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16.ケーゴとユズル2013-2014(1)

 蝉の声が、五月蠅(うるさ)い位に家の庭で木霊(こだま)していた。

 わたしは縁側で団扇(うちわ)を仰ぐ手を止め……空を見上げた。

 あれから――颯太(ソータ)と別れてから、十八年が経とうとしていた。


 颯太……まだ、水那さんを取り戻せていないんだな。

 わたしはもう……七十をとうに過ぎたぞ。颯太……さすがに、もう待てないかもしれない……。


 そこまで考えて、慌てて首を横に振った。

 わずかな望みに託して息子が頑張っているというのに、親であるわたしが弱気になってはいかん。

 何も連絡がないのなら、きっとまだ可能性があって……それに向かって、努力している所なのだろう。

 ネイア殿も見守ってくれているはずだ。


 ――なあ、颯太。

 十馬(トーマ)はもう十八になったぞ。お前の言う通り、かなり厳しく育てたからな。



「じいちゃん……何でオレの家にはお父さんとお母さんがいないの?」


 あれは、小学校の入学式のときだったな。手をつないで帰ってくる道すがら、十馬が不思議そうに聞いた。

 淋しいとか羨ましいとかではなく、ただ単に疑問に思ったのだろう。山奥の小さい小学校だから、同級生は三人しかいなかった。その子たちの所には若い両親が来ていたから、自分だけ違う、と思ったに違いない。


 ――いつか……必ず、水那を連れて帰るから!


 別れ際の颯太の顔を、思い出した。

 ああは言っていたが……何十年もかかるという話だった。おそらく……こちらに戻って普通に生活することは、ないだろう。

 わたしは溜息をつくと、十馬の傍に座り、じっと目線を合わせた。


「十馬が赤ん坊の頃にな、いなくなってしまったんだ。わたしにお前を残してな」

「……いなく……?」

「そう。十馬が大好きだったんだけど……どうしても離れなければならなくてな」


 十馬にどう説明するのが一番いいか、よくわからなかったが……わたしはなるべく、嘘はつきたくなかった。


「でも、遠くから十馬をちゃんと見ているはずだ」

「……そうなの?」


 十馬が空を見上げた。

 わたしの話を聞いて、漠然と両親は死んだんだな、と感じたのかもしれない。


 遠くから十馬を見ている――これも本当だ。

 ネイア殿はジャスラからこちらの世界を見ていた、と言っていた。

 多分……颯太も、時々は見ているはずだ。


 私は立ち上がると、再び手をつないで歩き始めた。


「だから……十馬が戸棚にあったおはぎをつまみ食いした所も見ているぞ」

「えっ! 何で?」


 十馬がびっくりして大声を出す。


「じいちゃん、何で知ってるの!?」

「こら、十馬」


 わたしは帽子の上からゴチンと拳骨を食らわした。


「イテテ……」

「その前に、言うことは?」

「……ごめんなさい」


 十馬が少し涙目になりながら言う。


「ん、そうだな」


 わたしは十馬の小さい手をぎゅっと握った。


「いいか、十馬。この世の中はな……絶対、誰かが見てて、良い子にはご褒美、悪い子には罰が下るようになっているんだ。自分が正しいと思ったことをしないと駄目だぞ」

「……うん……」

「でも……自分が正しいと思っても、間違うこともある」

「……そうなの?」

「そうだ。間違えた、悪い、と思ったらちゃんとごめんなさい、と言えないと駄目だぞ」

「……わかった……」



 颯太。小学校に入学してから、十馬は剣道を始めたぞ。

 お前は途中で弓道に変えてしまったけど、十馬はずっと剣道を続けている。もう三段になったぞ。

 それでな、今年の春に、地元の大学の教育学部に合格したんだ。将来は、学校の先生になりたいらしい。

 ……お前は、大学生になっても何だかフラフラしていたのにな。

 誰に似たのかわからんが、十馬はかなり素直でまっすぐな子だよ。

 ……真剣になればなるほど、素直になれなかったお前と大違いだ。

 ……いや、でも……性根はやはり、似てるのかもしれんな。


 ――そうだ。ユズルくんのことは、お前はもう知っているのか?

