69◆対魔神の秘策とは?
俺は『ベリアルの魔鎧』を装備して、所有者である少女を伴い、街の中央へやってきた。
大きな議場の中、大会議室へと入る。
各ギルドのギルマスや街の有力者が集まっていた。
「この子が魔神のベリアルです」
声を変えるマネはせず、さらっと紹介すると、皆さん一様にあんぐりした。
最初に我に返ったのは冒険者ギルドのギルマス、リオネルさんだ。
「すまない黒騎士君。唐突に何を言っているのかな?」
「街に現れた魔神フェイラスが狙っているのはこの子です。で、なんで魔神を俺が連れてきたかと言いますと、長くなるんですがいいですか?」
「それはまあ……聞かざるを得ないだろうね」
「では――」
俺はおもむろに兜を脱ぐ。
またもあんぐりとなる皆さん。特に顔見知りのリオネルさんとオレマンさんは、二人には珍しく変な顔をしていた。
「俺をご存知の方もいらっしゃいますね。街で小さなアイテム強化ショップを経営しているアリトって言います」
リオネルさんが割って入る。
「待ってくれアリト君。その可能性をまったく考えていなかったわけではないが、今言うべきことかい?」
「待つのは君のほうだ、リオネル。彼がそう判断したのだ。聞こうじゃないか」
オレマンさんはちょっと冷静になったらしい。さすがは年長者。切り替えが早い。
「ありがとうございます。とにかく、お話しますね」
俺はまず、古砦で起こった魔鎧の暴走事件から話した。ダルクさんとセイラさんと協力し、魔鎧を無力化したのち、俺が魔鎧をちょろまかして以降、『黒い騎士』になったことも。
「事件はそれで解決したと俺も高を括っていたんですけど――」
文字通り独り歩きした魔鎧を追って、ベリアルが異界からやってきた。最初の黒い霧事件だ。
「ただベリアルは人に危害を与えるような子じゃありません。話し合いの末、異界に戻れなくなった彼女を俺が保護したんです」
そして彼女がこの世界の魔素を吸収できず、『冥府の大鎌』で魔物から魔力を吸収して人並みの生活が可能になっている事実も包み隠さず話した。
「なるほど。噂の『大鎌の美女』とはその少女のことだったか」とリオネルさん。
「彼女はこの街での生活が気に入っています。ご近所さんともトラブルなく仲良くしていますし、ふだんはこんな感じで力も弱くて、暴れるような性格でもありません。俺の仕事をよく手伝ってくれてもいます」
俺は深々と頭を下げた。
「だからお願いします。彼女をこの街に住まわせてください。フェイラスは俺たちがなんとかしますから」
ベリアルも遅れて頭を下げる。
最初にして最大の関門。
ここを潜り抜ければフェイラスとの対決にも勝機は見いだせる。
でもベリアルを『街』が拒絶すれば、その時点で作戦は失敗だ。俺は荷物をまとめて街から離れる覚悟だった。リィルが学校を辞めてついてくると言ったのが申し訳ないけれど。
重い沈黙がのしかかる。
「アリト君」
やがてリオネルさんが真面目な口調で言った。
俺とベリアルは顔を上げる。皆の視線が俺たちに痛いほど集まっていた。
「だいたいの事情は理解した。だが大きな謎がまだ、君の口から説明されていない」
「大きな謎、ですか?」
応じたのはオレマンさんだ。
「君は明言こそしていなかったが、黒い騎士から『自動回復薬』など通常では作り得ないアイテムを数々仕入れていたね。その秘密のことだよ」
なんだ、そんなことか。
「俺が作ってました」
しーんと静まり返ってしまった。
「実は俺、【混沌】を含めて全属性を持ってるんです」
「「「「は?」」」」
「あと限定スキルの【解析】と【強化図鑑】ってのも所持してます」
「「「「はあ!?」」」」
なんか皆さん目が血走ってますけど?
うぅ……今まで秘密にしてたから怒ってるのかな? でもここまで話してだんまりってわけにもいかない。ええい、ままよ!
「【アイテム強化】のスキルもSランクでして、俺が発表した新アイテムはぜんぶ俺が作ってました」
再びの自作宣言に、またも静寂が押し寄せてきた。
しばらくして、恰幅のいいおじさんのひと言からあちこちから声が上がる。
「これは……また面倒なことになったな」
「ええ、まったくですね」
「しかし結論は明らかでしょう」
みな険しい表情だ。正直に話して誠意を伝える作戦は失敗だっただろうか。俺の危惧はしかし――。
「魔神を保護しつつ魔神を追い返す、か」
「想定外の事態ですわ」
「しかし最悪は魔神二体を相手にするかもしれなかったわけですし」
「目標の魔神が狙う相手をこちらが把握できているのは大きいな」
「そう考えるとむしろ楽になったというべきか」
あれ? 思ってたのと違う反応だぞ。
「みな、だいたい同じ意見のようだね」
リオネルさんが表情を緩ませる。
「状況は明らかに好転したね。『街を滅ぼさんと画策する魔神への対処』を念頭に置けば、もう一方の魔神であるベリアルがこちら側に属している現状、極めて優位に事を運べるだろう」
皆さん、大きくうなずいていらっしゃる?
「それってつまり、ベリアルを受け入れてくれるってことですか?」
最初に返事をしたのはオレマンさん。
「もちろんだとも。というか、あれほど達者な交渉術を仕掛けていながら不安があったのかね?」
「いや、俺は単に誠意を伝えたいと思って……」
「無自覚だったとは恐れ入るな。結果的に我らは『ベリアルを受け入れ、協力体制を敷く』以外の選択を取れなくなったのだがね」
「そうなんですか?」
今度はリオネルさんが呆れたように言う。
「僕らがその少女を拒絶していたら、君は彼女とともに街を出ていくつもりだったのだろう?」
「まあ、そうですね。あ、でもべつにフェイラスを押しつけたままって気はありませんでしたよ? いちおう策はありますから」
「ふむ。その策はあとで聞くにして、仮にフェイラスの脅威がなくなったとしても、我らは二重の意味で痛手を負うことになる」
どういうことだろう?
「まず君という稀有な存在を失うことだ。君が発表した数々の画期的な新アイテムは、もはや街にとって欠かすことのできないものだ。先日見せてくれた通話機能付きのギリーカードを含め、今後あるはずだったモノまで失うのは痛すぎる」
自覚がないわけじゃないけど、そこまで評価してもらっていたのか。面映ゆいな。
「まあ、そういう打算があるにしても」
今度はオレマンさんが言葉を継いだ。
「『この街で暮らしたい』。そう切望する者の声を聞き届けないとあっては、街を預かる者として不適格との烙印を押されたも同然だ。これが痛手でなくてなんだという話だな」
この場にいる皆が皆、大きく、そして力強くうなずいた。
「しかも対象が可憐な少女となればなおさらだ」
「私、見たことあるわ。大きな肉まんをぱくんって」
「可愛いですよねえ」
「絶対にわしが守る!」
……これ、俺だけの話だったらうまくいってたのかな?
とにもかくにも、ベリアルは受け入れてもらえた。
あとはフェイラスをどうにかするだけだ。
「ではアリト君、『策』を聞かせてもらおうか」
策と呼べるほど大それたものでもない。俺がやりたいことをひと言で表すなら――。
「追いかけっこです」
んん? と皆さん首を傾げる。
「追いかけっこをして、フェイラスを弱体化させます」
んんん? とさらに皆さん、首を大きく傾けた――。





