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わがまま王女はため息をつく

 王宮東館、王女の私室


 パーティーから数日後の午後、飾り気のないドレスに身をつつんだミラはクッションを抱きかかえ、一人掛けのソファにうずくまっていた。


「別に捻挫までしてもらわなくてよかったのに……」


 そう呟いて彼女はテーブルの上に視線を向けた。繊細なレースの縁取りを施された絹のハンカチはつい先程スアレス家のエルナンより届けられたものだ。男性が女性にハンカチを送るのは大陸西方諸国において別れの挨拶の印である。


「大して深刻なものではないそうですから、かえってよかったのではございません?」


 侍女頭のキリアが慰めるように言う。二十歳前後で結婚のために退職してしまう侍女が多い中、彼女は今年二十五歳になるベテランだ。赤みがかった金髪の独特の雰囲気を持つ美女で、兄たちの誰かの恋人ではないかとミラは疑ったこともあったのだが、本人が笑顔で否定したためそれを信じることにしている。


「うーん、そうね。どうせしばらくは自分の部屋に引き籠もるつもりだったのだろうし、ダンスパーティーでの失態を恥じて謹慎中、というよりは怪我のために療養中という方がまだ聞こえはいいのかもしれないんだけど」

「あとはお二人次第ですわね。不確かな噂が広がらぬように努めてはおりますけれど、人の口に戸は立てられませんから」

「ま、そこは大丈夫じゃない。これまでほぼ秘密にできていたわけだし、エルナンも別に馬鹿ってわけじゃないし、ちょっと、というか、かなり優柔不断でお人よしすぎるだけで」

「逃した魚が大きく見える、ということはなさそうですね」


 キリアに微苦笑されて、ミラは少しだけ真面目に考え込んだ。


「他の四人よりはましかな、ぐらいかしら……でも、それって比較する対象がひどすぎるだけかもしれないのよ。婚約者候補を選ぶにあたって身上調査をしていないはずはないのに、どうしてあんな訳ありの人ばかり集まったのかしら」

「どなたも名門貴族のご子息でいらっしゃいますもの、結婚に差しさわりのある事情があったとしても全力で隠しますわ。王女殿下の伴侶に選ばれる可能性があるとなればなおさら」

「だったら最後まで隠し通してくれれば……とは絶対に思わないけれど……」


 五人の元婚約者候補の顔を思い浮かべながら、ミラは大きくため息をついた。

 彼らの抱える事情を明らかにすれば多方面に影響が大きすぎると判断したからこそ、些細な理由で大げさに騒ぎ立て、勢いで縁談を白紙に戻すということを続けてきた。だが、そのせいで『アストラフトのわがまま姫』の呼び名が定着してしまった現状を思うと、もう少しましなやり方があったかもしれないと悔やまずにはいられないのだ。


「フィロ兄様より頭が良くて、ペトラ兄様より強くて、オクセイン兄様より美しくて、ヴィトス兄様より仕事が出来て、エラト兄様よりダンスが上手くて……なんて高望みをしているわけじゃあないのよ、それなのに、どうしてこんなことになってしまったのか……」


 うずくまった姿勢のまま、抱えたクッションに言い聞かせるようにミラはぶつぶつと呟いている。


「では、姫様は結婚相手としてどんな方がよろしいのですか?」


 ひとしきり堂々巡りの愚痴を聞いた後で、キリアは気を引き立てるように言った。


「どんなって……お父様が許してくれるぐらいの身分があって、歳があまり離れすぎてなくて……後は一緒に過ごしてみて気が合う人ならそれで……そうそう、エラト兄様程度には思慮深くて、ヴィトス兄様程度には顔立ちが整っていて、オクセイン兄様程度には剣の腕が立って、ペトラ兄様程度にはダンスが出来て、フィロ兄様程度には世間を知っている人であれば……って冗談よ、キリア、そんな呆れたような顔をしないで」

「どこまでが冗談でいらっしゃるのか……、とりあえずどちらかに想う方がいらっしゃるということはなさそうですわね」

「そんな人がいたら今頃こんなところでぐずぐず言ってないわよ、さっさとお父様に紹介して婚約を取り決めてもらうか、もし万が一にも反対されるような相手なら王位継承権なんて放棄してその人と駆け落ちでもなんでもしていると思わない?」

「姫様がそれほど無責任な行動をとられる方とは思いませんけれど、おっしゃりたいことは大体わかります」


 キリアは微笑み、お茶とお菓子をお持ちいたしましょうと言って下がって行く。が、ドアが閉まって数十秒後、手ぶらで戻って来た。


「姫様、国王陛下がお呼びでございます」

「え、まさか、今すぐ?」

「できる限り早く、とのこと。まずはお召し替えをなさってくださいませ」


 ミラはしぶしぶ立ち上がった。珍しく何の予定も入っていない午後だったが、無駄口と自棄食いで過ごしているわけにはいかないようだ。


「急にどこかの国と政略結婚が決まった、なんてことはないわよね」


 昼間の外出に相応しいドレスに着替え終え、キリアに髪を整えてもらっていたミラはふと思いついた疑問を口にする。


「伝言を届けに来た小姓の様子はいつも通りでしたわ、それに、陛下が姫様の意に染まぬ婚姻を勝手にお決めになるようなことはなさらないでしょう」

「もう勝手に決めてもらった方がましなような気もしてきたわ、どうせ私と結婚したがっている男の人なんて国内には残っていないだろうし」


 鏡の中の自分を見つめながら、ミラは小さくため息をついた。

 絶世の美女とは言えないまでもミラの顔立ちそのものは悪くなかった。金髪碧眼というのも一般的には受けが良い。

 あえて難を探すとすれば、外見が父親に似すぎているということだろうか。私生活上はいざしらず、国王としてのアグノスは厳格さと冷徹さで知られており、年若い貴族の中にはその視線を向けられただけで緊張のあまり口をきけなくなる者さえいるという。

 ミラ自身の性格は厳格でも冷徹でもないのだが、退屈や不機嫌を抑え込もうとするとついつい無表情になりがちで、そうした時の彼女の顔つきは父アグノスの若い頃の肖像画に瓜二つなのだった。


「そんな風に悲観なさらずとも……姫様はまだお若いのですし、十分にお美しいのですから、この先きっと良きご縁に恵まれます。これまではたまたまお相手が悪かったというだけのことですよ」


 仕上がりを合わせ鏡でミラに見せながら、キリアはゆるぎない口調で言う。

 ミラは程良いゆるやかさでまとめられた髪形に満足そうに頷いた。侍女頭になったキリアに髪を結わせるのは本来の職分からは外れるのだろうが、他の侍女ではなかなかこのような出来にはならないのだった。

 鏡の中の自分に向かってミラはにっこりと微笑んでみた。亡き母クロエのような『少女めいた純真さと女神のような慈愛を兼ね備えた笑顔』ではないにせよ、年相応の愛らしさが顔を覗かせる。

 

「……公爵家の箱入り娘として育てられていたお母様がお父様に求婚されたのが確か十九歳の時。そう考えたら、私もまだまだこれからのはずよね」


 ミラは自身を励ますように呟いた。どうやら生来の前向きな姿勢を取り戻しつつあるようだ。

 キリアと入れ替わるように傍にやってきた化粧係の侍女にミラは微笑みかけ、「この前言っていた流行りのお化粧法、派手になり過ぎないようなら試してみようかしら」などと陽気に話しかけるのだった。


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