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10.暁2013(1)

『僕の家族 四年二組 上条暁(かみじょうあきら)

 僕は、母と祖母の三人で暮らしています。母は、大学院で生き物の研究をしています……』


「あ、朝日、見んなよ」


 オレは朝日の手から書きかけの作文用紙をひったくった。


「だってリビングのテーブルに投げっ放しになってたんだもん」


 アイスティーを飲みながら、朝日が笑う。

 朝日は昨日まで研究とやらで家にあまりいなかったから、うっかりテーブルに置いたままにしてたんだった。

 ……失敗した。


「夏休みの宿題?」

「うん。でも、明日からテスラに行くから……ユウの顔を見てから書く」

「……お父さんって言いなさいよ……」


 朝日が溜息をつく。


 朝日は、オレの母親。だけどまだすごく若くて――確か25歳だったかな――お姉ちゃんに間違われることが多かった。

 幼稚園ぐらいまでは「ママ」と呼んでいた気がするけど、まわりに変な眼で見られたりからかわれたりするのがちょっと嫌だった。

 だから、メンドくさくなって「朝日」って呼ぶようになった。

 朝日も最初は「せめてお母さんって呼んでよ~」とか言ってたけど、そのうち何も言わなくなった。

 朝日もメンドウになったのかもしれない。


「まさか、テスラのこと書くの?」

「違うよ。遠い外国に住んでるって書く。ユウの顔を見てから、いろいろ想像して書こうと思って」


 オレは作文用紙を半分に折ってノートに挟むと、散らばっていた鉛筆と消しゴムを筆箱に片付けた。


「父親のこともちゃんと書いておかないと、目が覚めたとき、ユウが淋しがるかもしれないじゃん」

「……暁……」


 朝日がぎゅっとオレを抱きしめた。


「何だよ、暑いよ」

「口は悪いけど、いい子ねー!」

「暑いってー!」


 じたばた暴れたけど、朝日はしばらくの間オレを離してくれなかった。



 オレが異世界テスラについて初めて知ったのは、去年――小3の夏休みに入ったばかりの頃だった。

 初めて外国に行くんだと思って、オレはわくわくしていた。


「お父さんの国に行くんだよね。どこにあるの?」

「異世界」

「イセ……え? それ、どこにある国?」

「国じゃなくてね……」


 そう言うと、朝日とばめちゃんは顔を見合わせた。

 そのあと、二人はゆっくり丁寧に説明してくれた。


 ばめちゃんは朝日のお母さん――つまりオレのおばあちゃんなんだけど、小さい頃から何故かそう呼んでいる。

 そもそも、オレのおじいちゃんがばめちゃんと出会って朝日が生まれたから、朝日は異世界人とのハーフ。

 そして、朝日が異世界人のユウと出会ってオレが生まれた。

 ……ってことらしいんだけど、そんな夢みたいな話……。


 何を言ってるのか全然わからなかったし、信じられなかったけど

「とりあえず、行こうか」

と言って朝日がすっくと立ち上がった。


「え、ちょ、朝日……もう?」


 ばめちゃんが慌てたように立ち上がる。

 だけど朝日は

「まず見せた方が早いし……。夜斗にはもう伝えてあるから」

と言ってオレをじっと見つめた。


 そして

「じゃ、行く? 怖いならやめるけど」

と、ちょっと挑戦的な感じでオレに言うから、オレも

「行く。怖くないし」

と強気で返した。……リュックを持つ手が少し震えたけど。


「了解」


 朝日はニッと笑うと、右手を上げて振り下ろした。

 その途端、目の前の空間に裂け目が現れる。


「わーっ! 何これ!」

「これがゲートね。テスラに行く入口。でも、暁は真似しないでね」

「へ……わわっ!」


 朝日が急にオレを抱え上げたからびっくりした。

 裂け目をまじまじと見る。何か、変な感じ……。


「じゃ、行ってきまーす」


 朝日はばめちゃんにそう言うと、ひょいっとその裂け目に入った。


「わーっ! 何だー!」

「はいはい、暴れないでね。すぐ着くから」


 何か不思議な空間だ。オレたちが入って来た切れ目はすぐに閉じた。

 振り返ると、朝日が進む先に出口があるのがわかる。


「はい、到着!」


 朝日はその出口からぴょんと飛び下りると、オレを肩から下ろしてくれた。


「ふあー……」


 オレは口を開けたまま辺りを見回した。

 きれいな庭だ。何て言うのかなー、横に広い、緑の庭。緑にもいろいろあるんだなって思う。

 テレビで見た外国の庭はゴテゴテと何か飾ってある感じだけど、そうではなくて……でも、芝生や木々はとてもキレイに整えられている。

 んーと……「品がある」ってやつ?

