75◆お祭りを楽しもう
午前中の用事を済ませ、俺は乗合馬車に駆けこんだ。事前に連絡を取り合っていたベリアルが最後尾の席にいたのでその横に座る。
「フェイラスは一緒じゃないの?」
朝っぱらに窓から侵入してきたときは肝を冷やしたものの、最終的にはクオリスさんが取りなしてくれてベリアルともども連れて行かれたはずなのだが?
「異界への道を探しに行った」
それだけ聞くと壮大な旅に思える不思議。
「せっかくだからお祭りを楽しめばいいのに」
「まだそんな余裕がない。でも明日になれば、浮かれた雰囲気に居ても立ってもいられなくなる」
わりと余裕を取り戻すの早いな。にしても断言か。なんだかんだでフェイラスのことよくわかってるよなあ。
俺たちは馬車に揺られ、街の北から東へ進む。
通りは多くの歩く人で賑わっているけど、乗合馬車の通るスペースだけは確保されている。町全体で催されているお祭りだから移動手段は必要なのだ。
お店の大部分は閉まっているものの、屋台や出店はそこかしこに並んでいる。今の期間は冒険者さんたちが店を切り盛りしているけど数は限られるからね。外で営業している店はたいてい商魂逞しい店主さんたちか、外部からやってきた商人たちだ。
街の東ブロックは農業従事者が多く暮らしている地区だ。ほとんどの人たちがお祭りのメイン会場である中央通りや街の南北地区へ出かけているので比較的静かだった。
それでもこの地区ならではの催しがあるので、馬車を降りて歩いていたら急に人が増え始めた。
俺たちが向かう先はリィルが通う冒険者学校だ。
将来冒険者を目指す生徒たちは、いずれお世話になるであろう街の人たちに今から感謝の意を伝えるため、様々な企画を考えていた。
ふだんは閉ざされた鉄扉が全開している中を進むと、小さな屋台が軒を連ねている。呼び込みの学生たちをやんわり振りきりつつ校舎の中へ。
リィルたちの教室の扉を開くと。
「「「お帰りなさいませ、ご主人さま♪」」」
ミニスカートのメイド服を着た女の子たちが出迎えた。
「ってえ!? アリトさん? どうしてここにぃ!? 聞いていませんわ!」
言ってないからね。
エリカは丸いお盆で太腿を隠さんとしている。エルフの国のお姫様がメイド服ってすごいな。
「お兄ちゃん、いらっしゃい」
リィルがひょっこり顔を出す。
「ちょっとリィルさん、『お帰りなさいませ』、ですわよ」
「あ、そうだった。お帰りなさいませ♪」
ちょこちょこ寄ってきて言い直したリィルも可愛い。青い尻尾をふりふりさせて、俺とベリアルを席に案内した。リィルはすぐに戻ってしまったので俺はメニューを開く。
「何か食べてきたんだっけ?」
「うん。でも余裕」
あー、うん。そうだよね。肉まんを三十個食べたあとでも君は余裕だよね。
俺はまだお昼を済ませていないけど、このあと屋台とかで食べる分を考えておこう。
「すみません」
近くをうろうろしていたメイド服の生徒さんに声をかけると、
「は、はははいっ! ごごごご注文ですか!?」
振り返ったのはカタリナちゃんだった。スカートの裾を気にしてもじもじすると、大きな胸がぼよんと揺れる。
恥ずかしがり屋で人見知りの彼女が接客をしているとは驚きだ。リィルは奥に隠れてるのに。
俺は飲み物と軽い食事を注文する。ベリアルは食べ過ぎて(この店の在庫が枯渇して)しまわないようケーキを二つだけ。
「は、はい。えっと、承りました」
ぺこりと頭を下げる彼女が立ち去る間際、
「可愛いね。すごく似合ってるよ」
遅ればせながら感想を口にすると、
「きょ、恐縮れひゅ!」
カタリナちゃんは顔を真っ赤にして引っこんでしまった。
微笑ましく見送ったものの、料理を待つ間はとても困った。
「リィルちゃんのお兄さんですかあ?」
「でもあんまり似てないね」
「そもそも種族が違わない?」
「ちょっと頼りなさそうかも」
「えー? 私は好みー」
わらわらとメイドさんたちに取り囲まれる。
「こっちの子は誰かな?」
「お名前はなんていうのー?」
ベリアルも知らない子に話しかけられて困惑している様子。
「ほらほら、何を騒いでいますの? 他のご主人様とお嬢様たちに失礼でしてよ?」
エリカがやってきてみんなを窘める 。「はーい」と素直に散っていったのでようやくひと心地着けた。
「ありがとう、エリカ」
「べ、べつにあなたが困っていたからやっただけですわ――って違います逆でしたわ!」
話し方がフェイラスに似てるけどやっぱりこの子はほっこりするなあ。
「そのお爺ちゃんが初孫を見るような眼差し、やめていただけます?」
おっと幾ばくかのダメージを心に受けたよ俺は。
しょんぼりしていたらカタリナちゃんが料理を運んできた。リィルも飲み物とケーキを持ってくる。
