25.ソータ2013-2014(6)
そうだ、ヴォダに話をする途中だったよな。
俺が振り返ると、ヴォダは落ち着きのない様子で珍しくパタパタしていた。
……何だ? 話の続きが、そんなに気になるのか?
「ヴォダ、待たせたな」
「ニュウ」
「えーと……何だっけ。……あ、そうか、ホムラの話か」
「ニュウ、ニュウ」
ヴォダが違う、というようにバシャバシャと水面をヒレで叩いた。
「へ?」
“……ミズナ”
モーゼとは違う……少し高い声が響いてきた。
「……今、ヴォダが喋ったのか?」
「……ニュッ」
「――ミズナの話が聞きたいのか?」
「ニュウ」
水那の話か……。
俺は思わず考え込んでしまった。
「ミズナの話は……口にするのは難しい……けど……」
どこから……何て話せばいいのかな。
「ミズナは……俺の幼馴染で……初めて会ったのは、もう27年前……ってことになるかな」
なのに……一緒に居たのは、10歳の頃とジャスラの旅……合わせても、わずか1年ぐらいだ。
……でも、不思議だよな。水那の記憶は、少しも色褪せない。
「ニュウ……」
俺の思考も読みとったらしいヴォダが――少し淋しそうに鳴いた。
「ミズナは……ずっと独りで、自分の身を守っていた。……そんな感じかな。俺はミズナを守って少しでもミズナの負担を軽くしたかったけど……肝心な時に……ミズナが本当に辛かった時に、俺はちゃんと支えられてなかったかもしれない。でも、俺にとっては……何て言うか……」
喋っている間に、いろいろ思い出した。
小5のとき……父親に虐待されていて、辛そうにしていたこと。
ジャスラで再会して、自分でもびっくりするぐらい惹かれたこと。
デーフィの森で、水那を守り切れなかったこと。……ハールの祠でのこと。
ラティブで……トーマのことがわかってすごく泣かせてしまったこと。
闇に消える前の――幸せそうな笑顔。
闇に消えて……ずっと姿も見えなかった、7年間。
久し振りに姿が見れたとき、嬉しかったこと。
長い、長い――ジャスラ中を歩く旅。
水那を神殿の闇から解放する――そのことだけを考えて、ジャスラの涙の雫を探したこと。
“――ずっと、ダイスキ”
「えっ……」
ヴォダの、高い……幼い子供のような声が響いた。
俺がびっくりしてヴォダを見つめていると……ヴォダは俺の船のまわりをぐるぐる回り出した。
“ソータ、ミズナ、ダイスキ”
「へっ……」
“ダイスキ、ダイスキ”
「おっ……おう……」
そんな連呼されるとかなり恥ずかしいんだが……。
「……というか、急にたくさん喋るようになったな」
ヴォダはピタッと回るのをやめると、じっと俺を見た。
“……ソータ、キライ”
「え……」
さすがにそんなまっすぐに言われると傷つくな……。
“それで、黙ってた”
……ん?
ヴォダがじっと俺を見つめるので、俺もじっとヴォダを見つめた。
「……喋れたけど、俺が嫌いだったから喋らなかったってことか?」
どうにか解釈して聞いてみると
“うん。ケーヤク、したから、本当は、喋れる”
とカタコトで返事をした。多分、まだ子供だからなんだろうな。
「なるほど……」
“角、ケーヤク前、ダメ”
「あ、そっか……。やっぱりそれか……。本当に、ごめんな」
“でも、ミズナ、大事、わかった”
ヴォダがヒレでぱちゃぱちゃと水面を叩いた。
“ヒコヤ、と、テスラ、同じ。じいじ、教えて、くれた”
「ん……?」
“ヒコヤは、テスラ、ダイスキ、言ってた”
「……」
――女神ジャスラはヒコヤに懸想したが振り向いてはもらえず、やがて心を壊して闇と化した。
そうだ。ジャスラに来た最初……ネイアがそう言っていたような気がする。
つまり……ヒコヤは女神テスラをずっと愛していたってことか。
それで、女神ジャスラは……そして恐らく女神ウルスラも、失恋して……。
ヒコヤは多分……女神テスラしか見えていなくて、それが結果として――三つの国の隔たりを生んだのかもしれない。
でも……女神ウルスラのあのときの形相は、そんなものじゃなかった気がする。
まるで、何かにとり憑かれたような……。
ヒコヤはだいぶん後になって――ジャスラともウルスラとも離れてから、自分の行いを後悔していたようだったが……。
本当に、ヒコヤのせいだけなのか?
