72◆対魔神戦、開始
魔神フェイラスの強さはその攻撃力にある、と俺たちは彼女の戦闘情報を集めて分析した。
誘いこんだダンジョンなどで、フェイラスは危険度Aの魔物ですらほぼほぼ一撃で倒すほどの凄まじい攻撃力を誇っている。
並の魔物では数を用意しても大量の魔力を消耗させるに至らない。そもそも魔物を大量に用意する術がなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、
「なんですの? あのデカブツは」
三つの顔と六本の腕を持つ、十メートル級の巨大石像。ギルラム洞窟の第五階層ボス、アシュラゴーレム氏である。
危険度はバリバリのAランク。しかし彼の魔物の真骨頂はその防御力にある。
物理攻撃のみならず魔法への耐性をも飛躍的に高める陣地を構築し、そこから一歩も離れず立ちふさがる厄介な魔物。いちおう陣地から誘い出す手段はあるのだけど、もちろん今回その手は使わない。
「ひたすら殴って倒すしかありません」
簡単にアシュラゴーレムの特徴を説明する。
「おーほっほっほぉ! あの程度の魔物、五秒で片を付けて差し上げますわ!」
それは困る。アシュラゴーレムさんがんばって!
さっそく飛びかかるフェイラス。どこから取り出したのか巨大なこん棒を手にしている。釘みたいなのが無数に刺さった、殴られたらとても痛そうな武器だ。
俺たちは『邪魔にならないように』と後で言い訳するとして、見物していればいいのだけど。
「僕は逆の立場が好みだが、倒れぬ敵を無為に殴り続けるのもまた一興。削れぬ敵のHP。上がらぬ我が腕。しかして体力の限界を超えてこそ僕の命は瞬くのだ!」
ラスティンも飛び出していきましたね。
「なんでアタシだけに声かけなかったのよ?」
「俺もそのつもりだったんですけど、なんか聞かれちゃって」
ついてきたんだから仕方ないじゃない。
まあ、折りこみ済みの展開である。
「おーほっほっほっ!」
「あーはっはっはっ!」
フェイラスの邪魔にはなってないようだし、ラスティンの攻撃はほとんど効いてないし、二人とも楽しそうだし。
そうしてこうして小一時間。
「しぶといですわね!」
「……きゅぅ」
ラスティンは体力の限界を超えたらしくダウンしてしまった。踏みつぶされては可哀そうなのでバネッサがこっちまで引っ張ってきた。
対するフェイラスはなおも元気。苛立ってはいるようだけど、苛烈な攻撃は衰えない。
ていうか、本当にすごいな。
アシュラゴーレムのHPがなくなりかけている。ダルクさんでも四時間かかったらしいのに。
「そうはいってもあの女魔神、けっこう弱まってるわよ」
「そうなの?」
「ペース配分ってのをまったく考えてないのよ。だから常に全力。なのに一撃の威力はわずかに弱まってるもの」
たしかに最初に比べて魔物のHPの減り幅は小さくなっていた。
「でも、アレと一対一で戦うなんてアタシはごめんだわ」
バネッサの頬をつぅっと汗が伝う。Sランク冒険者でも最強クラスの彼女にそう言わしめるとはどんだけ……。
「せりゃあ! ですわ!」
釘付きこん棒が憤怒の顔に叩きつけられた。HPは0になり、アシュラゴーレムはしゅわしゅわと消えていく。
「おーほっほっほ、完勝! ですわね」
肩で息をするフェイラスの額には汗もにじんでいた。
「さて、どうするの? 疲れてはいても余力は十分。二度もこの手が使えないとなると、アレが一番弱るのは今をおいて他にはないわね」
続けて連れ回そうにも補給を要求されたら拒めない。今はあくまで仲間の立場なのだから。
「さらに削ろうと思ったらSランク冒険者が相手するしかないわ。けど、何人か犠牲が出るのは覚悟しないとね」
むろん、そんなことはさせない。
「どのみち今日で決めるつもりだったしね」
バネッサが怪訝そうに片眉を跳ね上げる。
俺はギリーカードで通話を開始。二言三言の簡単なやり取りで通話を終える。
