのぽっかりしたスペースに出た。その一角には大きくて立派な黒塗りの机があり、その上には山のように本が積まれている。
その山のような本の奥に……一人の女性が腰かけているのが見えた。何か書き物をしているようだ。
「……あの……アメリヤ様」
私がそっと声をかけると、アメリヤ様はハッとして顔を上げた。
「ああ……ああ、そうだったのう」
多分……ママと同じくらいの年齢だろうか?
少しふくよかな女性で、長い髪を一つにまとめている。
慌てて立ち上がると、アメリヤ様はにっこりと微笑んだ。
フレイヤ様やミリヤ女王と同じ……青い瞳が印象的な人だった。
「初めてお目にかかります。……朝日です。本日はお時間を取って頂き、ありがとうございます」
「なに……構わぬ。昨日ミリヤから聞いた話も直接聞きたかったし……母上にも言われたからの」
ゆっくりとした口調でそう言うと、アメリヤ様は私をさらに奥にある書棚に案内した。
「とりあえず……昨日キエラ要塞に行った時の様子を細かく教えてくれるかの」
書棚から一冊の本を取り出し広げながら、言う。
私はサンから降りた時の様子やそのときの暁のこと、瞬間移動で部屋に入ったときの印象などをなるべく丁寧に説明した。
アメリヤ様はメモしたり本を調べたり、とにかく目まぐるしく動きながらも、一生懸命に話を聞いてくれた。
「……ふうむ。やはり、近付くのは危険なようじゃの……」
「あの……お役に立てましたでしょうか?」
「そうじゃの。ただ……かなり危険な状態だったと思われる。もう二度と、勝手に動いてはならぬぞ」
アメリヤ様はおっとりした口調ながらビシッと私に釘を刺した。
「本当に……すみません……」
私はやはり、かなりマズいことをしてしまったみたいだ。
ひょっとして……みんな実はかなり怒っているのかな……。
「われが心配しているのは……アサヒの身体のことだ」
「……え?」
予想もしなかったことを言われ、私は思わず顔を上げた。
アメリヤ様がじっと私を見つめている。
「アサヒはフェルティガを吸収するのだろう? しかも……際限なく」
「……はい」
「ならば……その場の闇をすべて吸い込んでしまう危険があった。そうなると……人としては、もう生きていけぬ」
「えっ!」
アメリヤ様が言っている意味がさっぱりわからなかった。
フェルと同じく……闇も吸い込む?
「あの……闇って何ですか? フレイヤ様もミリヤ様もテスラには関係なかったと……」
「そうじゃ。テスラには……な」
「……?」
アメリヤ様は私から目を逸らすと、黙って歩いて行く。
どういうつもりか分からないのでとにかく後をついていくと、さっきまでいた大きな机に戻って来た。
そしてその椅子に腰かけると、隣にあった少し小さい椅子を私に勧めてくれた。
「……今はまだ、詳しく語ることはできぬ。よってかいつまんで話すが……」
アメリヤ様はそう言うと、机の上に手に持っていた本を開いた。
どうやら地図みたいだ。同じぐらいの大きさの島が三つ寄り添っている。
「我が国テスラは、知の女神テスラによって創られたのだが……この世界に降り立った女神はテスラだけではない。美の女神ウルスラ、慈の女神ジャスラと共に、女神テスラはこの世界――パラリュスに降り立った」
「……パラリュス?」
アメリヤ様は本の地図を指差した。
「この三つの島と……海の向こうも含めた、この世界すべてのことだ」
「……この一つがテスラ……なんですか?」
「そうじゃ。……これじゃ」
三つの島のうち一番北にあった島を差す。
私は首を傾げた。
サンに乗ったときに見渡したテスラは……完全な島国だった。辺り一面――三百六十度、海だったと思う。
こんな島、あったかな?
「これは昔の地図じゃ。……今の世界地図ではない」
「え……」
確か……私が住んでいる地球も、昔は陸続きだったって話だよね。
地殻変動でもあったってことなのかな?
