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狩猟パーティーは滞りなく進行する(中)

 王都エレシス郊外 シルベスタ侯爵家の別荘


 適当な扉から館内に入ったころにはミラの体調は完全に回復していた。もともと精神的な要因が大きかったから、別のことに意識が向いたのが幸いしたのだろう。幸い、と言うには多少語弊があるのかもしれなかったが。

 大広間へ続いていると思われる長い廊下の途中で足を止め、ミラは考え込んだ。眉間にしわを寄せ、唇をかみしめて腕組みするその姿はお世辞にも可憐なと形容できるものではない。


「レノスったらどうして何も言っておいてくれないのよ……」


 呟いたところでミラは反省する。心を開いて打ち明け話ができるような間柄ではそもそもないのだから、レノスを責める権利はミラにはなかった。


(マカーリオ様は何もご存じないのかしら? デニスが口止めしてるのかもしれないし、レノスの方もあまり言いふらしたいようなことでもないだろうし……でも、この先ずっと秘密にし続けるわけにもいかないでしょうに……)


 といってミラの口からそれとなくほのめかすのも憚られた。デニスとの約束があるからというだけではなく、こうした話題にむやみに他人が立ち入ることは不躾けの度が過ぎると思えるからだ。


(だからってマカーリオ様との間でデニスの話題を避け続けるのも不可能だし不自然だし、そんなことをしたらかえって私の……ああこうなったら、私の方の秘密だけでも打ち明けておくべきなのかしら……ちょっと、ううん、ものすごく恥ずかしいけど……)




「ペリファニア様、お体の方はもうよろしいのですか?」


考えに集中するあまり周囲に対する注意がおろそかになっていたらしい、廊下の奥からマカーリオが心配そうに見つめている。ゆっくりと歩み寄る彼をとりあえず安心させるべく、ミラはできるかぎり表情をやわらげた。


「ええ、もうすっかり元気よ。好奇心というものはほどほどにしないといけないわね。好奇心が殺すのは猫で合っていたかしら?」

「確かそうでしたね。ただあなたの好奇心は何物にも代えがたい美点ですから、ほどほどにするのもほどほどでお願いしたい」

「そんなことを言って私を甘やかしてばかりでいいの? きっと後悔するわよ」

「しませんよ。してもかまいませんし」


 二人はそろって恋人同士らしい笑い声を上げた。マカーリオとのやり取りでなにがしかの自信らしいものを得たミラは思い切って気がかりを打ち明けてしまうことに決めた。


「マカーリオ様、少しの間だけどこかで二人きりになれないかしら。話しておきたいことがあるの」


 ミラの表情と口調に誘惑的なと表現すべき部分は見当たらない。マカーリオは真面目に頷いてから言った。


「パーティーの最中にあなたの気分が悪くなった場合のためにとセリナ様がご用意くださった小部屋が近くにあります。そちらを使わせていただきましょう」


 先立って廊下を戻り始めたマカーリオに追いつきながら、ミラは気軽な調子で言った。


「なんというか……何もかも行き届きすぎてて怖いぐらいよね。あの子も実は年齢詐称してるってことはないのかしら? 十四じゃなくて二十四歳かそれ以上じゃないかと思う時があるもの」

「シルベスタ侯爵がそのような偽りをなさる理由は全く思いつきませんが」

「そうよねえ、年端のいかない娘を政略のために差し出したっていう陰口を避けるために年齢を水増しするんならともかく……」


 当面の問題とは関係のない会話を交わすうちに、二人は用意された小部屋に着いた。ミラはソファではなく小卓を挟んで向かい合わせに置かれた椅子の一つに座を占めた。「いつぞやの夜を思い出しますね」と穏やかに言いながらマカーリオももう一つの椅子に座る。


「えっと、どこから話せばいいのか……とりあえず、マカーリオ様はデニスっていう太陽神の神官のことはご存知かしら?」

「デニス殿でしたら、先刻フィロ殿にお引き合わせいただきました。カレドでの交渉に骨を折っていただいたことを感謝申し上げましたが」

「一応忠告しておこうと思って。あの人に感謝するのはいいけれど、十分に気を付けておかないと弱みに付け込まれるから気をつけてね。とっても優秀だけど、全面的に信じては絶対に駄目な人だから。あ、レノスにも注意するように言っておいてもらえるかしら? 周りの人間から搦め手で攻めてくることもあるからって」

「フィロ殿からも同様のご忠告をいただきました。レノスにもその点を心に留めるようきつく言い聞かせておきましょう」


 マカーリオはいつも通りの感じのよい笑みを浮かべ、「お話というのはそのことですか」と言い添える。


「ううん、そうだけど、そうじゃないの。でも、デニスに関係することではあるの。その、デニスと私のことで……他から妙な噂が耳に入る前に私の口からちゃんと説明しておいた方がいいかと思って」

「ひょっとして初恋のお相手ですか?」


 さらりと言われ、ミラの表情はめまぐるしく変化した。どうにか頬にかすかな赤みを残す程度に落ち着いたところで大きくため息をつく。


「大当たりよ。そんな風にあっさり受け止められると、あれこれ悩んでしまった私が馬鹿みたいだけど」

「あっさりと、というほどでもありませんが。さすがに幼い頃の思い出にまでいちいち嫉妬するのは大人げがなさすぎるでしょう」

「幼い……そうよね。私もまだ七歳で、お母様を亡くしたばかりということもあって、あの人がとっても頼りがいのある大人に見えていたんだと思う。もちろんまともに相手なんてしてもらえなくて、体よく振られてしまったわけなんだけれど」

