71◆魔神さん、ご一緒に
フェイラスの所在を事前に確認し、街の北側へ向かう。
「ねえ、あんたって本当にあの黒騎士の中身なの?」
俺の後ろから不審者を見るような視線を突き刺してくるのはSランク冒険者のバネッサだ。
「その件はあまり大きな声では言わないでください」
各ギルマスの皆さんには正体を明かしたものの、俺の意図を汲んでくれた彼らは情報を公には発表していなかった。フェイラスの耳に入っても困るので。
今回の作戦ではダルクさんとセイラさんを頼ろうとしたのだけど、
『ごめんねー。あの魔神に会ったらつい闘っちゃうかもしれないのよねー』
『すみません。わたくしは他者を騙す演技ができそうもありませんので』
お二人とも珍しく渋っていたので無理強いはしたくなかった。
そこで白羽の矢がたったのはバネッサとラスティン兄妹だ。この街ではダルクさんと双璧をなす最強のSランク冒険者パーティーである。
彼らを引き連れ、フェイラスに接触して冒険に誘おうとの魂胆だ。そうして長時間の戦闘をしてもらい、フェイラスの魔力をガシガシ削ろうと考えている。
賑やかな通りに入った。
しばらく待っていると、ウサ耳をぴんと立てたフェイラスが姿を現す。道の真ん中で立ち止まり、何かを考えているような見ているような様子だけどこれはチャンス。
自然な風を装って声をかけるべく近寄っていくその途中。
俺たちの間を、よたよたとお婆さんが横切ろうとしていた。背には大きな荷物を負い、足腰がふらついている。
明らかに能力を超えた荷物の大きさだ。
作戦行動中ではあるけど放ってはおけない。
「あの、お婆さん――」
「ちょっとそこの老婆」
「「ん?」」
俺とほぼ同時に声をかけたのは、なんとフェイラスではないか。彼女は俺を一瞥したもののすぐさまお婆さんに視線を映し、ふんぞり返って言い放つ。
「分不相応な大荷物を背負うなんて無謀にもほどがありますわ。まったく何を考えているのかしら。脆弱な自身を過大に評価しているのではなくて?」
カチンとくる物言いに続けて、お婆さんから強引に荷物を奪った。
背後からバネッサが飛び出そうとしたのを俺は手で制する。
だって彼女は――。
「どこへ向かっていますの? わらわが特別に運んで差し上げましょう」
困ったお婆さんに手を貸すつもりだったのだ。
「これはまあ、ご親切に。でもすぐそこですから大丈夫ですよ」
お婆さんはぺこりとお辞儀して、通り向こうの商店を指差す。
「わずかな距離でも重労働には違いありませんわ。弱者が遠慮してどうするのです?」
「はあ、まあ、いつものことですから……」
「ふだんからかような重荷を背負わされているのですの? まったく嘆かわしい。では貴方、これを持ってついてらっしゃいな」
「は? 俺?」
フェイラスは大荷物を片手で軽々と俺に渡した。めちゃくちゃ重い!
「自分で運ぶって言ったよね?」
「従者がいるのならそれを使うのになんの問題が?」
俺は従者ですかそうですか。まあ、初めから俺もそのつもりだったしね。
でも重たいので腰の異次元ポーチに大荷物をしまう。びっくりするお婆さんに大丈夫ですよと笑みを送った。
「珍妙なアイテムを持っていますのね」
俺がお婆さんの手を引いて歩くその横で、フェイラスはふむと顎に手を添えぶつぶつ言う。
「なるほど。ダンジョンの浜辺で無手の輩が多かったのは、こういったアイテムを所持していたからですわね」
これ、一般には普及してないんだけどね。物流に革命が起こってしまう。
お婆さんを目的の場所まで案内すると、ぺこぺことこちらが畏まるほど頭を下げられた。
「おーっほっほっほ、わらわへの感謝を日々忘れぬことですわ!」
最後までブレなく偉そうだなこのひと。
「それにしましても、この街の者どもは薄情ですわね」
「そうですか?」
「脆弱な老婆が困っているのに、誰も手を差し伸べようとしませんでしたもの」
たぶんお婆さんの行く先が近くだと知っている人が多かったんじゃないかな?
「その点、貴方は見込みがありますわ。老婆に声をかけましたものね。特別に褒めて差し上げましょう。よくやりましたわ!」
上から目線で高笑いまでセットになったらまったく嬉しくない。
ともあれ友好的な接触はできたのだ。作戦に移ろうと思う。
「貴女は冒険者のフェイラスさんですよね?」
「いかにも、ですわ。ベリアルお姉様の情報が何かありまして?」
「いえ、そっちじゃな――ってどこ行くんですか!?」
くるっと向きを変えて歩き出した彼女の前に回りこむ。
「わらわは些事に感けている暇がありませんの。何用かは聞くまでもありませんわね」
「人探しをしてるのは知ってます。でも先立つモノは必要ですよね?」
「あらあら、わらわの美しさに上納したいと言うのですわね?」
「いえ違います」
「ならなんなのですの!」
怒らせてしまった。
「俺たちの依頼を手伝ってほしいんです。けっこうな稼ぎになると思いますよ?」
「手伝いぃ?」
俺を上から下までじっくりと眺め、鼻で笑った!?
「貴方、魔物とまともに戦えるようには見えませんことよ?」
「俺はただの荷物持ちです。一緒に戦うのはそちらの方々でして」
放っておかれてお怒りなのか、バネッサはこめかみ辺りをぴくぴくさせていた。
一方のラスティンは、放置はご褒美だとばかりにうっとりしている。
「美しいお嬢さん、ぜひとも力を貸してもらいたい」
「…………頼むわ」
バネッサは本気で嫌そうだなあ。
「お姉様の手掛かりがつかめぬ現状、回り道は気が進みませんわね」
「そこをなんとか! 貴女のすごい力が必要なんです!」
「ものの頼み方を知っていますわね! いいですわ、引き受けましょう!」
この魔神ある意味チョロイな!
てなわけで、俺たちは目的の場所――ギルラム洞窟へ彼女を連れていくことに成功したのだった。あー、疲れる。