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3.朝日2004(3)

 適当に持ってきた本は、5冊。3冊がもともとフィラにあった本で、残り2冊がカンゼルの実験関係の本のようだった。

 とりあえず、3冊は理央に渡し、2冊は自分の荷物にしまい込んだ。

 どうせ今の私には読めないし……それに、何だか凄く疲れている。

 その日の夜は早々に眠ってしまった。



 次の日になって……理央が私の部屋に来てくれた。

 女王の託宣は昨日のうちに終わり、今日謁見できるということを知らせてくれたのだ。

 私が部屋に備え付けてあったお茶を注いでカップを渡すと、「もう少し後になるから待っててね」と言って微笑んだ。

 そして急に真顔になると


「ただ……ミリヤ女王は今、懐妊中だから……少しご機嫌斜めかもしれないわ。無礼がないようにね」


と私に警告した。


「懐妊……ご結婚されたの?」


 私がミュービュリに戻って間もなく、フレイヤ女王が孫のミリヤ女王に譲位した、という知らせは聞いていた。

 女王さまって……即位と同時に結婚なのかな?


「女王に結婚とか、そういうのは……」


 そこまで言いかけて、理央は溜息をついた。


「そうか。ヒールヴェンさんもユウも世間から隔離されてたから……エルトラの実情は何も知らなかったんだもの。朝日も知る訳ないわよね」


 そう言うと、理央は真剣な顔でじっと私を見た。


「女王は即位すると……『結契(けっけい)の儀』を迎えるの。託宣によって選ばれた人間と結ばれて、必ず女の子を生むのよ。そして……その時の相手の記憶は消してしまうの」

「えっ……」

「そしてその女の子が成長すると、再び託宣によって選ばれた人間との間に女の子を生む。その子が……次の女王になる。そういうしきたりなの。だから、女王には婚姻というものがないの。そこに……愛情はないのよ」


 びっくりしてお茶を取り落としそうになる。

 じゃあ……何て言うか、本当に事務的な……って言ったら失礼だけど、あくまで儀式として子供を生むってことなの?


「……どうして……?」

「女王特有の託宣の力を正しく伝えるためよ。相手は純粋なエルトラのフェルティガエでなければならないの。それに記憶を残してしまうと……女王により近い人間ができてしまうでしょう? 平等ではなくなる」

「……」


 この国にとって、女王がとても特別な存在だというのは、分かっていた。

 でも……そこまで孤高の存在だとは思わなかった。

 じゃあ、愛情だけでユウと結ばれて妊娠して……あの部屋を使って子供を生んだ私を、よくは思っていないんじゃないかな?


「じゃあ……子供ができるまで、その儀式を繰り返すの?」

「何回も繰り返す必要はないわ。必ず成功するから」

「……え?」

「これは女王だけではなく、フェルティガエ全般に言えることだけど……フェルティガエの女性が懐妊するかどうかは、相手を想う気持ちや授かりたいと願う気持ちの強さに比例するの。女王は当然、子孫を残すという強い意志を持っているから、失敗することはないのよ」

「……!」


 そう、か……。だから、私は……。

 私は思わず暁を抱きしめた。

 本当に……気持ちの強さだけなんだ。暁は……私とユウをつなぐ私にとってかけがえのない存在で……。


「その代わり……フェルティガエの女性は、あまり多くの子供を生むことはできないの。二人目になると、かなり確率が下がると聞いているわ。特にここ何十年かは戦争が続いていたからエルトラの女王は一人しか生んでいない。ミリヤ様がどうされるかはわからないけど……」

「そうだった……んだ……」


 女王にとって、子供を生むことは……神聖な儀式。

 私はそれを……穢してはいないだろうか?


