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侍女たちはわがまま王女に謝罪する

 王宮東館、応接室


「とうとうこの日が来てしまったんだわ」


 一昨日届けられた手紙を握りしめながら、ミラは悲壮感に満ちた口調で呟いた。

 同じような台詞とため息を量産し続ける王女を横目に、侍女頭のキリアは午餐の準備が抜かりなく整っているか部屋中を確認して回っていた。経験豊富で口の堅い者をという基準で厳選された少数の侍女たちはキリアの指示に従って、ある者は花瓶の花を活けなおし、ある者はかすかな曇りの見つかった銀食器を交換している。


 『大事なお話があります。ご多忙とは存じますがお時間をとっていただけないでしょうか?』


 整った、しかし意外な力強さと勢いを見せる文字の並びをミラは読み返した。それ以外の部分は時候の挨拶や先日のルングーザ訪問についての気遣いを謝したもので、言ってみれば当たり障りのない言葉の羅列にすぎない。


 『それでは明後日の昼食をご一緒に』


 とりあえずそう返事をし、キリアに予定の変更を告げたものの、今になってミラはもう少し先の日付を指定しておけばよかったのかもしれないと後悔し始めている。


「そんなに緊張なさらずとも大丈夫でございますよ」

 一通りの確認を終えたキリアがミラの傍にやってきた。こわばった表情のままミラは「やっぱり私、緊張しているように見える?」と問いかけた。

 朝食もほとんどとらず、顔色もどことなく青ざめているのだからそれ以外の何にも見えようがない。キリアは彼女の問いについてはまともに答えないことにしたらしく、「マカーリオ殿下はもっと緊張しておられるはずですから」と朗らかに言った。


「……それはそうでしょうけど」

「ええ、あのようによくできた殿方でも正式な求婚は初めての御経験でございましょうし」

「正式な求婚……そうね」


 ぽつりと呟いてミラはそれきり黙り込んでしまった。確かにマカーリオが結婚の正式な申し込みのためにやって来るという可能性が皆無というわけではない、実際キリアを初め侍女たちは皆そうと信じてもてなしの準備にいそしんでいるのだ。が、そちらに賭けるのはあまりに分が悪いとしかミラには思えなかった。


 キリアはミラの方から話しかけるのを待つように彼女の傍にたたずんでいたのだが、しばらくして誰かに呼ばれて部屋を出て行った。続いて数名の侍女も何かの用でその場を離れたため、応接室に控えているのは一人だけになっていた。その残った一人が静かにミラに近づき深々と頭を下げる。


「殿下、まことに申し訳ございません」

「ネリー、いったいどうしたの? 別に何も問題は起こってないわよ。起こってないわよ、ね」

 

 ミラは立ち上がっておそるおそるあたりを見回した。花瓶は割れていないし、花も萎れてなどいない、銀食器は美しく輝き、テーブルクロスの白さはまぶしいほどだ。ひとまず安堵したミラはソファに再び腰を下ろし、ネリーに声を掛けた。


「何かあるのならさっさと話して、それでなくても私には考えなきゃいけないことが多すぎて……違うわね、考えてもしょうがないことばっかりがぐだぐだと頭の中に浮かんでくるだけなんだけど。とにかく、他の皆が戻ってくる前に言いたいことがあるのなら言ってしまいなさいよ」

「は、はい。実は先日私と、その他三名がマカーリオ殿下に対して非常に失礼な申し上げようをいたしました。そのことをお詫びしなければと……」


 ネリーが言うのはおしのび用の服装を相談した時のことだろう。彼女たちがマカーリオについてかなり批判的な意見を述べていたことをミラは思い出した。


「じゃあ、あれはやっぱり私に聞かせるためにやっていたのね」

「……ご承知でございましたか」

「まあね、あまりにもわざとらしかったから」


 ミラは全てをわかっていたような態度で肯定して見せたが、実際のところ、ふと思いついた考えに基づいてかまをかけてみたに過ぎなかった。

 あの後キリアに宮廷内外でのマカーリオについての噂話を調べさせたが、特に否定的な噂が流れているような気配はないということだった。マカーリオが儀礼にうるさいことで有名なラディの出身であることは事実だし、容姿端麗な男性が円満な性格の持ち主とは限らないのは兄オクセインの例を挙げるまでもなかった。だから、彼女たちもちょっとした勘違いか何かを元に妄想をたくましくしてしまっただけなのかもしれないと思って済ませることにし、キリアに対しては自分の聞き間違いだったのだろうと誤魔化しておいたのだった。

