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王女は隣国の王子と市に出かける(前)

 ルングーザへと向かう馬車の中


「お兄様、いい加減に思い出し笑いはやめてくださらないかしら」


 不機嫌さを隠す気にもなれず、ミラはとげだらけの口調でオクセインに言った。ついでに向かいに座っている兄のむこうずねをこっそり蹴飛ばしてやりたい気がしたが、隣に座るマカーリオの存在が彼女の行動に歯止めをかけていた。

 ミラは帽子のベール越しにマカーリオの横顔をちらちらと伺ってみたが、いつもどおり感じの良い微笑をたたえた穏やかな表情だ。

 もっとも、内心では必死に笑いをこらえているのかもしれなかった。いや、笑い話で済んでくれるのならばまだましで、軽率なふるまいを呆れられている可能性も大いにある。気さくで親しみやすい態度のせいでついつい忘れがちになるが、彼とて儀礼にやかましいので有名なラディの人間なのだから。

 何て幸先の悪い、と窓の外を眺めるふりをしながらミラは小さく呟いた。


 今朝、オクセインの屋敷に到着した時には良い一日になりそうな雰囲気だったのだ。晴天で、しかも時折爽やかな風の吹くという外出日和。出迎えたオクセインはミラの姿を一目みるなり「いい感じだ、僕の指示通りだな」と満足そうにしていた。

 問題はその後に起こった。「ああそうだ、これを身につけておいてくれ」とオクセインが差し出したブローチがすべての元凶である。

 尾の長い小鳥をかたどったそれは、真鍮製だろうか、ミラの手にそれなりの重さを伝えて来た。スカーフ留めのようにして使おうかなどと思案しつつ眺めているうちに、尾の部分の細工に気が付く。


「これは……もしかして笛になっているの?」

「ああ、マリサの自信作だよ」


 自慢げに言うオクセインの笑顔の裏にあるものに気付くべきだったと、ミラはすぐに悔やむことになるのだが、その時にはきっと美しい鳴き声のような音がするのだろうという期待しかなかった。

 小鳥の尾の先に唇を当て、軽く息を吹き込む。その途端、屋敷中に届くとかと思われるほどの大きさで、耳ざわりな音が響き渡った。

 当然ながら門の外で待機していた護衛騎士数名は全速力で駆けつけて来た。あたりにいた庭師や馬丁も何事かと集まって来た。そして、あろうことか、驚きの表情を浮かべたマカーリオまでが玄関のドアを開けてこちらにやってきたのだった。


「あんなに凄まじい音が鳴るとは思わなかったんですもの。本当にそっと吹いただけなのよ」

「だから言っただろう、マリサの自信作だって。軽く吹いただけであれだけの音が出るからこそ警笛として役に立つ」


 オクセインの言うことには理屈が通っている。どうしてその理屈を前もって説明しておいてくれるだけの親切心を持ち合わせていないのかしら、などと多少の身勝手さも交えながらミラは心の中で兄に文句をつけた。

 そして、八つ当たりというつもりでもなかったが、なんとなくスカーフの結び目に留められたブローチをつついてみた。太めの胴体とつぶらな瞳を持つ小鳥の姿には何とも言えない愛嬌がある。そう、この小鳥には何の罪もない。もちろん、マリサにも。

 そもそもオクセインにおしのびの手配を頼んだ時点である程度の面倒さが付いて回るのは覚悟していなければならなかったのだからとミラは自分の心をなだめ、できる限り平静な口調を取り戻そうとした。

 

「警笛、ね。余程の緊急事態でもない限り使わない方が良さそう……いざとなったら仕方がないけれど」

「まあ大概のトラブルなら要所に忍ばせている僕の部下が対処してくれるはずだ。ただお前が護衛騎士も僕の部下もまいて、どこかへ行ってしまう可能性もあるからね。念のため、だよ」


 おしのびの外出ということで今回はミラの護衛騎士も傭兵や商人風のなりに変装し、離れたところから警護することになっていた。護衛の責任者である初老の騎士はあまり良い顔をしなかったが、副長にあたるらしい若い騎士が「変則的な状況に対応する訓練だと思えば」と積極的に口添えしてくれたのは幸いだった。


「そんなことをするものですか。お兄様は私のことをいつまでも悪戯好きの子どものように思っているかもしれないけれど、私だってもう十七だし、節度というものはきちんとわきまえて……」


 言い募るミラを軽く無視してのけ、オクセインはマカーリオに話しかけていた。


「あなたがご一緒だから大丈夫だとは思いますが、何しろ好奇心の強すぎる妹です。お手間を掛けさせて申し訳ないが、羽目を外し過ぎないよう見張っていてくださると有難い」

「心しておきましょう」


 マカーリオは生真面目な口調で応じている。機嫌は良さそうだが、ミラは何となく釈然としないものを感じた。

 もともとこのルングーザ行きはマカーリオにくつろいだ気分で楽しんでもらうために計画したものだったはずだ。なのにオクセインの言い方では、わがまま王女のお守り役を引き受けてもらうような話になっていないだろうか。

 マカーリオは気配りのできる人だけに、ややもすればミラの楽しみの方を優先させようとするかもしれないが、それでは意味がない。自分の楽しみは二の次にして、マカーリオが興味を持ったことにできるかぎり付き合おうとミラは改めて心に誓っておいた。



「じゃあ、ここからは別行動だ。僕は仕事がらみで人と会う約束がある。市は大体あっちの方だな、人の流れに付いて行けばいい」


 ルングーザの村の入口のところで馬車を降りると、オクセインはあっさりとその場を立ち去った。食べ物や飲む物には十分気をつけるようにだの、財布を出す時には周りにも注意しろだの、あれこれ長々と言われずに済んだのでミラはほっとした。

 

 並んで歩き出しながら、ミラはマカーリオに尋ねてみた。


「さて、どうしましょうか? とりあえず一通り見て回ります? 中央の広場まで出れば大道芸人が何か出し物を演じていると思いますけれど」


 お任せします、という返事を半ば予想していたミラだったが、マカーリオは穏やかな微笑をたたえたまま、ゆっくりと言葉を選ぶようにして答えた。


「そうですね……王子と王女のおしのびとしては順当に……」

「順当に?」

「悪徳商人を退治でもして回りましょうか?」


 マカーリオが冗談を言ったのだと気が付くまでに、ミラには十数えるほどの時間が必要だった。



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