 暁がお腹にいたとき、フレイヤ様を始めとする王宮中の人が、私たちのために動いてくれていた。

 女王の血族でもない、私のために。


 私は改めて、フレイヤ様の懐の深さを感じた。

 お会いしたら……ちゃんともう一度お礼を言わなくちゃ。ミリヤ様にも……謝った方がいいのかもしれない。


 ――そのとき、扉がノックされ……神官が「女王に謁見できます」と知らせてくれた。



 大広間に通される。

 私は暁を抱えながら中央まで進むと、跪いた。

 今のミリヤ女王はフィラ侵攻の最中に生まれたと聞いている。だから……二十二、三歳なのかな?

 顔を上げると、女王の青い瞳が真っ直ぐに私を見ていた。

 鼻筋の通った、とても意思の強そうな人だ。

 どことなく……フレイヤ様と似ている。

 少し大きくなったお腹を抱え……ゆったりと玉座に腰かけていた。


「初めてお目にかかります。ミュービュリから参りました……朝日と申します。この子は暁です」


 私が深々と頭を下げると、女王は少し溜息をついたようだった。


「噂には聞いておる。――託宣の神子(みこ)だそうだな」

「……その節は、女王の血筋でもない私に奥の部屋を使わせていただき……ありがとうございました。大変、ご迷惑をおかけしました」

「……ま、愉快な話ではないがの。いたしかたあるまい」


 その声はあまり楽しそうではなかったけど、そんなに不機嫌そうな感じでもなかった。

 ……そんなに怒ってはいないのかな? 大丈夫かな?

 顔を上げると、ミリヤ女王と目が合う。


「アサヒとユウディエンは不思議な縁で知り合ったと聞いているが……その証が、アキラということなのだな」

「えっと……まぁ……そう、です」


 何だか恥ずかしくなって、顔が赤くなってしまう。

 女王はじっと私の顔を見つめたあと、ふっと微笑み、

「ところでのう。ユウディエンをわれにくれんか」

と突然言った。


「……は?」


 どういう意味かわからず、思わず間抜けな声が出る。控えていた神官が少しどよめいていた。


「女王はの……子孫を残すという重要な使命があるゆえ、恋というものを知らぬまま一生を終えるのが殆どなのだ。無論、これまでは戦争があった故それどころではなかったしの」


 女王が扇を開いたり閉じたりしながら淋しそうな表情をしている。


「しかし、今は平和になったことだし……われも今、こうして使命を果たそうとしている。その後は、恋愛は自由なのではないかと思うての」

「ユウは眠ったままですから、恋愛にはならないと思いますけど」


 ちょっとムッとして言うと

「勿論、起きたらの話だ。何しろ、アサヒはミュービュリにずっといてテスラにはおらんのだから……構わんだろう」

と悪びれもなく言った。


「――嫌です」


 私はじっと女王を睨んだ。


「……というより、ユウは物じゃないから、簡単にあげるとか言えません。それは恋愛じゃないです」

「……」

「恋愛は、相手がどう思ってるかな、と考えたり、相手に自分を好きになってもらおうと努力したり、冷たくされたら悩んだり……そういうやり取りを経ていくもので……。とにかく、駄目です!」

「……ふっ」


 私が力説すると、女王が扇で口元を押さえて可笑しそうにしていた。


「なるほど……そう言う風に、一喜一憂しながら育んでいくものなのだな」

「……へ?」


 ぽかんとして女王の顔を見ると、女王が「ふふふふ……」と声を上げて笑う。


「話には聞いていたが……確かに、なかなか面白い娘だのう」

「えっ……」


 まさか……。


「嘘……ですか?」

「嘘というか……ちょっと試したくなったのだ。おばあ様が妙に気に入っているらしいからの。意地悪したくなったのだ」

「……!」


 この女王さま……かなりの曲者だ!

 何も言えなくなって呆気に取られていると、そんな私の様子を見て女王は愉快そうにしていた。

 「くくく……」と堪え切れない様子で笑う。


 ……まったく、女王さまの方がかなり面白そうな人よ!

