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五人の王子は再び話し合う(前)

王都エレシス 第五王子エラトの別宅


「あの手で負けるとは思わなかったんだけどなあ」

「悪いな、今夜の星の巡りは私に味方したらしい」


 テーブルの上に散らばったカードをかき集めながら、オクセインはヴィトスに「もうひと勝負するかい?」と尋ねた。ヴィトスは綺麗に積み上げられたコインの山にちらりと目をやり、軽く思案する風情である。


「勝ち逃げは卑怯か……だが、そろそろフィロ兄さんが来る時刻だろう」

「かもね。エラトがまだ帰ってきてないけど、仕方ないか」


 アストラフトの王子たちが今夜集まっているのはエレシスの下町にある庶民的なつくりの小家である。末弟のエラトが別宅として使用するために所有しているものだが、彼は何かと不在がちであり、ほとんど管理人の老夫婦の住まい同然となっていた。

 とはいえ、二階の寝室と客間はいつでも使えるようきちんと整えられてあった。顔見知りであるオクセインから「ここを使いたいから、今夜はどこか適当な宿屋にでも泊まってくれないか」と応分以上の礼金と引き換えに頼まれた老夫婦は慌てる様子もなく形ばかりの掃除と荷造りを手早く済ませ「では明日の昼頃戻ってまいります」とあっさり出て行ったのだった。


「アージュの港と海神神殿には手紙を預けておいた。王都各門の守衛にも命じてエラトが帰還したらすぐ知らせるよう手配はしている。いまだどちらからも連絡はないが」

「こっちもルシエンヌの港を出たところまでしか足取りをつかめてないんだ。まあ、あいつのことだし無事でいるとは思うけどさ」


 オクセインとヴィトスの会話の調子がのんきすぎるとでも思ったのであろうか、ペトラはいらだたしげに咳ばらいをした。


「確かにエラトは旅慣れているし、見かけによらず武芸の腕も立つが……大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないとしても今の時点で僕らにできることはないし。手遅れになる前にあいつがちゃんと身分を明かしてくれればいきなり殺されることもないと思うけどね」


 オクセインは辛辣な口調で言い放ち、ひょいと肩をすくめた。法外な額でさえなければ身代金を払って片を付ければよいのだとでも言いたげに。


「金で済めばいいが、あいつの場合自分から面倒事に巻き込まれにいくようなところがあるからな。とはいうものの、これまで自力で何とか問題解決をしてきているだけにあまり厳しく咎めだてもできないか」


 カードとコインを片付けながらヴィトスは淡々と言った。ペトラは腕組みをして黙り込んでしまったが、内心でエラトに悪態をついているのかもしれなかった。

 オクセインはどうやらフィロはまだ来なさそうだと判断してペトラに話しかけた。


「ところで例の件、調べてみたけど特に怪しいところはなかったよ。煉瓦の下まで掘り返したわけじゃないから絶対とは言い切れないけど、こっそり火薬を仕掛けて事故に見せかけるような手の込んだ真似はまずしないんじゃないかな。だいたい、本気で暗殺しようと思うんならもっと確実なやり方があるよ」

「まあそうだが、あの時のマカーリオ殿の態度がいささか気になってな。なんというか……日頃から命を狙われている経験があるかのような警戒ぶりを見せていた。ほんの一瞬のことだが」


 先日マカーリオと手合わせした帰り道ごく小さな地震が起こり、古い煉瓦塀が崩れ落ちてきたのだった。すぐそばを通っていたペトラとマカーリオに煉瓦のかけらがいくつか飛んだ程度で誰にも怪我はなかったが、その後のマカーリオの顔色は決して良いものではなかった。

 「ラディでは地震などめったに起こらないものですから、いささか動揺してしまいました」とマカーリオは言っていたし、それを疑う理由もペトラにはなかったはずだが万が一のことをおもんばかってオクセインに調査を依頼したのだった。執政官であるヴィトスが王都を離れていた時期だったからではあるが、ヴィトスを通しての公式の調査となれば誰かの責任問題に発展しかねないと危ぶんだからという可能性もあるのかもしれなかった。

 ヴィトスはペトラの評価をそこまで気にかけているわけではなかったが、何らかの主張をしておく必要は感じたようでオクセインに向かって自身の見解を述べた。


「そもそも、マカーリオ殿が命を狙われる理由などないはずだが」

「うーん、双子王子のどっちかがミラとの結婚を妬んでとか、さ」

「まずありえない。ラディの王家は他国の王家を基本的に下に見ているからな、庶出の王子が婿入りするのが似つかわしい程度にしか思っていないはずだ」

「失礼だなあ。そりゃ千年以上の歴史を誇るあちらからすれば我が国なんて成り上がりでしかないんだろうけど」

「無論実質的な国力はこちらの方がはるかに上だ。それはラディ側もわかっているさ、だが、国際関係というのはそれだけでは動かない」

「あーあれか、いくら金を積まれても売らないと言い張ってた家宝を恩人の息子とやらには格安で譲り渡すとかいうやつか。でなきゃ美貌の踊り子にねだられてあっさり贈り物にしてしまうとか……」