 十年前……十馬が小学校三年生のとき、母親と二人でこの町に現れた子だよ。

 母親は紫がかった瞳の不思議な雰囲気の女性で……なぜか、わたしはネイア殿のことを思い出したよ。全然、似ていないのにな。

 ユズルくんはとても内気な子でね。でも、なぜか十馬とは気が合ったみたいで……二人は大親友になったよ。


 ユズルくんは十馬と同じ大学の医学部に合格したんだが……この春に、母親が亡くなってしまったんだ。彼はかなりショックを受けてたから、わたしが代わりにいろいろな手配をしてあげたんだが……ユズルくんを初めて近くで見て、やっぱり思ったよ。

 ――彼は、お前たちの世界と何か繋がっているんじゃないかって。

 だとしたら……彼と話をすれば、ひょっとしたら……お前のことも何かわかるんじゃないか……。

 わたしはふと、そんなことを考えてしまうんだ。

 だけどひどく孤独を抱えた彼に、あれこれ聞く気にはとてもなれなかった。

 いつか……時が来たら、話せることもあるだろうか。



 今日、十馬がユズルくんと一緒に帰ってくると言っていたことを思い出して、わたしは家を出た。

 家には素麺ぐらいしかない。近所のスーパーで何か買ってこなくては。

 この町――いや、村と言ってもいいぐらいだが――は、十八年前から、殆ど変わらない。

 山奥で……自然がいっぱいあるが、少し不便で……一番近いコンビニでも、歩いて三十分はかかる。

 ふと、近所の寿司屋の前で足が止まった。わたしが何か作るよりも、出前でも取ってやった方が喜ぶかもしれない。

 わたしは寿司屋に入り、六時頃に三人前を出前してくれと頼んだ。

 十馬の誕生日、十馬が高校に合格したときなど、事あるごとに利用してきた馴染みの寿司屋だ。今日は忙しい日だったようだが、店主は快く引き受けてくれた。

 わたしはちょっと安心して店を出ると……青い空を見上げた。


 違う県に住んでいたわたしが、赤ん坊の十馬を連れてこの町に移って来たのは……颯太が消えた神社が、この町にあったからだ。

 もし、いつか、颯太が現れるとしたら――あの神社なのではないか……そう思って、な。

 ――そうだ、最近は行ってなかったな。お参りがてら、覗いてみるとしよう。



 長い石段。まわりはたくさんの木々に囲まれている。

 この上に、その神社が……そして颯太が消えた大木が、ある。

 颯太と二人でこの石段を登ったときも……今日ぐらい暑い日だったな。

 颯太がひどく汗をかいていて……思えば、あいつは何か予兆みたいなものを感じていたんだろうな。

 わたしも年を取って……この石段を登るのも、かなり辛くなってきた。

 ……颯太、わたしがこの石段を登れる間には、会いに来てほしいんだがな。


『……×××……』


 ふと、上から――境内の方から、若い女性の声が聞こえてきた。

 この神社は観光名所でも何でもない。若い女性が来るなんてめずらしい……。

 そう思って……わたしはハッとした。

 彼女の言葉……日本語ではないその言葉を、わたしは遠い昔に――聞いたことがある……!


『……大丈夫……××……××……』


 かろうじて聞きとれた単語。これは……そうだ、ジャスラの言葉。

 ――パラリュス語だ!


 わたしは居てもたってもいられず、急いで石段を登った。

 この年ではかなり苦しい。でも……そんなことは言っていられない。

 若い女性――まさか、水那さんが? でも、だとしたら、颯太はどうしたんだ?


「……はぁ、はぁ……」

「え……!」


 わたしが石段を登りきって荒い息をつくと、女性が驚いたように振り返った。

 ――水那さんではなかった。

 とても小柄な女性だ。多分……二十歳ぐらいだろうか? 恰好も……ジャスラの服装ではなかった。Tシャツにスラックス……その辺の若い女性と同じような格好をしている。普通の女子大生といったところだろうか。


「……こんにちは」


 わたしが冷静を装って挨拶すると、女性もちょっと笑って「こんにちは」と挨拶をした。

 とても明るい雰囲気の、可愛らしい人だ。


「今日は暑いですね。……こんなところに、観光ですか?」


 わたしは質問しながら、彼女のまわりを見渡した。

 ――誰もいない。

 彼女はいったい誰と話していたのだろう? 携帯電話を使っていたのだろうか? 

 しかし……手には何も持っていない。若い女性ならカバンの一つも持っていそうなものだが。


「えっと……その、友人が近くに住んでて……でも今はちょっと暇だったので、散歩してたんです」


 女性が少し焦りながら答えた。

 やはりこの女性は……何か人には言えない事情があって、ここにいる気がする。

 長年警察官をやってきた、わたしなりの勘だった。

 多分……さっき彼女が話していた言葉と関係あるんじゃないだろうか?

 この女性とどうにか親しくなりたい。それが、きっと……颯太につながる。


「じゃあ、しばらくわたしと話でもしませんか? わたしは、中平圭吾(なかひらけいご)といいます。この近所に住んでるんですよ。今日、孫が帰ってくるんですが……それまで暇でね。話し相手をしてくれると嬉しいんですが」


 わたしがそう言うと、女性はちょっと驚いた顔をしたが「いいですよ」と言ってにっこり笑った。

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