 まあ、とてもじゃないけど――本人に向かっては言えないけど。


「……ま、ユウディエンが気に入ったのは本当なのだがの。しかし女王はフィラの三家の人間だけは絶対に相手に選ぶことはできん。安心してよいぞ」

「……そうなんですか?」

「そうだ。エルトラの……もといテスラの女王は、女神テスラの分身を祖としておる。そして……フィラの三家は、女神テスラの子孫の末裔だ。女神テスラと……ヒコヤイノミコトのな」

「ヒコ……?」

「ま、それはおばあ様にでも聞くとよい」


 面倒になったのか、ミリヤ女王は扇でパタパタと私に向けて仰いだ。


「さて……アキラの宣託だったの」


 女王がそう言うと、控えていた神官が私達のもとにすっと歩み出た。

 暁の左耳の花のピアスを外し……女王の元へ運ぶ。


「……では」


 ミリヤ女王は一息つくと、ピアスに手を翳した。眩しい光が辺りに溢れる。女王は天を仰ぎ……何事かを呟く。

 ――やがて光が小さくなり……女王の顔が下がり、俯いた頃には……辺りから光が消え失せていた。


 女王は溜息をつくと、扇で顔を仰いだ。かなり疲れているように見える。

 昨日、託宣があったという話だし……力を酷使しすぎているのだろうか。


「あの……お身体……大丈夫ですか?」


 女王が口を開くまでは何も言ってはいけないらしいけど……懐妊中だし、心配になったので、私は思わず声をかけた。


「大丈夫だ。託宣の内容からも……アキラの宣託は急いだ方がいいと、われが判断したのだからの」


 女王は一息つくと、じっと私を見た。


「アキラには二つの力がある。一つは……闇の浄化」

「闇の……浄化?」


 何だか聞き覚えのない力だ。そもそも、闇って何?


「キエラとの戦で、キエラの大地を蘇らせる浄化の雨を降らせたと聞いたが……」

「……あ、はい。――え? あれ、闇を浄化したんですか?」


 てっきり、汚染された大地を奇麗にしたんだと思っていたのに……。


「どうやら……そういうことのようだの。闇を祓ったことで大地をもとの状態に戻した、ということなのだろう」

「……闇を……祓う……」


 女王が深い溜息をつく。

 まわりの神官も……初耳のようだった。女王の前にも関わらずどよめいている。神官が女王の前で取り乱すことなんて絶対ないのに……。


 そう言えば……昨日、キエラ要塞で纏わりついてきた変な感じ……。

 何も見えなかったけど、あれが闇?

 暁が泣いて嫌がっていたし……それにその時、ちょっと和らいだ気がする。


「……われにも……あまりよくわからぬ。また、こちらで調べて……」

「あの、ミリヤ女王!」


 思わず女王の言葉を遮ると、女王がちょっとムッとしたように私の顔を見た。


「何じゃ、さすがに無礼じゃぞ」

「すみません。――あの……昨日、キエラ要塞に行ったんですけど……その、闇ですかね? それが漂っているかもしれません」

「何だと?」

「私には何も見えなかったんですけど……暁の様子がかなり変だったので……。それで、暁が泣いた途端に少し緩和されたというか……」


 自分の感覚だけのことだから、どう伝えたらいいか迷う。

 しかし女王はじっと考え込むと

「母上に報告を。その後は……母上の指示に従え」

と一番近くに居た神官に命令した。神官が会釈をしてすっと姿を消した。

 そして私に向き直ると

「……アサヒ、礼を言う。惨事になる前に手が打てそうだ」

と少し微笑んだ。


「あ……いえ……すみません」


 仮にも女王さまなんだから、あんまり馴れ馴れしくしちゃ駄目だよね。


 反省して思わず頭を下げると、女王は特に気にするでもなく

「……昨日の託宣は、そのことだったのかもしれぬの」

と、独り言のように呟いた。


「……“漆黒が近付く 神子よ 再び力を”」

「漆黒……」


 そうか……。神子という言葉が出てきたから、ミリヤ女王はなるべく早く暁に会おうと思ったんだ。

 私は腕の中の暁を見た。

 暁は……そんなことは知る由もなく、こんこんと眠り続けていた。

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