「そこまで単純化するのもいかがなものかとは思うが、所詮国にしろ王家にしろ人間が寄り集まってできているのだからな。人の心が動く理由は一つではあるまい」

「人の心かあ、それでいくと双子王子のどっちかがミラを実はこっそり見染めててという可能性は……さすがにないか」


 ラディの双子王子はともに既婚者である。しかもラディの王家に妾妃の制度はない。いやたとえ正妃としてであってもミラが他国に嫁すことを五人の兄王子は決して肯んじないであろうが。



 フィロの到着は予定より遅れていた。オクセインが持参していた葡萄酒の瓶は二本ともすでに空になっている。ペトラは戸棚にあった蒸留酒を小さなグラスに半分ほど注ぎ、一気にあおった。それから重々しい口調でヴィトスに問いかける。


「それにしてもラディの後継問題はどうしてここまでこじれてしまったんだ。双子であるならばなおのこと、早急に後継者を指名しておかねば諍いの元となるのは目に見えていただろうに」

「シルビオ陛下が優柔不断だから……では済ませとけば? 無能で考えなしだから、でもいいけどさ」


 他国の王に対するオクセインの放言は軽く無視し、ヴィトスは真面目な口調で説明し始めた。


「実は後継者指名はラディの双子王子が生まれて間もないころすでになされている。先に生まれたロアン殿を王太子とする旨をシルビオ陛下が宣言され、カレドの太陽神神殿での立太子の儀式も滞りなく行われた」

「ならばリアム殿に勝ち目などあるまいに」

「ところが、その後しばらくしてリアム殿の乳母筋にあたる一人の長老がラディ王家の前例をもとに異議を申し立てた。ラディ王家の定めにおいて双子の長子に当たるのは後から生まれた方であると」

「なんだと?」

「そこで過去の記録を調べてみたところ、確かに前例が二つ見つかった。いずれも五百年以上前のものではあるが前例は前例だ」

「変な話だね、どうして後に生まれた方が兄ってことになるのさ?」

「後から生まれた方が受胎が先であるという学説は聞いたことがある。古代にはそちらの考えが主流だった時期もあったらしい」

「しかし、立太子の儀式の前にそのあたりを調べはしなかったのか?」

「どうだろうか、少なくとも太陽神神殿での考えでは先に生まれた方を兄と定めるとなっていたはずだ。シルビオ陛下は王家の傍流の出身だから故事に詳しい側近がいなかったという可能性も高い。それに乳母筋の長老が持ち出すまで主だった貴族の誰もロアン殿の立太子に疑義を差し挟まなかったそうだから、一般的には忘れ去られていた慣習なのかもしれない」

「その長老とやらも立太子する前に言ってくれればねえ、じゃなきゃ永遠に口をつぐんでいてくれるか」

「どこの国にも四角四面で融通のきかぬ人物はいるものだ。そういう者もおらねば国政が放縦に流れるおそれもある。が、この場合は何とも困ったことだな」


 ペトラは額にこぶしをあててため息をつき、オクセインは退屈そうにあくびをしてみせた。ヴィトスは自分自身に確認するような口ぶりで話を続ける。


「太陽神神殿としては立太子を認めた以上はロアン殿を全力で推してくる。一方で神殿の勢力が強くなることを快く思わない貴族の一部が先例尊重の保守派と一緒になってリアム殿を支援する。もちろん表立ってやりあうような品のない真似をラディ人がするわけもないが、自派閥の拡大と相手方の失脚を狙った暗闘は年々激しくなっているとみるべきだろう」


 そこまで言ったところでヴィトスはのどの渇きを覚えたのか酒の戸棚に向かい、ペトラが先ほど飲んだものとは別の酒瓶を手に取った。彼が外国語で表記されたラベルを読んでいると何者かが階段を駆け上ってくる音がした。王子三人はほとんど同時に部屋の入口へ視線を向ける。長兄のフィロがようやく到着したのだと思って。


「えっと、兄さんたち一体ここで何をやってるんですか? 僕は今ものすごく疲れてるんで、着替えたらすぐにベッドに倒れ込みたい気分なんですが……」


 ドアに寄りかかるように立っていたのは、埃だらけのマントを身にまとい困ったような笑顔を浮かべたエラトだった。


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