77◆セイラさんの苦悩
忌々しい。この苛立つ感情はなんなのか?
フェイラスは胸が締め付けられるような苦しみを抱えながら、アリトとベリアルの後を付いて回っていた。
一度誘われもしたが、アリトと一緒にいるのは御免だ。苛立ちが抑えきれずに爆発してしまいそうだから。
「ぐぬぬ……またあのようにくっついて! 離れなさい。離れなさいと言っていますのにまったくもう!」
寄り添う二人にイライラが募る。
「あのう」
背後からの声も耳に届かない。
「あのう、フェイラスさん?」
ん? と振り向けば、錫杖を握り締めた金髪の神官が困った顔をしていた。
「何をしているのですか?」
「貴女はたしか……」
「セイラです。今日クオリスさんたちに聞いたんですよね?」
「ああ、神竜もどきの。ベリアルお姉様以外の名をいちいち覚えていられませんわ。で、わらわになんの用がありますの?」
「いえその、『不審なウサギ耳の女性がいる』と通報を受けまして……」
「でしたら早々にその不審者を探す仕事に戻りなさいな」
「いえですから! あなたがその不審者なんですよ」
「わらわは陰ながらお姉様を見守っているだけですわ。あのアリトとかいう男がお姉様にいかがわしい行為をしないよう監視もしていますの」
「アリトさんの名前は覚えてるんですね……」
「何か言いまして?」
「いえべつに」
しかし彼女の行動が不審極まりないのは事実。このまま放置してよいものかセイラは迷った。
(わたくし、もうすぐ自由時間なんですけど……)
この魔神が何かやらかせば祭りを楽しむどころではない。仕方なくセイラはフェイラスの行動を監視することに決めた。
不審なウサ耳美女と連れ立って歩く金髪の美少女神官。
奇異の視線がセイラには痛かった。
アリトとベリアルの後を付いて回っているが、二人はいたって健全に祭りを楽しんでいる。いかがわしい行為を二人がする気配は微塵もない。むしろ仲睦まじい兄妹のようで微笑ましかった。
「ふむ、今お姉様が食していたのはこのふわふわの物体ですわね」
「綿菓子ですね。甘くておいしいですよ?」
ひとつを買ってフェイラスは口に運んだ。
「あんまーい! ですわ」
「そう言いましたよ?」
「幸せの味ですわね。けれど見た目に比して実際の量はかなり少ないですわね。詐欺では?」
「いえ、そういうお菓子ですから……」
「儚き一瞬の味わいを楽しむものですのね。ええ、ベリアルお姉様が垣間見せる微笑みのように……ほとんど見たことありませんけれど」
ぺろりと平らげ、フェイラスは次へと向かう。
数メートル先に立てた棒に輪っかを投げて入れる遊戯、輪投げだ。
アリトは五回投げて一回だけ成功。
「なんですのあのへっぴり腰は」
フェイラスはせせら笑う。
「もっとぐわっと、こう、棒を粉砕する勢いで投げませんと」
「棒を壊したら輪が入らないじゃないですか」
しかも声が大きい。アリトが照れたように頬をかいた。
彼がその気になれば輪っかをうまいこと強化してすべて成功させることもできただろう。純粋に遊戯を楽しんでいるのだから後ろから茶々を入れるのはよくないとセイラは思った。
ベリアルが挑戦する。後ろから届くやかましい声援をまるっと無視しつつも、力加減が難しいのかひとつも成功しなかった。
「お姉様は悪くありませんわ。きっとあの輪に細工が施されているのでしょう」
またもの大声に店主らしきおじさんが眉をひそめた。
律義に順番を守ったフェイラスの番になる。
「姉ちゃん、細工してないかどうかちゃんと確認してくれよな」
「何か細工しているのですの?」
皮肉にもついさっき自分が言った暴言すら忘れている模様。
ひょひょいと無造作に放るも、そのことごとくが正確に棒を捉えた。
「へえ、やるじゃねえか」
「おーっほっほっほっ! 素直ないい子ではありませんの。わらわの美しさに恐れおののいたのですわね」