「三人の女神は自分の名前を冠した国を創り――女神の分身を女王として生み出し、統治させた。しかし……ある日、ヒコヤというミュービュリの男が現れ……女神たちの均衡が崩れていく」
ヒコヤ……昨日、ミリヤ女王が口にしていた名前……。
「そんな中で……ウルスラで闇が生まれる。闇は……女神の力が変質したものだ」
「えっ!」
「女神テスラは闇を封じ、女王に任せ……ウルスラを切り離した。次に……ジャスラでも闇が生まれ、同じく切り離した」
「切り離……す?」
「女神の力で遠ざけたということだ。だから、このテスラの周りには海ばかりで……何もないのだ」
じゃあ、地殻変動とかじゃなくて……女神テスラが闇を遠ざけるために、ウルスラとジャスラの島を遠くに追いやったってこと?
闇は……それほど恐ろしい物なの?
でも……それじゃ、残り二つの国はその後どうなっているんだろう。
「ウルスラとジャスラ……存続しているのは確かじゃぞ」
「えっ!」
考えていることを読まれた気がして、私はギョッとしてアメリヤ様を見た。
「表情でわかるぞ。女神テスラがあまりにも冷酷に二つの国を切り捨てたと思ったのだろう」
「えっと……それは……」
言い当てられて、思わず口ごもる。
「切り離したのはウルスラとジャスラの女王の願いだった……と伝えられている」
「……」
女神テスラと仲違いでもしたのかな。何だか……そんな気がする。
もう関わらないでくれって……。
「……でも、どうして二つの国が今も存在しているってわかるんですか?」
「それについては……極秘事項に関わるので、言えぬ」
「……」
まぁ、それはいいか。
あれっ? でも……。
「それだと、テスラには闇は生まれなかったってことですよね?」
「そうだ。だから、母上もミリヤもテスラには……と言ったのだ」
「……」
じゃあ、キエラ要塞の……あれは、何なの?
「だから……大変危険な事態なのじゃ。もし何千年も昔にウルスラとジャスラに起こったことが……今、このテスラで起ころうとしているのなら……手立てを考えねばならん。もう、女神テスラはおらん。しかも……女神ですら闇を浄化することはできず……封じるしかなかったのだからな」
「え……」
私は自分の腕の中の暁を見た。
闇の浄化……それは、そんなに特殊な力なの?
暁は……一体どんな宿命を背負って生まれてきたんだろう……。
「……わかったか? そんな闇を、もしアサヒが取り込んでしまったら……まともではいられない、と言った意味が」
「……はい」
「ただ……一つ、収穫はあった」
「え?」
アメリヤ様がにっこり微笑んだ。
「障壁していたヤトゥーイが何も感じなかった……という話だ。つまり、闇は……障壁で防げる物だということがわかったからだ」
「あ……そうですね」
「しかし、アサヒにとって危険なのは変わりないぞ。他人にかけられた障壁は吸い込むだろうから……自力でかけるしかない。しかし、障壁は使えないと聞いている」
「……はい、その通りで……」
前にフレイヤ様の託宣で、ありとあらゆる力が使えるはず……って言われたけど、如何せん不器用な私は、相変わらず攻撃の上乗せと防御しかできなかった。
ミュービュリに戻ってからは、特に訓練もしていなかったし。
これじゃ、北東の遺跡に行くっていうのは……無謀だよね。アメリヤ様に聞くまでもない。
「できるように……練習した方がいいのでしょうか?」
「アキラのこともあるし……そういう訳にもいかないだろう。今は……この子の成長をしっかりと見守ることであろうな」
アメリヤ様は私の腕の中の暁を優しい目で見つめた。
「必要な調査はこちらでやっておく。何かわかったことがあり……アサヒも知っていた方がよいことならば、必ず伝える」
「……はい」
私は暁を見つめた。とても静かに眠っている。
アメリヤ様はそっと暁の頭を撫でた。
「まだ幼いのにフェルティガを使わせるようなことはしとうない。ミュービュリで……のびのびと育ってほしいものじゃ」