63◆激闘ビーチバレー
この海水浴場の利点のひとつに、『毎日が快晴』が挙げられる。
実際に太陽が出ているわけじゃないけど、ダンジョン内だから雨も降らない。気温も一定で海水温も南国のそれなのでとても快適だ。
さらに人も少ない。というか、いない。
バカ騒ぎしても誰にも咎められないって素敵。
などと思っていたら、
「ホントに海水浴なんてやってたのね」
バネッサが呆れた声で現れた。お兄さんのラスティンさんも一緒だ。
「ふはははっ、我が疾走を阻むものなし!」
笑いながら海に突っこんでいったぞ? 重装備のままで。さっそく溺れかけているけど本人はとても嬉しそうだ。
そんな兄をバネッサは無視して周りをきょろきょろ。
「あいつはいないのね……」
「よかったらちょっと遊んでいく?」
「あんたとはあまり接点がないはずだけど……まあいいわ」
そういえば俺、黒騎士モード以外では武器の修理に一度関わったきりだな。ちょっと馴れ馴れしかったかも。
「って! なんでここで脱ぐの!?」
「金属部分を外すだけよ。あたしはあの豚と違って重りつけて海に入る趣味はないわ。ま、水に浸かるのも遠慮したいけど」
水着とは言えないまでもかなりの軽装になったバネッサ。そんな彼女を見つけたのか、
「おろ? バネッサちゃん、ちーっす♪」
「お久しぶりですね」
ダルクさんとセイラさんがやってきた。
「……その格好、恥ずかしくないの?」
「言わないでください!」
「アタシはべつに? セイラちゃん気にし過ぎだってば」
「今まさに指摘されたじゃないですか!」
「ねーねーバネッサちゃん、あっちまで泳がない?」
無視されてがびーんとなるセイラさんを横目に、バネッサは肩を竦める。
「あたしは水着じゃないしね。浜辺で何かすることないの?」
水には入りたくなさそうな彼女に、俺が提案する。
「ビーチバレーでもしませんか?」
輪になってみんなでボールをぽーんぽーんと和やかに弾くのだ。
へえ、となぜだかバネッサは薄ら笑いを浮かべた。
「いいわね。せっかくだからチーム戦にしましょうよ」
「えっ」
「いいじゃん。オモシロそ♪」
「えっ?」
「言っとくけど本気出すからね」
「モチ♪」
「えっ、えっ?」
にこやかなダルクさんとは対照的に、バネッサは鋭い視線をダルクさんに向けるのだった。
で――。
そこらから長い棒を二本拾ってきて、漁でもできるかなと持ってきた網を使ってネットにした。
三対三のチーム戦が始まるわけだが。
「なんで俺まで!?」
しかもバネッサとラスティンのチームである。
ダルクさんがにししと笑う。
「バランスは悪くないと思うよ? こっちは一人酔っ払いだからねー」
向こうは日ごろお世話になっているお三方。ダルクさんとセイラさん、そしてふらふらのクオリスさんだ。
「いやしかし……」
俺は丸腰だとFランク。とてもこのメンバーには釣り合わない。
「ま、お遊びなんだし、べつにいいじゃん」
「言ってなさい。あたしの強烈なアタックをお見舞いしてやるわ」
なんで一人だけ熱くなってるのさ。
「ラスティンさんも何か言ってやってくださいよ」
「顔面で、受けたい!」
勝手にしてくれ。みんなちょっと引いてるぞ。
俺の訴えは届かず、試合が始まる。
「サービス、ダルク」
審判はベリアル。Sランク冒険者の殺人スパイクを目で追えるのはたぶん彼女だけなので。言ってて足の震えが止まらない。
ダルクさんがボールを高く放り投げた。自らもジャンプして、落ちてくるボールに手のひらを叩きこむ。
ビュオン――バスンッ!
どうやら俺のすぐ横。足の外側五センチ付近に着弾した模様。
「何やってんのよ!」
「いや無理ですよ!」
見えなかったものをどうやって拾えと?
「へっへー、どんどん行くよー」
ダルクさんが悪戯っぽく笑う。嫌な予感がする。俺は念のため腰に付けていた異次元ポーチに手を突っこんだ。
強烈なサーブが迫りくる。さっきよりは遅くてボールは視認できたものの、俺の反応速度では避けられない。そう、俺を狙ってのものだった。
異次元ポーチから引っこ抜いたのは『疾風の鍋ぶた』。特殊効果『飛行+』で真横に飛んだ。
体にかすることなくボールは後方へ。ラインを越えて砂を弾いた。
「アウト」
審判がコールする。
「これくらいはハンデってことでご容赦を」
「いいよいいよー。面白くなってきたし」
相手チームの了承を得た俺は、異次元ポーチからさらなるアイテムを取り出す。『エスケープ・ボール』に魔力補給用の『MP回復薬』だ。
「……あんた、節操ないわね」
誰がなんと言おうと俺は俺の命を守るため、全力を尽くすのみ。
今度はバネッサのサーブ。
狙いを予測したセイラさんが華麗にレシーブで拾う。高く上がったボールをダルクさんがツーアタック。こちらも予測していたラスティンが重装備のまま嬉々として顔面レシーブで直接返した。
「てか返すなこの豚!」
「ぶひぃ!」
が、落下地点にいたクオリスさんは、
「ぐぅ……」
立ったまま寝ていた。
けっきょくクオリスさんはパラソルの下で眠りにつき、ラスティンは顔面に殺人級スパイクを受け続けてダウン。セイラさんは夕飯の準備で離脱し、審判のベリアルまでリィルたちと遊びに行ってしまった。
もうわやくちゃである。
それでも試合の体は保たれていた。ほぼほぼダルクさんとバネッサの一騎打ちなわけだが、俺もいまだに生き残っている。
「俺も夕飯の支度を手伝いに行きたいのですが!」
「そら行ったわよ!」
訴えも虚しく、俺は強烈なアタックの猛威に晒された。
当たったら痛そう。
毎度のことだがすぐさま戦線を離脱しなければ。慌てて異次元ポーチに手を突っこみ、取りい出したるは――。
チリン♪
「あ、……」
間違えて『郷愁の鈴』を使っちゃった。
俺はヒューンと自宅の部屋に飛ばされましたとさ――。