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即席のお茶会は意外に盛り上がる

 王宮東館、応接室


「あら美味しい、これ本当にセリナ様が手ずから作られたの?」

「先日お義母様から頂戴したお芋を使って作りましたの。気に入っていただけて嬉しいですわ」


 ミラは目の前の皿に山積みされた小ぶりの焼き菓子をもう一つつまんだ。昼食を食べたばかりだというのにあっさりとした甘みと香辛料の加減が絶妙でついつい手が伸びてしまう。セリナは自身も旺盛な食欲を見せつつ「材料はまだまだありますから、また作ってお持ちしますね」と喜びの表情だ。


「お兄様かタニア様の領地に芋の名産地なんてあったかしら?」


 誘惑に負けて食べ過ぎぬようできるだけゆっくりと味わいながら、ミラは向かい側に腰かけたペトラに話しかけた。彼は決して不機嫌なわけではないのだろうが、簡単な自己紹介の後は黙り込んでいる。決闘云々についても「母さんの勝手な思い込みをセリナが大真面目に受け止めたんだろう」とだけ言って説明を済ませたことにしてしまっていた。

 生来寡黙な性質の兄であり放っておいてもよいところだったが、隣にいるマカーリオが気詰まりかもしれないとミラは普段よりは積極的にペトラを会話に参加させる努力を試みる。


「いや、これはファビオから送られてきたものだ」

「まあ、そうだったの……」


 慣れぬ努力をするものではなかったのだろうか、話題は少々面倒な方向へむかっているようだ。かつての婚約者候補であるファビオについてどこまで話したものだろうかとミラは思案した。兄ペトラとの決闘騒ぎについては派手な話だけに間違いなくマカーリオの耳にも入っていることだろうが。

 

「ファビオ様は東方辺境で警備の任についておられるのですよね。てっきり盗賊団の討伐や猛獣退治にあけくれていらっしゃるものとばかり思っておりましたけれど」

「それがな……軍団はすぐに離籍し、今では所有する荘園で農作業にいそしんでいるという報告があった。近隣の村々をこまめに視察に回っているというから自警団の指導ぐらいはしているのかもしれんが」

「結局軍事にもまるで不向きな方だったというわけですのね。あ、でもでも、農業にはとっても向いていらっしゃると思いますわ。少々変わった風味ですけれど、本当に良い出来のお芋でしたもの」

「あの辺の土地は痩せて水利もよくないと聞いていたが、合う作物もあったのだな」


 幸いなことにペトラとの会話はセリナが引き受けてくれた。ファビオの近況について元気そうでなによりと遠い親戚に対するような感想を抱きつつ、ミラはマカーリオの方を見やった。彼も興味深げな様子で二人の会話を聞いていたがミラの視線に気づくと優しく微笑んだ。そして、耳元でそっと囁く。


「私もファビオ殿に決闘を申し込まれてしまうのでしょうか?」


 冗談めかした口調の中に一筋の甘さが紛れ込んでいる。ミラは心臓の鼓動が速まるのを感じた。


「あの人にもうそんな資格はありませんわ。でも、マカーリオ様がペトラ兄様に決闘を申し込んでいただく分には一向に構いませんのよ」


 広げた扇で頬を隠しながら、ミラはわざとらしい高慢なそぶりを見せた。マカーリオは軽く眉根を寄せ、真剣そうな声音で答える。


「英雄パティアスにも匹敵する武勲をお持ちのペトラ殿にですか? 私はそこまで無謀な勇気は持ち合わせていませんよ。できれば何か他の方法で認めていただきたいものですが……」


 困り顔でそこまで言ったところでマカーリオはミラをじっと見た。思いつめたようなその目つきがあまりにも芝居がかっていたためミラはうっかり吹き出してしまう。二人が軽やかに笑いあっていると、セリナが不意に大きな声を上げた。


「いいことを思いつきましたわ、ペトラ様。お二人を来月我が家の別荘で開かれる狩猟パーティーにお招きするのはいかがでしょう? もちろんお義母様もお呼びして」

「俺は構わんが……」


 ペトラが口ごもった理由をミラは即座に理解した。ペトラの母である妾妃タニアはよく言えば世話好き、つまりはおせっかいな性格をしている。ミラとマカーリオがそろって出席するパーティーとなれば、招待客の選定をはじめ様々な事柄にやかましく口を挟んでくることだろう。


 ミラが遠回しにそうした懸念を口にしたところ、セリナは事も無げに答えた。


「むしろその方が助かりますわ。我が家は侯爵家とはいっても祖父の代に一介の地方貴族から格上げされたばかりの言ってみれば成り上がりですもの。お義母様は日頃から私の至らない点をはっきりおっしゃってくださるのでいろいろと勉強させていただいております」


 きっぱりとしたセリナの態度にミラは舌を巻いた。さすが、わずか十二歳で馬上槍試合の優勝者であるペトラに一目惚れし、十三歳で並み居る競争相手を退けて婚約者の座を射止めただけのことはある。