「あなたにとっては悲しい思い出かもしれませんが、私にとっては幸運でしたよ。すべての神々にどれほどの感謝を捧げても足りない」

「お父様やお兄様たちは私にまともな結婚相手が見つかったことをどれほど感謝しても足りないと思っているでしょうし、今頃きっと神々の元にはものすごい量の貢ぎ物が集まってきているはずね」


 ミラが軽やかな笑い声をあげるのとほぼ同時に、大広間の方向から怒鳴り声が聞こえてきた。二人は慌てて立ち上がり小部屋の入り口へと駆け寄る。


「いい加減にしてくれよ、母さん。そんなやり方は今時流行らないんだって何度も言っただろう。そっちが合わせてくれないんなら僕はもうやめる!」


 エラトの声だった。荒々しい足音が扉の向こうを通り過ぎ、「ちょっと待ってくれ、エラト」と珍しくうろたえたようなヴィトスの声がそれを追いかけていく。

 マカーリオが困惑気味の呟きをもらした。


「どうも雲行きがあやしいなとは思っていたんですが……さっさとあなたを連れて戻った方がよかっただろうか」

「どういうこと? エラト兄様があんなに怒るなんて」

「舞踏会の幕開けのダンスのことで、フィリナ様と揉めていらしたのですよ。お互い技術に自信があるだけに自分のやり方をどうしても譲れないようでした」

「……わかる気はするけど……でもちょっと待って、幕開けのダンスはトゥーラがエラト兄様と踊ることになっていたはずよ。まさか怪我でもした?」

「怪我ではなく、なんといったらいいのか……シンシア様の御意見でして……」

「シンシア様がなぜ?」


 ヴィトスの母は理屈っぽいところはあるが、それだけに思い付きで何かを主張することはないはずだった。口ごもるマカーリオの態度からミラは一つの予想を立てる。


「もしかしてトゥーラもおめでたなの?」

「確定ではないそうです。医師の見立てもまだですし。ですがシンシア様がトゥーラ様に話を聞き、大事をとったほうが良いと判断されたそうで。トゥーラ様ご自身は踊る気でいらっしゃったらしいのですが……」


 結局シンシアとヴィトス二人がかりでの説得に負けたのだろう。トゥーラは舞踏会を欠席することを決め、幕開けのダンスはフィリナが代わって踊ることになった。そしてフィリナは大広間でエラトと練習を始めたのだが……次第に険悪な空気が漂い出したのだという。


「ともかくもフィリナ様のところへ行きましょうか。ねえ、マカーリオ様、あなたがエラト兄様の代わりを務めるってできそう?」

「『虹の精霊の円舞』を踊るということですか? 舞踏会まであまり時間がありませんよ。さすがに晩餐会の方をを欠席するわけにもいかないでしょうし」


(なんだかその返事だと夕食を抜いて練習すれば何とかなりそうな……まあ、最悪の状況になればそうしてもらうしかないのかしら。ダンスの相手を私が務めてフィリナ様に集中指導してもらえばなんとか形はつきそうだし……)


 二人そろって晩餐会を欠席したあげく自分たちの婚約発表が行われるはずの舞踏会を自分たちで盛り上げるのは間が抜けすぎている気がするが、上手くすればミラがわがまま王女らしく非常識なほど風変わりな趣向を望んだのだと解釈してもらえるかもしれない。下手をすれば……考えたくないほど冷え冷えとした空気が待ち受けている可能性も大いにあるわけだが。

 ミラが脳内で豊かな想像力を発揮しているうちに、マカーリオは大広間のドアを開けていた。部屋の中央でエラトの母である妾妃フィリナがペトラとその母タニア、セリナとその母であるシルベスタ侯爵夫人に囲まれて座っている。四人そろって懸命にフィリナをなだめているが、成功する気配は一向になさそうだ。

 ミラとマカーリオが彼女たちに話しかけるのをためらっていると、わざとらしいほどの爽やかな声音が背後から響いてきた。


「何かお困りですか? もしもダンスの相手をお探しでしたら、僕が喜んで務めさせていただきますよ」


 部屋に入って来た声の主を確認したとたん、今まで不満顔だったフィリナが満面の笑みを浮かべた。


「まあデニス、来ていたのね。助かったわ、頑固な息子にほとほと手を焼いていたところだったの。あなたなら昔ながらの正統なダンスをきちんと踊ってくれるわよね」

「無論です。太陽神に仕える身である我々は常に人々の模範たるべく心掛けておりますから」


 聖職者ぶったデニスの態度に再び吐き気に襲われそうになったミラだったが、どうにかそれを抑え込んだ。セリナたちは一様に安堵の表情を浮かべているし、マカーリオも屈託のない笑顔をミラに向けている。根拠のない偏見にもとづいているであろう不安をミラがこの場で表明する意味はどこにもなさそうだった。


次話で完結となります。

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