 そして、少し離れたところに泉が見える。遠くには何の建物もなくて、森と草原がずっと広がっているみたいだ。

 すぐそばに、テレビで見た外国のお城みたいな建物がある。そのお城と長い廊下で繋がっている場所に、すごく背の高い塔がそびえ立っていた。


「……ここどこ?」

「ユウの……暁のお父さんの国よ」

「何て国?」

「テスラよ。ここは……テスラのエルトラ王宮」


 びっくりだ。本当に異世界だったんだ。すげー……。


 その庭でしばらく待っていると、男の人と女の人が急に目の前に現れた。

 どこからともなく現れたから、すごくびっくりした。


 ――それが、夜斗兄ちゃんと理央姉ちゃんだった。夜斗兄ちゃんの瞬間移動っていう力らしい。


 夜斗兄ちゃんは背が高くて、テレビで見る芸能人よりずっとカッコよくて、優しくて、すぐに大好きになった。

 理央姉ちゃんはすごく奇麗で、モデルさんみたいだった。

 もっと話したかったけど、そのとき理央姉ちゃんはお腹が大きくて大変そうだったから、すぐにいなくなった。

 ……そういえば、赤ちゃんはもう生まれたんだよな。今年は会えるかな。


 このあと、朝日はその国の女王さまとやらにオレを会わせた。

 朝日がずっとテスラ語を喋ってるから、ちょっとびっくりした。

 父親の国の言葉だから、と教えてもらってはいたけど、実際ちゃんとしゃべるのは初めてだったから、緊張した。

 女王さまは奇麗ですごく迫力があって、この国で一番エラい人なんだな、と思った。

 でも、怖くはなかった。何か、ずっと楽しそうに笑ってたし。


 そのあと……父親――ユウに会った。

 父親は遠くの国にいると聞かされてたけど、まさか異世界で、若いままずっと眠ってるとは思わなかった。

 朝日に父親のことを聞くと、朝日は決まって「すごくカッコいいよ。暁はユウに似てるんだよ」と嬉しそうに答えてたけど……確かに、かなりカッコよかった。

 夜斗兄ちゃんとはまた違って……何て言うか、王子様みたいな感じかな。


「ユウはね……私と暁を守るためにね、大怪我をしたの」


 オレの隣に座った朝日がポツリと呟いた。


「このガラスの棺にはね、不思議な力がいっぱいつまっててね……この中で時を止めて、自分の身体をずっと治してるの」


 覗いてみたけど……どこが怪我しているのか、全然わからなかった。


「まだ……治ってないの? どこも怪我してるように見えないよ」

「そうだね。……まだ身体の中のどこかが、治ってないのかもね」


 朝日はそう答えたけど、ちょっと不安そうだった。

 治ったら目覚めるはずなのに起きないから……心配なのかもしれない。


 ユウは想像よりずっと若くて(だって朝日よりもさらに若い訳だし)、お父さんと呼ぶ気にはなれなかった。何だかピンとこないし。

 だから結局、ユウってそのまま呼んでる。

 ユウが寝ているそばの本棚には、ウチにあるのと同じアルバムがずらっと並んでいた。

 朝日はずっと、オレとの写真を撮ってここに持ってきてたのかな。

 ユウが目覚めたときに見せるために。

 ずっと、ずっと……そうやって待ってるのかな。



 去年は朝日が忙しかったのもあって二日くらいで戻って来たけど、今年は夏休み中テスラにいる予定だった。

 オレにはフェルなんとかっていう不思議な力があって――これは朝日にもユウにもあるらしいけど――そろそろちゃんと訓練をした方がいいから、らしい。

 テスラの子たちと一緒に修業するんだって。

 去年もちょっとだけ混じったんだけど、みんな親切でオレに優しくしてくれた。

 日本のクラスの子よりずっと馴染みやすいな、なんて思ったりした。


 それからは、朝日は少しずつテスラについて教えてくれた。

 夜斗兄ちゃんや理央姉ちゃんと定期的に連絡を取っていたこともわかった。

 朝日がフェルを使ってたらしいんだけどさ。時々、オレにも代わってくれた。

 朝日がやっているのを見たら、オレにもすぐ真似できそうだったからやってみたかったけど、それは朝日にも夜斗兄ちゃんにも理央姉ちゃんにも、厳しく止められた。

 フェルって、そんな簡単に使うものじゃないんだって。

 ちゃんと修業をしてから、正しく使わないと駄目なんだって。

 ……でも確かに、朝日が使ってるのは連絡を取るとき以外に見たことない。

 だけど、いよいよ明日はテスラだし。頑張ろう!



「暁? お友達が来てるよ」


 テスラに行くための荷造りをしていると、朝日がオレの部屋を覗いて言った。


「お友達?」

「上条くんいますかって……玄関に。クラスの友達じゃないの?」


 クラスの友達はもちろん何人かはいる。でも、学校の休み時間に遊ぶだけで、家に帰ってまで遊んだりはしない。

 それにもう、夏休み中だし……。


 誰だろうと思って一階に降りると、クラスの女子が三人来ていた。

 友達ですらないし……。


「上条くん、あの……」

「……何?」


 何でわざわざ家にまで来るのかなぁ。ちょっと嫌な感じ。


「あのね、夏休みにクラスのみんなで集まってプールに行こうって話があって……」

「オレ、夏はずっと家にいない」

「え……」

「……」


 女子三人が困ったように顔を見合わせた。


「話はそれだけ? だったら……」

「待って、待って」


 その中の一人が慌ててオレを遮る。クラス委員もしている、頭のいい気の強い子だ。


「一日ぐらいどこか空いてるとか……」

「無理」

「プールが嫌? 花火大会って話もあるけど……」

「関係ない」

「えっと……上条くんに合わせるし」

「必要ない。――いい加減にして」


 イラッとして冷たく言うと、三人はビクッとして何も言わなくなった。


「……ごめん」


 ちょっと悪いことをした気がしたので、謝る。

 オレは靴を履くと、三人を擦り抜けて後ろの玄関のドアを開けた。

 とりあえずさっさと帰って欲しかったからだ。


「じゃあ、また二学期ね」


 オレがそう言うと、女子三人は諦めたらしく、黙って帰っていった。

 さっき俺に食い下がってきた女子がちょっと睨んだような気もするけど、気にしない。


 これだから女子の集団は苦手だ。

 自分の都合を押し付けておいて、勝手に傷ついた顔をするんだから。

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其々の物語の主人公たちは今 異国六景
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