「狩りはお好きでいらっしゃる?」


 ミラが尋ねるとマカーリオは曖昧な微笑とともに答えた。


「どうでしょう……実はあまり経験がないのですよ。父に同行して何度か鷹狩りに参加したことはあるのですが、毎回一番後ろから悠長について行っていただけでしたから」


 おそらく兄王子たちに遠慮していたのだろうとミラは思った。ミラ自身は獲物が血を流しているところを見るのが苦手なために狩り好きとは言えなかったが、猟犬と競うように馬を走らせるマカーリオの姿はぜひ見てみたかった。


「そうか、ラディでは鷹狩りがさかんなのだったな」


 関心のある話題だったのだろう、ペトラがやや身を乗り出すようにしてマカーリオに話しかけてきた。


「ええ、曽祖父は特に熱心だったそうです。遠くの国々からも鷹や隼を取り寄せ、優秀な鷹匠を城下に集めて大掛かりな飼育場を作り……私も一度見に行ったことがありますが、驚いたことにちょっとした城塞並みの設備が整えられていましたね」

「ラディの最高級の鷹一羽は軍馬一頭に値するというからな、何の不思議もない」

「実用性という点では比べ物になりませんが」


 ペトラとマカーリオの話はそこからより実用的な話題、馬具の良し悪しや弓矢の性能に移っていった。ミラは不案内な話題にあえて参加する愚は避け、セリナを誘って壁際のソファへと移動した。



「実際のところタニア様の話はどんな感じだったの? 本気でペトラ兄様が決闘すると思い込んでいらっしゃるわけではないのでしょう?」


 念のために聞いておくのだけれどと前置きした上でミラが尋ねると、セリナはきまり悪そうにしながら答えた。


「あの、本当のところ私かなり大げさに申し上げてしまいましたの。ただ、お義母様が……なんといいましょうか、このところご機嫌斜めでいらっしゃるようで、愚痴の相手をするのに面倒になったペトラ様が『俺がマカーリオ殿に決闘でも申し込めばご満足ですか』などと言い放たれたらしくて」


 なんだかよくわからない話だとミラは思った。タニアの不機嫌をなだめるのに決闘が何の役に立つというのだろう。

 首を傾げるミラに向かってセリナはタニアとの会話を簡単に再現してみせ、その後で「これは私が勝手に思っただけのことですが……」と続ける。


「マカーリオ様をお迎えに行かれたのはエラト様、滞在していらっしゃるのはヴィトス様のお屋敷、オクセイン様とはおしのびであちこちに遊びに行かれているという噂が……いえその、決してペトラ様がないがしろにされているなどということは思ってはおられないはずですけれど……」


 間違いなく思っているわねとミラはようやく納得が言った。ペトラが社交において拙い面があるのは事実であり、タニアが心配する気持ちもよくわかる。が、三十歳近くにもなった息子に対して少々過保護すぎはしないだろうか。


「ペトラ様は不器用なせいでいろいろと誤解されてしまうのですわ、本当は誰よりもお優しいのにそれを言葉になさらないので」


 セリナは悔しそうに言った。十幾つも年上の相手に対してこちらも保護者のような態度だが、ペトラには周囲をそうさせてしまう何かがあるのだろう。これも一種の人徳と言えるのかもしれなかった。

 気が強く思い込みの激しい母親と芯が強く行動力にあふれた妻に挟まれたペトラが幸福になれるかどうかについては議論の余地がありそうだが。


「それで狩猟パーティー、ね。もしかしたら招待客がもう少し増えるかもしれないけれど構わない? タニア様だけでなく他の妾妃の方々もお招きすることになるかも」


 時期的に内輪での婚約披露の場となる可能性が高いとミラは思い、今一度確認しておいた。セリナは何度かまばたきをしてから、大きく頷く。


「ああ、そういうことですのね。お任せくださいな、両親にもそれとなく言い含めておきますので」


 あまり派手すぎる準備はしないでねとミラは付け加えそうになったが思いとどまった。セリナにはこれ以上余計な口出しはしない方がよいだろう、どうせタニアから嫌というほどの助言を受けるに決まっているのだから。



「いい加減に父も私の結婚式を早める覚悟を決めてくれればよいのですけれど……正式な結婚は十六歳になるまでは駄目だとの一点張り、なぜかこの件に関してはペトラ様も同意見で、説得に協力してはくださいませんし」


 帰り際、不服気な口調でセリナはそう言い、ペトラを見上げた。ペトラは困ったように頭を掻いただけで無言のままだったので、仕方なくミラが適当に誤魔化す。


「シルベスタ侯爵はきっと愛娘を手放すのがお寂しいのよ」

「それはそうかもしれませんけれど、外国に嫁ぐというわけでもなし。私は一人娘でもなく、妹たちもおりますのに……」

「まあ、あと一年と少しなんだからせいぜい親孝行して差し上げたら? 一人娘のくせに親不孝ばかりしている私が言っても説得力がないかもしれないけれど」


 苦笑気味にミラは言い、それではまたねと言い添えた。その言葉が合図となったかのようにペトラはセリナの手を取り、半ば強引に部屋から連れ出した。しばらく間をおいてからマカーリオも別れの挨拶をして帰っていく。


 後片付けする侍女たちの様子を眺めながら、ミラはキリアに「お父様の予定を調べておいてちょうだい。それほど急ぎの用件というわけではないけれど、落ち着いてお話がしたいから」と告げた。


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