ショートショート4 『魂:あるDNA長寿研究の科学者が、倫理観と羨望の間に挟まれて ~人として、科学者として……はたして最も大事なこととは? DNA長寿研究の最後の壁が研究者の前に立ち塞がる!~』
「先生、また失敗でした……」
「そうか……」
部下の研究員からの報告を受け、私はガッカリして思わず大きな溜め息をした。
二十三世紀初頭、人類はDNAをいじることで、理論上無限に近い長寿を得ることに成功していた。まだこの技術ができて日が浅いため、実際に何歳ぐらいまで生きられるのかは立証されていないが、理論上では千歳でも二千歳でも生きられるはずである。
人のDNAをいじり長寿を得ること自体は、二十世紀後半から考えられていたが、その実現までには様々な問題があった。代表的なものを挙げれば、いわゆる生命倫理的な問題、そしてメチルキャップやテロメアーゼ等の技術的な問題等である。
それらの壁は相当大きく、人類が乗り越えるためには二百年以上を要したが、それでも科学の進歩によって、何とか乗り越えることができた。
しかし、ほとんど全てが解決したかと思われた、この局面において……新たな、そしてもっとも厄介な問題が浮上した。
我々科学者達が、今まで誰も考えなかった問題だ。
「もしかしたら、こればっかりは、科学技術ではどうしようもないのかもな……」
つい、ぽろっと考えていたことが口に出た。
「先生!」
部下が非難するかのように、私の名を呼んだ。
私だってこんな考え、どうにか否定したいところだが、長年の研究の結果から考えても、もうどうにも科学では手詰まりとしか思えないのだ。
しかし、かと言って、我々は『人類長寿プロジェクト』を辞めるわけにはいかない。
何せ、これは国が威信をかけて……いや、今では世界中が協力して莫大な費用を投じている研究……このプロジェクトに関わっている者に途中下車は許されないのだ。
「魂か……」
私は、小さく呟いた。
とどのつまり、それなのだ。
長寿研究に従事する我々を悩ませる最大の壁は。科学者が『魂』なんて測定器で捉えることのできないものを言い出すのはどうかと思うが、人にはどうやら『魂』というものがあって、その寿命を延ばす手段は無さそうなのだ。
前述の通り、我々は、理論上では千年も二千年も生きることのできる肉体を作り出すことには成功した。
だが、それは「魂」の入っていない『空の器』に過ぎない。我々が生命維持装置で制御してやらなければ、その二千年も生きるはずの肉体は、食うことも息を吸うこともままならず死んでしまうのだ。
そして、肝心の『魂』はどんなに手を尽くしても、大体120年ぐらいで消滅してしまう。魂の消滅した肉体は、言わずもがな、植物人間のような状態になり……これでは到底、『人類の寿命が延びた』とは言えない……
今までに何千人という被験者を『延命手術』し、肉体だけは長生きができるようにしたが、その人達はある日突然、植物人間のような状態になってしまう。
恐らく、本来の寿命が尽きて、お迎えが来たのだろう……先ほどの実験報告も、その一例だ。
「先生、また魂がどうとか言ってるんですか? しっかりしてください! 魂なんてありえないし、それに、こんなものすぐ解決できるじゃないですか!」
若さゆえだろうか? 研究員は血気盛んにそう言った。
まったく、何も知らないくせに……
私だって、『魂』だなんて、オカルトみたいなことを言いたくない。
だが、まだ研究をはじめて日が浅い君と違って私は、長く研究したが故に、どうしようもなく『魂』の存在を認識させられてしまったのだよ。君だって私ぐらい何十年も研究していればわかるだろうに……
そんなことを考え、よっぽど言ってやろうかと思ったが、大人げないのでやめた。
「それじゃあ聞くが、君は何が問題だと思う?」
……と、代わりに彼に尋ねることにしたのだ。
すると、彼は笑顔でこう答えた。
「植物人間になるということは、被験者の脳細胞が壊死してしまったことに他なりません。ならば、解決策は簡単だ。全く0のまっさらな脳を新しくつくって、患者の記憶データを丸ごとその脳に移しかえればいいんです!」
その発言を聞き、私は頭が痛くなった……
この男は、今まで何を考えて研究してきたんだ――
「バカ者! 君は人間をロボットか何かと勘違いしているのか! 記憶データを移しかえるというが、どれだけ膨大な量の転送が必要だと思っている? 被験者のそれまでの人生と同じ長さの分だけ、データ転送の時間が必要なのだぞ!」
私は叫んだ!
まるで、実験がうまくいかないことの腹いせでもしているような気分だった。
「よしんばそれができたとしても、その方法は、元の被験者とは別の『よく似た人間』を作り出すだけだ! 人の記憶は、0と1だけで表現できん! 何よりも……その方法は倫理的に絶対やってはいけないことだ!」
私は年甲斐も無く怒った。こんなに怒鳴ったのは何十年ぶりだっただろうか? 息は乱れ汗までかいたが、人の命を軽んじるような彼の考えが、人として許せなかったのだ。
しかし、研究員の彼はキョトンとするだけ。
「私には、それの何が問題か、わかりません」
「何だと……?」
「ええ、ですから、記憶の移転は実現可能な技術です、と言いたいのです……」
そう言って彼は、突然、自分のカツラを取ると『その下にあるもの』を見せた。
「き、君……君は!」
彼の頭には……そこには剥き出しの基盤がびっしりと頭に付いていた。
いや、付いているというより、これではまるで……
そう、彼は、頭だけはロボットそのものだったのだ……
そういえば、彼の出身国は東方の……
ああ……あの国は人の命が軽視される国だったな……
私はそんなことを考えながら、彼の頭の『ソレ』を見つめていた。
あるいは人としての恐怖……
もしくは科学者としての羨望の眼差しで……
何年か前に140編以上書いたショートショートの一つ。
人に見せられそうなものをピックアップして、読みやすく書きなおしました。
↓改編前の題名
SS第十六話: 科学者として、そして人として――
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異世界もので連載小説書いてます。
よければ見てやってください。
『異世界の女子どもが俺のぱんつを狙っている』
http://ncode.syosetu.com/n8581ed/
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追記: なんか、タイトルの文字数を100文字にしたら目立って、日刊ランキングに入った人がいたので、後追いしてみます! まあ、二番煎じはうまくいかないだろうけど! よければポイントくだしあ!