よくも都合よく解釈できるものだとセイラは呆れた。
この後もアリトたちをつけながら、フェイラスはその時々で喜びに感情を弾けさせていた。
(どうせならアリトさんたちと一緒に回ればよいのに。わたくしだって……)
ともに楽しみたい、とセイラは肩を落とす。
一方、無自覚に祭りを楽しんでいるフェイラスだったが、やはりときおり目に入るアリトとベリアルの仲睦まじい振舞いにイライラが積み重なっていく。
気に食わない。大いに気に食わない。
「このままでは済ませませんわ。だいたい、どうしてお姉様が人ごときの祭りを連れ回されなくてはならないのですの。ええ、こんなくだらないお祭り」
「焼きトウモロコシとリンゴ飴を手にお面を頭にのっけて何を?」
「むろん、アリトに目にもの見せてやるのですわ」
「具体的には?」
「ぎったんぎったんにして差し上げますわ!」
また過激な方向に思考が向かっているようだ。
「すこし落ち着いてください。どうしてアリトさんを目の敵にするのですか?」
「なんだかよくわかりませんけれど、あの男を見ているとムカつくのですわ!」
ベリアルを奪われたと思いこんで憤慨しているのだろうか?
「しかし激情のまま安易に襲うわらわではありません。きっと邪魔が入るに決まっていますもの。しかもわらわ自身、万全とは言えませんの。そこで策を練る必要がありますわね」
「はあ、そうですか」
全力で止めるべきだが、なんとなく訊き出せそうな気がしたのでセイラは話を合わせる。
「策とはどのような?」
「まず前回の敗因ですけれど、やはりベリアルお姉様が完全体になられたのが最たるもの。今回も残念ながらあの男の側に付いてしまうでしょう。そこで――」
「そこで?」
「お姉様のあの大鎌を奪取します」
あれは魔物を倒すとMPを奪える特殊効果がある。フェイラスはどうやらその効果を知らないようだが、知れば自身を『万全』の状態にするべく躍起になるだろう。
「盗みは犯罪ですよ」
「ちょっとお借りするだけですわ」
「でもどうして鎌なんですか? 魔鎧があればこその強さだったと思いますけど」
「はっ!? そうでしたわね。わらわとしたことが失念していましたわ」
フェイラスはにやりと笑う。
「魔鎧がなければお姉様は力を発揮できず、逆にわらわは大いにパワーアップ。ついで奪取すれば完璧ですわね。ふふふ、助言、感謝しますわ」
しまったとセイラは舌打ちする。
大鎌とあの魔鎧がセットでフェイラスの手に渡れば、魔力が尽きずに絶大な力を発揮し続けるだろう。しかも魔神が中に入れば魔鎧から呪い効果のある霧まで発生するのだ。
「あ、あの、ちょっと待っていてもらえますか?」
「ん? なんですのいきなり?」
セイラはギリーカードを取り出し、通話を始めた。
「――というわけでして。ええ……、そうですね。……はい。あー、そういう……。なるほど。気は進みませんけれど、がんばってみます」
通話を終えると、律義にフェイラスは待っていた。
「事情はわかりました。あなたのお気持ちも重々。そこで提案なのですけれど――」
セイラは引きつった笑みで告げる。
「わたくしも協力させていただけませんか?」
「貴女が? ですが貴女はアリト一派の者でしょう?」
それを理解してなお作戦をぺらぺらしゃべっていたのかと呆れてしまう。
「えーっと、その辺りはまあ、お気になさらず。ともかくわたくしはアリトさんと同居していますから、大鎌や魔鎧を入手するのも容易いかと」
「ふぅむ。まあいいでしょう。先ほど魔鎧も入手すべしと助言してくださいましたし、人ならざる者なら信用できるというものですわ」
「ぅぅ、心が痛みます……。なんでわたくしがこんな役を……」
かくして魔神と神竜の強力タッグが生まれた瞬間だった――しかし片方はただのスパイである。