67◆魔神対策会議
応接室を出て、リオネルさんが見送ってくれると言うので一緒に受付のホールまでやってきた。
「で、ですから、登録情報は正確にお願いします」
受付のお姉さんの困惑した声が耳に入った。
「ん? 揉めているようだね。何かあったのかな?」
リオネルさんの言葉に続けて、
「わらわが嘘を申告しているとでも?」
居丈高な声に目を向けてみれば、ピンクの髪がきれいな、クオリスさん並みにえっちな格好をした美人さんが受付のお姉さんと口論していたわけだけど。
「そもそも年齢なんていちいち正確に覚えていませんわ」
「だからって『だいたい千四百年』と言われましても……」
その頭から生えているウサギみたいな耳がぴこぴこ動いているのを見て、リオネルさんの肩をぐっとつかんだ。
「いました」
口調が黒騎士モードから外れていたのはもうどうにもならない。
それよりも――。
「あの女性は、魔神フェイラスです」
ベリアルが語った特徴のとおり。
彼女が街を覆う黒い霧の元凶であり、何かしらの目的で異界からやってきた魔神に違いない。
俺は【解析】スキルで強さを測ろうとしたものの、どういうわけかステータスがまったく見えなかった。
「もう結構ですわ! だったら二十歳と。それくらいには見えますでしょう?」
あれ? そもそもあの魔神さん、冒険者登録をしようとしてるのか。
まったく意味がわからないが、俺の姿を見られるのはマズい。この鎧はベリアルの物。彼女は当然、知っているはずだ。
俺は物陰に隠れる。
リオネルさんが不審がるのは仕方ない。けど俺の謎行動には言及せず、
「どうしたものかね?」
「目的はわからない。だが冒険者にしてしまえばこちらに有利に働くかもしれない」
理由を説明する前に、リオネルさんはフェイラスへ近寄っていく。
「何かお困りかな?」
ナンパな感じで声をかけた。
「ギ、、ギルドマスター!?」
受付のお姉さんのつぶやきにフェイラスがにやりと笑う。
「貴方が責任者ですわね。ならばとっととわらわを冒険者にしなさいな」
「ふむ。書類上は不備がないようだね。身分証は持っているかな?」
「ありませんわ」
フェイラスはふんぞり返って答える。
「この街は寛容だ。だから様々な人が訪れる。中には着の身着のままやってきて、手っ取り早く金を稼ぐために冒険者になろうとする者も少なくない。だが一方で、この街は法と秩序の街でもある」
「つまり、何が言いたいのですの?」
フェイラスは苛立ちを隠さず問うも、リオネルさんはにこやかに答えた。
「冒険者の登録は受理しよう。しかしこの街の法は守ってもらうよ。ま、盗みをしない。暴力沙汰を起こさない。差し当たってはその辺りを順守してもらえれば問題はないだろうがね」
「騒ぎを起こせば目立ちますものね。いいでしょう。お約束しますわ」
リオネルさんはうなずくと、ギルマス自らが受理の判を押した。
「おーほっほっほっ! これでわらわがこの街で活動するのになんら支障はなくなりましたわ」
それ言っちゃっていいの? という発言を残し、冒険者登録カードを受け取ったフェイラスは高笑いしつつ建物を出た。
すかさずリオネルさんが警備の男を呼びつける。
「三人で監視してくれ」
男たちが飛び出すのを待たず、今度は受付のお姉さんに告げる。
「冒険者に依頼を。今の女の監視役としてね。Aランク以上かつ隠密行動に長けた者を三名以上、早急にだ」
より具体的な条件をすらすらと紙に書き記して指示を出した。
さすがに決断が早い。指示も的確だった。
「これでいいかな?」
リオネルさんが戻ってきたので俺は物陰から姿を現す。
「ああ。奴の目的は知れないが、わざわざ冒険者になろうとするのなら軽く釘を刺す程度でも抑止力にはなる」
ベリアルの話だと好戦的な魔神らしいけど、人を襲いたいならすぐにでも行動に移していたはず。街を動き回って何かがしたいに違いなかった。
「さて、黒い騎士君。ああ、ベリルという名だったか。さっそく君にも働いてもらうよ」
「だが俺は――」
「うん、事情はなんとなく察したよ。おそらく彼女が君と出会えば即、戦闘になるのだろうね」
「たぶんな」
「緊急でギルマスの臨時会を開く。君も来てほしい」
「わかった」
いったん俺は別室で待機した。その間にベリアルに連絡してフェイラスの情報を仕入れる。
一時間ほどして、リオネルさんと箱馬車に乗った――。
大きな会議室には長机が四角に配置され、各ギルドマスターや街の有力者が並んでいた。
そこに俺もいる。しかもリオネルさんの隣だ。
すごく場違いな感じがしなくもないのだけど、リオネルさんと逆側の隣にはダルクさんとセイラさんが座っていた。有力なSランク冒険者とそのパートナーの意見を聞くべく呼ばれたそうだ。すごい安心感がある。
リオネルさんが事情をつらつらと説明した。
居並ぶ面々は一様に驚きつつも意見はさまざまだった。