頼んだのはオムライス。黄色い卵の包みの上に、ケチャップソースで大きなハートマークが描かれていた。
「えっと、それでは――」
なぜかカタリナちゃんとリィルが俺の両サイドに立ち、オムライス目掛け、
「「ラブラブパワー、注入ぅ♪」」
両手の指でハートマークを作って愛らしく声を放った。
「感動した! また来ます!」
思わず叫ぶ俺。涙出そう。
きっと同じ料理を頼んだお客さんみんなにやっているサービスだろうけど、妹とその友だちが二人でしてくれたこの喜びを、俺は一生の宝物にしようと決めた。
スプーンでひと口。甘味が強めながら、ふわとろの卵とケチャップライスが絶妙に絡まって口の中が幸せで満たされる。さすがラブラブパワーが注入されただけはある。
がつがつ食べる。
「お兄ちゃんはこれからどこを見て回るの?」
「せっかくだから校内はひと通り回ろうかな。そのあとは中央辺りをうろつけば夜になると思う。リィルは?」
「もうちょっとしたら今日の担当は終わりだから、カタリナちゃんとエリカちゃんと遊びに行こうかなって」
お祭り期間中、街は眠らない。小さなお子さんが出歩くのは危険な感じがするけど実は逆で、最高レベルの警備体制が敷かれているのだ。
お祭りは全力で愉しむもの。
その思想の下、すくなくとも街の住民は犯罪行為を絶対に許さないし、外部から来た人たちは本気モードの冒険者たちに恐れおののいて罪を犯さないよう注意している。
なのでちょっと遅くなっても怒らないのがマナーだ。
とはいえ心配なのが兄という生き物。
「知らない人について行っちゃダメだぞ?」
「そもそも知らない人と話せないよ」
そうでした。人見知りだもんね。まあ、エリカがしっかりしてるから大丈夫だな。
オムライスの半分をベリアルにあげて、飲み物でひと息ついてからリィルたちに別れを告げた。
学内は飲食店の他にも肩揉みサービスがあったり、日ごろの訓練成果の披露演武があったりと楽しめた。
ただちょっと謎だったのはこの人。
「うらっしゃーっ!」
怒声じみた掛け声とともに金属音が響き渡った。
校舎の裏手で鍛冶屋のギネさんが両腕に力こぶを作りつつ、大きな金鎚を振り下ろす。ちゃんと炉まで作って工房をそのまま持ってきたような設備だ。
「何やってんですか?」
「ん? おお、アリトじゃねえか。テメエこそ何やってんだよ?」
「妹がこの学校に通っているので」
「ふぅん、オレは見てのとおり剣を作ってんだよ」
いやまあ、それは見ればわかる。俺が問うたのはその理由だ。
「近所ってほどでもねえが、オレもこの辺に住んでっからな。祭りじゃ毎回ここで鎚を振るってんのさ。冒険者になろうってヤツが、テメエの武器がどうやってできるかも知らねえんじゃ話になんねえだろ?」
なるほど納得。しかも制作過程だけでなく、武器の特性や扱い方、メンテナンスのやり方まで解説しているらしい。
そしてもうひとつ。
「テメエもやてみっか?」
ギネさんはずいっと金鎚を差し出してきた。
「いやでも、俺は鍛冶系のスキル持ってませんから」
「いいんだよ。まともなモンができなくってもよ。テキトウに振ってりゃあいい。ん? なんだよ? 目をぱちくりさせやがって」
「イメージ的にギネさんは出来が悪いと許せないタイプだと思いまして」
がっはっはとギネさんは豪快に笑い飛ばす。
「仕事で妥協はしねえが今は祭りだ。なんつーの? 啓蒙? そんな意味合いが強いからな」
ぐいっと金鎚を押しつけられ、仕方なく振るってみた。
けっこう重い。振り回される俺。仕方ないので金鎚を強化して軽く、そして追加効果で武具をいい感じに仕上げる効果を付けてみた。
「おおっ!? なんだこりゃ? 剣が輝いてやがる」
返すときに金鎚は元に戻しておいた。
「なんだよテメエ、こっちの才能もあるんじゃねえかよ」
がっはっはと俺の背中をバンバン叩いてご満悦のギネさん。ごめんねズルしちゃいました。
ギネさんと別れ、俺とベリアルは学校を後にしようと校門へ向かった。
俺は視線を感じ、なるべく悟られないよう辺りを見回す。
「……いるね」
「無視していい」
建物の陰から顔が半分覗いていた。そして隠しきれないウサ耳が片方ぴこぴこ動いている。
「もう余裕を取り戻したのか」
「飽きっぽいから」
「だったら誘ってみる?」
隠れているつもりで後を付けられるのは居心地が悪い。
「無視していい」
重ねての塩対応。冷たく思えるけど、あの調子でまとわりつかれたら嫌にもなるよな。しかも最低で七百年もだし。
ただベリアルは冷たく拒絶しているように見えて、どこか申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
このお祭り期間で、どうにかならんもんかなあと考える俺でした――。