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ドラゴンに三度轢かれた俺の転生職人ライフ  作者: すみもりさい
第三章:神魔と過ごす職人ライフ
81/81

81◆共存共栄


「納得いきませんわ」


 夜、俺の隣でぶすーっと不満を漏らすウサ耳の美女。

 人波に押されつつ、俺たちは並んで中央通りを歩く。


 勝負は俺が勝ったので、報酬として一緒に夜のパレードを見物しにやってきたのだ。


「まったく楽しくありませんわ」


 フランクフルトとクレープを手に金魚の入った袋を下げて何を?


「あら? あちらの屋台は輪投げですわね」


「やってみる?」


「飛び道具は趣味ではありませんがわたくしにかかればちょちょいのちょい。やりますわよ!」


 人をかき分け突撃するフェイラス。子どもに交じってきゃっきゃとはしゃぐ。


「楽しそうでなによりだ」

「だから楽しくはありませんわ。ベリアルお姉様だったならどれほどよかったことか」


 やっぱりこの子、本気で言ってるんだよなあ。

 つまりは無自覚。自分の気持ちがよくわかっていないのだ。


 なぜ本当は楽しんでいるのに楽しく感じていないのか。なぜ特に俺を気に入らずにイライラしているのか。


 そろそろ気づいてもらわなくちゃね。


「そうだね。ベリアルとだったらもっと楽しめるだろうね」


「? 貴方何を言って――」


 遠く、南側から歓声が聞こえた。


「パレードが近づいてるみたいだ。この辺りで待ってようか」


 不満そうな顔ながら素直に彼女は立ち止まる。

 並んで待っていると、人の頭が連なる向こう側が徐々に明るくなってきた。


「まあ……」


 知らず漏れたといった感嘆の声。


「きれいですわね」


 素朴だからこそ、その言葉が真に感動を表わしていると伝わってきた。


 色とりどりに光を放つ山車が次から次へ流れていく。

 山車の上では音楽を奏でる人や舞い踊る人。

 通りで観覧する人たちは小さく吐息を漏らすだけで、ほとんどが静かにパレードを見送っていた。


 ちょっと躊躇いつつ、俺は独り言のように声を出した。


「異界にこういうのってあるのかな?」


「……ベリアルお姉様がいらっしゃれば、この程度は霞んで見えますわ」


 強がり、ではない。彼女は心底そう感じている。


「ベリアルがいなければ、どうなの?」


「……暗く、寂しいところですわ」


 実際にどうなのか、俺にはわからない。ベリアルから聞いた限りでは、こちらの世界とそう変わらないとのこと。ただ『人がいない』。それだけの違いらしい。


「君は、寂しかったんだよ。ベリアルがいなくなって」


「……」


「彼女がいる。それだけで君は満足なんでしょ? だから俺が気に食わなかった。ベリアルと一緒にいる俺を見て、忌々しく思った。その感情はね――」


 無言を貫く彼女に、優しく告げる。


「嫉妬、っていうんだ」


「……嫉妬? わらわが人ごときに、そのような……」


 フェイラスは左右に首を振るも、ぴたりと止めてしばらく押し黙った。


「……いいえ、そうですわね。わらわは貴方に嫉妬していたのですわ。お姉様を独り占めしようとする、貴方に」


 ようやくここまでたどり着いた。さあ、仕上げといこう。


「俺はベリアルを独り占めしようなんて思ってないよ。彼女はリィルやそのお友だち、セイラさんやダルクさんにクオリスさん、みんなの仲間だ。そしてもちろん、君もね」


「……」


「君こそベリアルを独り占めにしようとしてるでしょ?」


「当り前ですわ。だってお姉様はわらわだけの――」


「違うよ」


「ッ!?」


「ベリアルはベリアル自身のものだ。他の誰かのものじゃない」


 押し黙ったので横を向いて確認すると、泣いてる!? だばーっと両目から涙が滝のように!


「そんな当たり前の正論でわらわをお姉様から遠ざけようというのですか、この卑怯者!」


「いや違うくて。けっきょく君ってベリアルさえ側にいればそれでいいんでしょ?」


 当たり前ですわって感じで首を傾げる。なんか可愛いな。


「だったらさ、べつに異界でなくてもいいわけだ」


「ですが、あちらならばライバルは皆無。そも嫉妬する相手がいませんわ。つまりわらわ大勝利なわけでして」


「はたしてそうかな?」


 えっ、と驚くフェイラスの耳がぴくぴくする。


「なんで君が俺に嫉妬していたか、そこを深く分析してみよう」


 ふむふむと食いついてきた。いい流れだ。


「ベリアルは俺に懐いている。それこそ君が目指す彼女との関係に他ならない。だから君は嫉妬した。違うかな?」


「なるほどその通りですが、はっきり言われるとムカつきますわね」


「ごめん怒らないで」


 こほんと咳払いして仕切り直す。


「つまり、嫉妬する対象がいるこの世界こそ、君にとってベストな世界なのさ」


 んん? と混乱した様子の彼女にこれ以上もったいぶるのは危険だな。


「俺からベリアルに懐かれる方法を学ぶのだ」


「…………なるほど?」


「ついでに彼女が親しくする人とも仲良くなれば、ほら、みんなが幸せ」


 むろんその中には俺も含まれるけど明言は避ける。


「ふむ。お姉様以外はべつにどうでもよいですが、あからさまに嫌な顔をお姉様にされることはなくなりますわね」


「……そうね!」


 危ない。反射的に否定するとこだった。今は歩み寄ることが肝要なのだ。


「てなわけで、俺は君への協力を惜しまない。だからもう命は狙わないでください」


 最後はお願いで締めくくる。


「思うところがなくはないですが、その提案に乗って差し上げましょう。ではさっそくお姉様に好かれる方法を教えなさいな」


 この魔神さんは本当に真っ直ぐ来るなあ。


「立ち話もなんなので、今晩は家に泊まる? そこでいろいろ話すよ」


「いいでしょう。受けて立ちますわ」


 なんで戦う感じになってるの?