「魔神などと……さすがに荒唐無稽すぎるのではないか?」とでっぷりしたおじさん。
「仮に真実だとすればこの街始まって以来の危機ではありませんか?」と上品なおばさん。
「そもそも『魔神の脅威』が測れませんからね」とひょろりとしたおじさん。
「ゆえにこそ慎重であるべきだ、と私は思う」とはアイテム商店ギルドのギルマス、オレマンさんだ。
リオネルさんが言う。
「彼女を監視している者の報告によれば、【鑑定】スキルでのステータス調査が不発に終わった。どうやっても『見えない』らしい」
「ふぅむ。神格を得た魔物などにみられる特徴だな」
「神に近しい存在であるのは間違いないようね」
「どれほどの強さか測れないのでは対応も難しいですね……」
どうやら皆さん、『魔神』であるとは信じてくれたようだ。その対応が必要であることも。
リオネルさんは頭をぽりぽりかいて零す。
「あの魔神は相当な強さらしいよ。Sランク冒険者を総動員すれば対処できるかもしれないけど、貴重な彼らのうち何人かに犠牲が出るだろうね」
横目を流した先にいたダルクさんが応じる。
「アタシらは冒険者になった瞬間から命を張ってるからいいけどさ」
「そうですね。街の危機となれば全力は尽くしたいと思います」
セイラさんも真摯に言う。
「だが街中で戦われては被害も甚大になろう」
「お祭りどころではないわね」
「できれば話し合いに持ちこみたいところですね」
平和的な解決がいいに決まっている。だけどそもそもの問題がクリアされていなかった。
「結局、彼女は何をしにこの街へ来たんだろう?」
リオネルさんの疑問に答えられる人がいるはずもない。
「今のところは街をうろついているだけで、目的を知り得る行動は取っていないね」
そこで、とリオネルさんはポケットからギリーカードを取り出した。俺がさっき渡したものだ。
「僕の隣にいる『黒い騎士』でお馴染みのベリル君から、貴重なアイテムを提供してもらった。これを使って彼女の目的を探ろうと思う」
「ただのギリーカードではないかね?」
オレマンさんが首を傾げて言った。他の人たちも一様に怪訝そうな顔をする。ただ二人、ダルクさんとセイラさんはぎょっとして俺を見た。
リオネルさんがひらひらとカードを揺らして説明する。
「元はたしかにただのギリーカードだ。けれどアイテム強化で進化して、不思議な機能が付与されているのさ」
実際にやってみせよう、と四角に配置された長机をぐるりと回って反対側へ移動した。そこで通話機能を立ち上げる。
俺の持つギリーカードがぶるぶる震えた。応答操作する。
「やあ、つながったかな?」
ボリュームを最大まで上げると、彼の声が俺の手元からも聞こえた。
あんぐりと口を広げる皆々様。
「わかったかな? 遠く離れた相手と会話できるのさ。文字を送り合ったりもできる」
「すばらしい!」
立ち上がって叫んだのはオレマンさんだ。
「遠方とリアルタイムで情報のやり取りができるなど革新的にもほどがある! いったいどんな強化をすればギリーカードにそんな機能が付くのかね!?」
「さて? その辺りどうなんだろうね?」
注目が俺に集まってしまう。
「詳細は語れない。俺にしかできない、とだけ答えておこう」
「むむぅ……。しかし『自動回復薬』も君が卸しているようだし、そうなのだろうね。まったく驚きだよ。君はいったい何者なのかね?」
会議室がざわつく。俺を見る目が明らかに変わった。
「魔神の情報をいち早く入手したことといい、もしかして君も……?」
恰幅のいいおじさんが疑うのも無理はないか。
さてどうしよう? と困っていたら、
「べつにどうでもいいじゃん?」
ダルクさんがあっけらかんと言い放つと、隣にいたセイラさんも微笑んで言った。
「彼がこの街に貢献した数々の事実は揺るぎません。逆に迷惑をかけたことは皆無です。それ以上に何を求めるのでしょうか?」
リオネルさんも戻ってきて間に入ってくれた。
「詮索しても意味はないさ。彼が何者であろうと『こちら側』にいるのだからむしろ幸運だと考えるべきでは?」
「それは、そうかもしれんが……」
納得するには至らない。他の人たちも似たような表情をしていた。
得体の知れない男を簡単に信用してくれないよな。
でも気の利いた言葉が思いつかない。
だから――。
「俺は、この街が好きだ。祭りも楽しみにしている。協力は惜しまないつもりだ」
素直な言葉を口にした。
「……この街を好いてくれる者を、いつまでも疑ってはいられないか」
「私たちを嵌めるつもりなら、こんな手の込んだことはしないものね」
「今は結束が必要ですからな」
リオネルさんが片目を閉じて俺に笑いかける。
ひとまずは俺を認めてくれたようでホッとした。
「ではさっそく、新ギリカを使っていかに魔神の目的を探るかについて話そう」
この会議に臨む前、リオネルさんと話し合って考えた策。その全容が語られた――。





