74◆お祭りが始まった
三年に一度の『冒険者大感謝祭』は、突き抜けるような青空の下で始まった。
黒い霧はいつしか消え去り、魔神の脅威もなくなって、街は大変な賑わいである。
商店は営業していないところが多かった。街の住人は数日にわたるお祭りを楽しんでいる。他方で開いている店もまた、いつもと趣が違っていた。
冒険者たちが街の住人に感謝を伝えるこの祭りでは、多くの冒険者が従業員に代わり店を切り盛りしている。売り上げは店主やふだんの従業員に還元されるのだ。
ただ働きではあるが文句を言う者はいない。むしろ店主や従業員をもてなそうと、この日のために料理の腕を磨いたり、接客マナーを学んだりしていた。
街の北側。
大きな飲食店も今日は冒険者たちが接客をしていた。味やマナーが落ちているのはご愛敬。文句を言う者は誰もいない。ただ想定外の注文量に、慣れない厨房は慌てふためいていた。
「ちょっとそこの赤い髪の貴女、いつまで待たせるのですの? 早く次の料理を持ってきてくださいな」
ピンクの髪にウサ耳がぴこぴこ跳ねる。
今日はこの店を手伝っている『斬竜姫』ダルクがエプロン姿で応じた。
「もうちょっと待ってよねー。てか、フェイラスちゃんも冒険者でしょ? どっか手伝わないわけ?」
「わらわはつい最近登録したばかりですもの。どの店にも宛がわれていませんの」
「ま、接客は絶望的に無理っぽいしねー」
「ふっ、わらわにかかれば客を相手にするなど造作もないこと。手足のごとく自在に使ってみせますわ」
「うん、絶望的に向いてないね」
「そんなことよりも! 肉まんが足りませんわよ。早くしてくださいまし!」
「フェイラス、うるさい」
「みなさんお静かに! やかましいとのご指摘ですわよ!」
「お・ま・え・がっ。うるさい」
寄り添うフェイラスにぺしぺしと張り手をお見舞いしているのはベリアル(子ども形態)だ。
「見ているぶんには面白いのだがなあ。関係者になったとたんに肩身が狭くなる思いだ」
呆れた声はクオリスだ。
朝、突然現れたフェイラスを追い返そうとしていたベリアルを見かけ、食事に誘って今に至る。
「わたし、アリトとお祭りを回りたかったのに」
「なに、アリトも午前中はどこぞの手伝いで忙しいそうだ。午後からでもよかろう」
「冒険者じゃないのに?」
「あやつはもう一端の職人だ。付き合いというものもあろう。ところでフェイラス、何をぐぬぬとしておるのだ?」
「貴女がお姉様と仲睦まじく、あの男の話をしているからですわ。お姉様との濃密なひと時を邪魔して、わらわになんの用ですの?」
「我が誘わねば確実にベリアルとは一緒にいられなかったと思うが……まあいい」
クオリスは半眼でフェイラスを見据えて告げた。
「我とダルク、そしてセイラの特殊な事情を公言してほしくない。わかるな?」
「わかりませんわ。その三人に共通する秘密でもありまして?」
「……えっ、ホントに?」
肉まんをうずうずして待っているベリアルに視線を投げかけるも答えはなかった。
「いや、でもほら、ダルクとの戦いの最中、そなたはあやつの正体を看破したと聞いているが?」
「正体……? ああ、あの女が神りゅ――」
「ハイお待ちーっ!」
ダルクの声が店内に響く。肉まんが山盛りでやってきて、ドカンと丸テーブルに置かれた。ベリアルが待ってましたとパクつく。
ダルクはフェイラスに顔を寄せる。
「それそれ。それを言ってほしくないわけ」
「貴女とあの神官もどきはわかりますけれど、そちらの女は……ああ、なるほど。不可逆なのですわね」
「いろいろ事情があってな。そなたに斟酌する義理など皆無であろうが、同じ神格を持つよしみでなんとか頼む」
「嫌ですわ」
「はっはっは、こやつめ予想どおりすぎる反応をしよって」
クオリスはわずかに残った肉まんの皿を手元に引き寄せる。ベリアルが釣れて寄ってきた。
「拒むのであればそなたの敬愛するここな少女が、今宵我の手練手管に翻弄されて甘い夢を見ることになるが?」
「なんて卑怯な!」
「クオリスちゃん、そーゆーのやめよ?」
最後の肉まんをベリアルに与え、クオリスは追加注文を終えてのち、
「冗談はさておき」
「めっちゃにらんでるけど?」
「ホント冗談。ごめんな♪」
クオリスはおどけつつ深々と頭を下げる。
「なんだかよくわかりませんけれど、その程度の些事をわらわがいちいち覚えているとでも思いまして?」
「逆に不安なのだが、うっかり言ったなら我がなんとかするしかないな」
話は終わり。だが本題は別にあった。
「ところでフェイラスよ、そなたはちゃっかり街に戻ってきておるわけだが、何が目的だ?」
「異界への道を探すにしても拠点は必要ですわ。わらわは冒険者ですし、仕事で日当を稼いで補給しつつ活動しませんとね」
「ふむ。それだけか?」
「他に何がありまして?」
じっと彼女の赤い瞳を見つめてから、クオリスは肩の力を抜いた。
「いや、ならばよい。念のため釘を刺しておくが、ここは法と秩序を重んじる。下手に暴れればいかにそなたといえど討伐は免れないと知れ」
「そこまで愚かではありませんわ。お姉様を一人残し、わらわが逝くわけにはいきませんもの」
おーっほっほっほ、と高笑いが店内に響く。
やかましいな、と店内の心がひとつになった瞬間だった――。