 いつしかパレードは通り過ぎ、祭りの終わりを惜しむ人たちが後を追いかけ流れていく。

 俺たちもまた流れに沿って、しかし家路に急ぐのだった。



 帰ったら複雑な表情をしたベリアルがいた。事前に話して承諾したとはいえ、長い付き合いの彼女はフェイラスに警戒を緩めない。


 それでもその日は夜遅くまで、リィルのお友だちも交えてわいわいと騒いだのだった――。








 祭りが終わって数日後。

 俺はリオネルさんたちに呼び出されて用件を済ませ、へとへとになって自宅に戻った。


「さあベリアルお姉様、たーんと召し上がってくださいまし」


 今日も今日とてフェイラスは訪ねてきたらしい。あれから毎日だもんな。


 しかしベリアルはさほど嫌な顔はしていない。むしろ肉の塊を前にしてわずかに頬が緩んでいた。


 ベリアルに好かれる方法その一。

 美味しいものを食べさせよう。量もたくさんね。


 これがもっとも効果的と教えたら、フェイラスはダンジョンに潜って高級食材を大量に手に入れてくるようになった。むろんどの魔物からどんな高級素材がドロップするかを教えたのも俺だ。


 持ち帰った食材は俺が美味しく強化して、セイラさんが調理してベリアルに振舞うのだ。


 ふふふ、ここで俺の存在が強い意味を持つ。俺はフェイラスにとってもなくてはならない存在になったのだ。

 共存共栄。でも頻度が高すぎないですかね?


「まあ、仲良くやってるならそれでいいか」


 フェイラスはベリアルが食べるのをニコニコして見守っている。でもなんだかウズウズしている様子だ。

 わかるよ。抱きついて頬ずりしたいんだね。でも我慢だぞフェイラス。


 ベリアルに好かれる方法その二。

 適切な距離感で接しよう。許可なくひっつくの禁止。


 これは本人から詳細なヒアリングをした結果導き出された方法なので間違いない。

 でもフェイラスには相当苦痛らしく、


「はあ、はあ……お姉様、おねいさまぁ……」


 目の前にいるのに触れられない禁断症状からか、フェイラスの目が血走っていた。


 ベリアルと目が合う。俺がうなずくと、仕方なくといった感じで片手をフェイラスに伸ばした。


「お姉様!」


 がしっとつかんで頬ずりする。うっとりしている間にもベリアルは淡々と料理を口へ運んでいた。

 ま、今はこれでいいよね。

 俺が肩を竦めて部屋に戻ろうとしたそのとき、


「アリトさん!」

「アリトくん!」


 セイラさんとダルクさんが慌てた様子で駆けこんできた。その後ろからはクオリスさんも。

 リィルが俺の代わりに尋ねる。


「どうしたの? そんなに慌てて」


「どうもこうもありませんよ!」


「王宮からのお誘いを断ったってホント?」


 ついさっきの出来事なのに情報が早いなあ。


「お兄ちゃん、どういうこと?」


 不安そうなリィルに笑みで答える。


「さっきリオネルさんたちに呼ばれたんだけど――」


 俺の噂を聞きつけたこの国の王様が、俺を王室専属のアイテム強化職人として召し抱えたいと使者を寄越したのだ。


「お兄ちゃんすごい! あれ? でもそれ、断ったの?」


「うん」


 俺がしれっと答えると、クオリスさんが呆れたように言った。


「職人なら誰もが憧れる『王室専属』の栄誉を拒否するとはな。潤沢な資金でやりたい放題できるのだぞ?」


「そうらしいですね。でもあんまり興味ないです」


 俺は職人の最高峰を目指しているのではなく、前の三つの人生で果たせなかった『冒険者として身を立てる』のが目標なのだ。


 でも、それはまだ遠い。この街で最高の装備を借り受けながら、力の弱まったフェイラスに手も足も出なかったのだ。


 アイテム強化ばっかりやって、自らを鍛えるのを疎かにしていた。今後はもうちょっとそっちにも比重を傾けようと思う。


「何を考えておるかはなんとなく察したが、今世で得られた稀有な才能を伸ばして幸せをつかむのもまた人生であろう」


「それは……そうですね」


 実際のところアイテム強化でいろいろなアイテムを開発するのは楽しい。俺にしかできないのならなおさらだ。

 もしかしたら将来、やっぱりその道に進もうと方針を変えるかもしれない。

 だとしても――。


「俺はこの街が好きなんです。街の人たちに支えられてここまで来たから、その恩は返したい。王家の専属になったら、どこでどんな風に俺が強化したアイテムが使われるかわからないですからね」


 だから今はまだ、この街でお店を繁盛させるのだ。


「うん、リィルもそれがいいと思う!」


 飛びついてきた妹を抱き留める。ふらつく俺はやっぱり冒険者には向いてないのかもしれないけれど。


「いつか俺にぴったりの、最高の武具やアイテムを作ってみせますよ」


 その夢だけは、絶対に叶えようと誓った――。



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ひょうし
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