 しかし改めて考えてみると、彼女たち四人だけがなぜそんな風に思い込んでしまったのかという点が気にならないではない。それに彼女たちの話しぶりはかなり具体的で、確信ありげでもあった。となると彼女たちの思い込みのそもそもの大元はどこにあるのだろうか。

 ネリーは侍女勤めを始めてそこそこの年数が経っているが幅広い交友関係を誇るタイプというわけでなく、他の三人に至ってはおよそ半年ほど前に各地方から王都にやってきたばかりだ。


 ミラは顔のこわばりを残したまま、口の端だけで微笑んで見せた。


「まだ約束の時刻まで少し間があるわね。ネリー、他の三人も呼んできてちょうだい。誰かに聞かれたら私が特別に頼みたいことがあるからと言えばいいわ」

「かしこまりました」


 四人まとめて叱責されると思ったのだろう、ネリーは暗い表情で部屋を後にした。



「リルヤ、ネリー、クレーヴェル、シュリナ」


 うなだれている四人の侍女の名をミラはゆっくりと呼び、顔を上げるよう促した。彼女たちとミラがいるのは応接室から続くテラスである。ミラは木陰に置かれた揺り椅子に腰かけ、膝の上で軽く指を組み合わせている。侍女たちが顔を上げる様子を見せなかったため、ミラは重ねて言った。


「あなたたちが私のことを思ってくれていることはよくわかっているつもりよ」


 十分な陽気さをもったミラの口調ではあったが四人の侍女はまだ戸惑っているようだった。ようやく顔を上げはしたものの彼女たちが口にしたのはまたしても謝罪の言葉である。


「申し訳ございません。私、王女殿下が何もご存じないのではないかと思わず差し出がましい真似を」

「私も、王女殿下が先々ご苦労なさるのは忍びないと……出過ぎたことをいたしました」

「立場もわきまえず、お詫びのしようもございません。ただ一時の気持ちの昂ぶりで決断を下すのは後悔の種となるのではないかと、あの時は確かにそう思っておりましたもので」

「ええ、ですからせめて私たちが聞き知ったことだけでもお耳に入れておかなければと、今となってはお恥ずかしい限りでございます」


 ミラはやや表情を改めた。さすがに延々と彼女たちに謝罪の言葉を続けさせている暇はない。


「それはもういいの。私は私の意志で決断するし、その決断による結果について自分以外の誰かに責任を負わそうとも思わないから」


 厳しい声音で言い切ってから、急に気恥ずかしさでも感じたのか「ま、今回はそんな大げさに言うほどの場面でもないんだけど」と小声で付け加えた。ミラのそんな様子に侍女たちはわずかばかり表情を緩める。それを見て取ったミラは内緒話でもするかのように、いっそう声を低めた。


「マカーリオ様についてもっとよく知りたいという気持ちがあるのは正直なところなの。あの方とのご縁は私にとってだけでなく我が国の行く末にとっても幸多いはずよ。でも、それ以上にあの方には幸福でいて欲しいと思っていて、ただ、そうは言ってもやはりマカーリオ様はラディの人だけあって、内心をあまり露わにされないから……あの方が我が国や私の在り様に何かご不満があるのであればきちんと知っておきたいのだけれど」


 おそらくもう手遅れでしょうけどね、というミラの心の声は誰の耳にも届きようがない。だから、侍女たち四人は共感と決意を露わにした表情でミラを見つめていた。


「王女殿下はそれほどにマカーリオ殿下のことを……」

「確かに衆に優れた方ほど気難しい一面がありがちなものですからね」

「そこのところを上手く操縦するのも伴侶たるものの務め……あ、いえ少々言葉が過ぎました」

「それにマカーリオ殿下は愚鈍でも凡庸でもないのですから、ともに月日を過ごすうちに王女殿下の真価に気付かれるに違いありませんわ」


 確かにマカーリオは愚鈍や凡庸からはほど遠い、ということはすでに自分の真価など見抜かれてしまっているのだろう、とミラは内心で大きくため息をついていた。落胆の思いは表情にまで出ていたかもしれなかったが、リルヤ、ネリー、クレーヴェル、シュリナの四人はすでにお互いの会話に夢中だった。話の流れを妨げぬように注意しながらミラは時折口をはさみ、彼女たちにマカーリオへの不満や批判を漏らしたのが誰かを突き止めようとする。

 結局それは大した難事でもなかった。マカーリオが自国から伴ったただ一人の従僕がどうやら噂の出どころらしい。

 レノスという名をミラが心に刻んだその時、彼女を部屋に呼び戻すためにキリアがテラスへとやって来た。


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