“じいじ、ヒコヤ、ここで待つ、言ってた”
ヴォダの声で我に返る。
「どういうことだ?」
“とと、使命で、旅立った。でもヴォダ、じいじの傍、待ってた”
そう言えば……モーゼは、今パラリュスを廻ってるのは自分の子だって言ってたな。
俺がずっと海で待ってるのがわかって……ヴォダを手元に残したってことか。
多分、俺が廻龍に会いに来てるってわかってたんだな。
「そっか……ありがとな。モーゼにも改めてお礼を言いたいけど……多分、もう眠ってるよな」
“ヒコヤ、テスラ、スキ、いっぱい、言った。でも、ソータ、ミズナに、言ってない”
「――ん?」
“ソータ、ダイスキ、言ってない、ぜんぜん。ミズナ、言ったのに”
「……」
意外なところから意外なパンチをもらって俺は絶句した。
いや、無理だろ……。前の――闇に消える前のアレが、俺の精一杯だぞ。
そうそう……多分、ヒコヤの後悔が俺にそうさせるんだろうな。
“ゼッタイ、違う”
「聞こえてたのかよ……」
ヴォダが再び船の周りを回り出した。
“ミズナ、言う”
「へ?」
“ミズナ、助ける。ダイスキ、言う”
「マジか!」
“じゃないと、ヴォダ、ソータに協力、しない”
「え……」
ヴォダが嬉しそうにくるくる回る。
“ヒコヤと、テスラの話、スキ”
子供がおとぎ話に憧れるっていう……やつだろうか……。
モーゼに聞いた二人の話を聞いて、興味あったのかもな。
――そうか……そもそも、最初はヴォダから俺に近付いたんだもんな。気がついたら俺の顔を覗きこんでたしな。
……モーゼに言われて、俺の顔を見に来たのかもしれない。
“ミズナ、会いたい”
「そうだな……会いたいな……」
言葉にすると……無性に切なくなる。
俺とヴォダの声が……静かに海の中に沁み込んでいった。
それからしばらくの間は、ヴォダと一緒に居た。
ヴォダに乗る練習をしたり、ヴォダの言葉の練習をしたり……。
そして食料も尽きかけた頃、俺は一度ジャスラに戻った。
ネイアにヴォダの報告をし、セイラにも、しばらく休んだら旅立つことを告げた。
すると「エンカとレジェルがようやく結婚することになったらしい」と教えられたので、俺はハールのレッカの城に向かった。……俺の身を削った甲斐があって、本当によかった。
途中で海に寄り、ヴォダと話をした。
ジャスラでの用事をすべて終わらせてから旅立つことを告げた。
遅くなってしまうけどごめん、と謝ると素直に頷いていた。
悠久の時を過ごす廻龍にとって、それぐらいは遅いとは言わないらしい。
レッカの城に行くと、ホムラやセッカ、その子供たちも来ていた。
ジャスラでは結婚式なんてないけど、みんなで宴会をして祝福しよう、ということになったようだ。
相変わらずにぎやかな家族で、俺は大いに笑った。
――そして俺は……再び、ヤハトラに戻った。
カツン、という……俺の足音が響いた。
神殿には、俺と水那の二人きりだった。ネイアが気を利かせて席を外してくれていた。
――いよいよ今日、俺はウルスラに旅立つ。
17年振りに水那の声を聞いてから――1年近く経っていた。
『……水那』
水那は瞳を閉じて……祈りを捧げていた。意識はないようだ。
『神剣を手に入れるため……そして浄化者を探す旅に、出る』
そう呟くと……俺は胸に手をあてた。
勾玉の気配……そして俺の意思を感じたのか、水那がうっすらと瞳を開けた。
“颯太……くん……”
ちゃんと目を合わせて落ち着いて会話するのは……どれぐらいぶりだろう。
“……行くの……?”
『ああ。しばらく顔を見れないかもしれないから……水那に会っておきたかったんだ』
“……”
『起こして、ごめん』
“……ううん”
水那がゆっくりと瞬きをした。
多分、身体までは自由に動かせないから……首を振る代わりだろう。
『――じゃ、行ってくる』
名残惜しいけど……あまり長く時間を取らせる訳にはいかない。
“…………”
すると……水那の周りの闇が揺らいで、薄くなった。
俺を見送るために……水那が目の前の闇を浄化したのだろう。
ずっと霞んでいた水那の姿が、ようやくはっきりと俺の目に映った。
水那は……微笑んでいた。――最高に奇麗な笑顔だと思った。
“気をつけてね。――行ってらっしゃい”
※改稿前、連載終了時のあとがきです。
N「まぁ、読みやすかった」
優「短編集だからね」
N「着々と合流させる準備をしてるって感じだった」
優「そう言わんでよ……」
N「ってことは、次の舞台は○○○だ」(←念のため伏字)
優「……まぁね……」
……という訳で、次は“いよいよ合流するよ”「還る、場所」です。
※改稿後のあとがき
そうでした、最初は漢字だったんですよね。
途中で「還る、トコロ」とカタカタにしたんです。本文はルビが打てますが、タイトルにはルビが打てないから……。じゃあもう漢字じゃなくていいよね、となって。
懐かしい……。
なお、最終更新日が「8月31日」となっていますが、これはこの最後の部分を割り込み投稿ではなく誤って「最新部分の投稿」にしてしまったために起こったことです。
手順ミスです。本当にすみません。
追加エピソード等は一切ありません。
誠に申し訳ありませんでした。




