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王女は兄王子に頼みごとをする

 第三王子オクセインの屋敷 応接室


「それで、折り入って話ってなんだい? 可愛い妹の頼みだ、なんでも聞いてあげるよ。と言いたいところだけど、僕も忙しい身だからね。できるだけ手短にまとめてくれ」


 白ワインの入ったグラスを片手に、くつろいだ姿勢でオクセインは軽口を叩いた。すでにマリサは席を外している。「ご兄妹水入らずで、ゆっくりお過ごしくださいな」という言葉を残して。


 紅茶はさすがに飲み飽きたのでミラも水で割った果実酒をもらうことにした。彼女の目の前に置かれたのはごく薄い紅色の液体で、香りからすると桃かスモモを漬け込んだものらしかった。


「ええとね、マカーリオ王子のことなの」


 口当たりの良い甘い酒を一口飲み、ミラは話を開始する。


「愛の告白のやり方を聞きたいならお門違いだよ。それとも後腐れの無い縁の切り方を知りたいの? お前にそれを教える必要があるとは思えないが」


 手短に、と自分で言っておきながらオクセインは涼しい表情で話を混ぜ返してきた。いつも通りの態度で特別機嫌が悪いわけではなさそうだ。言葉の枝葉に惑わされないこと、とミラは心の中で自分自身に忠告する。


「どっちでもないわ。まだ全然そんな段階じゃないもの。そうじゃなくて、お礼というかお詫びというか……とにかくあの方に何かして差し上げたいと思って。ほら、先日の仮面舞踏会で、ラディの剣舞を見せていただいたでしょう? 本来ならきちんと準備してしかるべき舞台を整えた上で披露するべきものを、あんな風に座興のように扱ってしまったのが申し訳なくって……だから、せめて埋め合わせをしたいと考えているのよ」

「何か贈り物でもするつもり?」

「それも考えてはみたんだけど、かえって気を使わせることなるかもしれないでしょう? それに旅先で物をもらうのって邪魔になる場合もあるし、第一あの方の好みがわかっているわけじゃないから何を贈ったら喜ばれるのかわからないし」

「ふーん、じゃあ、どうするんだい?」


 オクセインは二杯目の白ワインを飲みながら、いい加減な調子で相槌を打った。独り言のように「金貨か宝石にしておけばいいのに、腐らないし、かさばらない」と言っているが、ミラは聞こえないふりをする。


「考えてみたらそもそもあの方が我が国に来られたのは、見聞を広めるため、なのよ。それなのにパーティーに出席して、誰彼となく気を使って過ごしているばっかりじゃ意味がないでしょう? そんなのラディでもさんざんやっているだろうし。だから、我が国のいろいろな場所をご案内するのはどうかしらと思ったの」

「そんなの、とっくにヴィトスが手配してるんじゃないの? 滞在中のもてなしに関しては基本的にあいつの担当だよ」

「ええ、だからヴィトス兄様には確認してみたわ。確かに、きちんと手配してはいたの。でも……一昨日は歴史学者を伴って発掘中の遺跡の見学、昨日は建築家の説明付きで水道橋の修復工事の視察、今日は二人そろって裁判の傍聴に行ってるんですって、これって、どう思う?」

「とても勉強になりそうだね。僕やペトラ兄さんなら一日目で逃げ出すし、エラトなら途中で眠り込むな。ラディとの外交関係に差し支えが出なきゃいいが」


 真面目くさったオクセインの口調にミラは思わず笑ってしまった。慌てて表情を引き締めたが、オクセインは秀麗な顔立ちに人の悪そうな笑みを浮かべている。ミラは一瞬だけ子どもっぽく頬をふくらませた。


「もう、そんなことになるわけないでしょ。マカーリオ様は真面目な方だし、多方面に興味をお持ちの方だから別に退屈してはいらっしゃらないと思うの。ただ、なんていうか……堅苦しすぎるし、公用の旅でも行けそうなところばかりだし」


 何とか理由を付けて同行したところでそれほど面白くはなさそうだし、とまではミラは口に出さない。オクセインはにやついたまま、妹の表情の変化を観察していた。


「つまりもっと俗っぽい面白みがあるところに連れてけってことだね。そうだなあ、まずは王都一の娼館に予約を入れておこうか。遊女アデライードの恋歌は艶めいた声がたいそう魅力的との評判だ。無論、客の目当ては彼女の声だけではないが……」


 兄の冗談には慣れているミラであったが、これには少々不快を覚えた。思わず尖った口調で応じてしまう。


「お兄様がそれが適切だとお思いならどうぞ。きっとマリサ様もわかってくださるわ」

「ミラ、お前はマリサの名前を出せば僕をやり込められると思っているかもしれないがねえ、そんなことは……」

「ない、とおっしゃるの?」

「全くない、とは言わないよ。でも、僕にだってどうしても譲れない一線というものはある」


 オクセインはきっぱりとそう言った後で、「まあ、娼館についてはまたの機会ということでもいいかな」と誤魔化した。彼の譲れない一線とやらは結婚以来、かなり低い水準に下がっているのかもしれない。


「とりあえず思いつくのはルングーザの市かな」


 ルングーザは王都エレシスの東にある村である。街道の交差点にあるため定期的に市が開かれており、近年は常設で店を構える商人も徐々に増えていた。王都の商店では扱われないような怪しげな品が取引されているという噂もあるが、犯罪がらみの事件が頻発するほど治安の悪い場所ではない。


「あ、それはいいわ。今ちょうど北からの商人が集まってきている頃じゃない? きっと珍しい品々もたくさん見られるんでしょうね、期待できそう」


 言外にこれ以上ないほどはっきりと同行の意思を表しながら、ミラは言った。オクセインはわざとらしく肩をすくめて見せる。


「マカーリオ殿だけでなくお前も一緒に? しかも、おしのびで行きたいんだろ?」

「当たり前よ、普段通りの市を楽しむからいいんじゃない。綺麗にお膳立てされた所だけを護衛を引き連れて回るのなんて、こっちも楽しくないし、商人や村人にもいらぬ手間を掛けさせるだけだわ」

「それが必要な時もあるけどね、ま、そういうことはお前には言わずもがなか……、けど、僕には手間を掛けさせて平気なのかい?」

「可愛い妹の頼みでしょう? オクセイン兄様はきっと叶えて下さると信じているわ。もちろん必要経費はちゃんと支払うわよ」


 ミラは兄に向ってにっこりと微笑んだ。オクセインは見せかけではない真剣な様子でしばらく考え込んでいたが、やがて軽い頷きとともに了承した。


「日程とか、細かな点はまた改めて連絡するよ。マカーリオ殿にもこちらから連絡しておけばいいのかい?」


 玄関先まで見送りに出て来たオクセインは、眠そうな声になっていた。ミラ相手に雑談を交わしながら少々飲み過ぎてしまったせいもあろうが、忙しい身だというのが紛れもない事実だということでもあるだろう。


「ルングーザ行きについてだけは私から伝えておくわ。明後日トゥーラがお茶会を開くので、その時にあの方とお会いできると思うから」

「そうか、ではそちらは任せたよ。ああ、話は変わるが相変わらずお前は酒に弱いんだな、あの果実酒はそこまで強くないはずなんだが……」

「あら、また顔が赤くなってる? 大丈夫よ、王宮に帰るまでには醒めるでしょう」


 早口で言い、ミラはしっかりとした足取りでそそくさと馬車に乗り込んだ。「無理するなよ」という兄の声が彼女の背中から追いかけて来た。


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