「外の準備は整った。今度は俺も体を張るよ」
震えを全力で抑え、声を飛ばす。
「フェイラスさん! お探しの人が見つかりましたよ!」
ぎらん、と赤い瞳に射竦められながらも俺は、
「今から案内します。急いでください!」
最終決戦に向けて自らを鼓舞するように叫んだ――。
疲労でダウンしたラスティンをバネッサに預け、俺はフェイラスに抱えられて洞窟を出た。
「はやい速い迅いーっ!」
息ができない死ぬ! ものすごいスピードは当然ながら、ときおり大きな胸に顔が埋まって苦しいです。
「どちらですの!?」
むぎゅっと胸を押しつけられると声が出せない。仕方なく指で示した。
びゅーんと飛ぶように走って五分ほど。
ずざざーっとフェイラスはいきなり停止した。頭がくわんとなる。
「やっほー♪ 待ってたよー」
ダルクさんの声に、俺はフェイラスの腕から頭を引き抜く。苦しかった。
森の切れ目に広がる平原に、ダルクさんとセイラさんが立っている。
「どういう、ことですの? ベリアルお姉様はどこにいらっしゃるのかしら?」
「もうすぐ来ると思いますから、ちょっと待っててください」
俺はダルクさんの後ろに控えていたセイラさんの隣へ。
「お疲れさまでした。大丈夫ですか?」
「主にここまでの移動で体力を持っていかれました。でも大丈夫。なんとかなります」
俺は異次元ポーチに手を突っこむ。がっちゃんがっちゃんと引っ張り出したのは、『ベリアルの魔鎧』だ。
「それは……まさか!」
愕然とするフェイラスを無視して素早く装備する。事前に練習していたのであっという間だ。
「なぜ、貴方がそれを持っていますの? お姉様の鎧を!」
「借りました」
「嘘おっしゃい!」
「本当ですよ。あとで本人にも確認してください」
フェイラスの赤い瞳が怒りに燃える。ぷるぷる震えたかと思うと、
「それは、下賤な者が身に着けてよいものではありません。脱ぎなさい! 今すぐに!」
釘付きこん棒を振りかぶって襲ってきた。
ガッキーン!
「させないよ」
それを大剣が阻止する。
「邪魔ですわ!」
力任せにダルクさんを弾き飛ばすと、まっすぐ俺に向かってきた。
セイラさんから離れ、すたこらと逃げる。
「お待ちなさい!」
待てと言われて待つバカはいない。けれど【風】属性てんこ盛りで身軽にしてもスピードはあちらが圧倒的に上だった。
追いつかれる俺。
こん棒が直撃した。
「ぐっ……」
でも、耐えられた。直前に鎧を【聖】と【土】で固めまくって防御力を最大にしておいたからだ。アシュラゴーレムとの戦闘をつぶさに観察し、これなら耐えられると確信したとおりだな。
ただこれ、ひとつ欠点がある。
「おのれ猪口才ですわね!」
こん棒の殴打を受け続ける俺。鎧のHPが持ちません!
防御に特化したので軽量化ができず、中身が貧弱な俺だと動けないのだ。
でもご安心。
「離れなさい!」
「てやーっ!」
俺には心強い仲間がいるのだ。
セイラさんが遠方から魔法を撃ち放つ。避けたところをダルクさんが大剣で斬りかかった。
「むむぅ! このパワー、只者ではありませんわね。あら? もしかして貴女、神りゅ――」
「言わせないよー」
猛烈な剣撃がフェイラスを襲う。
俺はすかさず【風】属性てんこ盛り状態にしてその場を離れた。攪乱役に戻る。
「あ、お待ちなさい!」
だから待たないってば。
さて、こんな感じを続けに続け、
「ぜー、はー、ぜー、はー」
フェイラスはいい具体に疲れてきたようだ。
「あー、もう! ムカつきMAXですわ!」
それでもこん棒を地面に叩きつけると、大きな穴ができあがるほど力は残っている。
「アリト君どうするー? アタシもちょっとキツくなってきたよー。これ以上は手加減できないかも」
ダルクさんも大概だなあ。
でもまあ頃合いか。
「フェイラスさん! 来ましたよ!」
俺が満を持して叫ぶと、森の中から巨大な鎌がにゅっと出てきた。ずっとあそこに隠れていたベリアルの登場だ――。