61◆バカンスの始まり
やってきました一週間休み。
俺もよい機会だからと店を閉め、三泊四日の海水浴旅行と相成った。
テントやバーベキューセットなど必要な物品はすべて異次元ポーチに押しこんで、俺たちは意気揚々とギルラム洞窟へと足を踏み入れるべく、お隣りの工房にある転移門に集結したわけだ。
「みんなでお出かけっていいよねー」とダルクさん。
「水着……あれを、あんな破廉恥な格好を、本当に……?」とセイラさん。
「酒は持ったのか? ないだろう? だから我が用意した」とクオリスさんはバカでかい酒樽をぺちぺち叩いて自慢げに――ってえ!
「どうして皆さんが?」
「魔物対策はするにしても、もしもってことがあるじゃん?」
「体調不良になったときはわたくしにお任せください」
「よもや仲間外れにする気ではなかろうな? 泣くぞ?」
泣かれてはたまらない。そもそも忙しそうな皆さんの手を煩わせたくなかったのだけど、各自が荷物まで用意して行く気満々ならむしろ大歓迎。
「それじゃあお願いします。俺一人だと不安ではありましたから」
にっこぉとお三方は満面の笑み。
というわけで、いざギルラム洞窟へ!
第五層の海岸に着くやいなや、ダルクさんとベリアルの本気を見た。
下見で予定していた砂浜にいた魔物を瞬殺しまくったのだ。
俺は急いで『立入禁忌ロープ』を設置する。魔物の再出現ポイントを避け、可能な限り広い範囲を確保した。事前調査の賜物だ。
続いて取り出したのは『自動回遊浮標』。
海中の魔物対策で用意したものだ。
ブイには細くて頑丈な長い紐が付いている。その先には、虎柄の蛇のような物体。こいつは蛇のようにくねくねしながら水中を上下に動き回る。そしてブイは海上を左右に行ったり来たりする。
これで虎柄物体があたかも生き物――より具体的には魔物の天敵である『トラウミヘビ』のように動き回り、魔物を寄せ付けないという寸法だ。
まず浜辺に杭を打ちつけた。そこにブイの基準点となる装置を括りつける。
続けて『自動回遊浮標』をひとつずつ海に浮かべた。ブイはぷかぷか浮きながらも沖へと進んでいく。計十個のブイはそれぞれが同心円状に分かれて進んでいった。
沖合の二百メートルほど基準点の装置を操作すると、ブイは左右に動きを変えた。互いに円周上を行き来するように動き出す。
これで二百メートルの半円内の魔物が外側に追いやられ、中に入ってこないようになったはず。
「やっほー、アリトくん。そっちは終わったー?」
ダルクさんの声に振り向けば。
「……ごくり」
水着に着替えたみんなの姿に俺は圧倒された。
ダルクさんは以前と同じ白いビキニ。褐色の肌によく映えて、煽情的というよりむしろ健康的な印象がある。
「お兄ちゃん、どうかな?」
リィルは学校指定の紺色ワンピース。引き締まった体のラインを強調している。ただ肩ひもの部分がなんとも頼りないので兄としては不安だ。
「は、恥ずかしいです……。で、でもでも、この日のためにお小遣いを奮発しましたっ」
カタリナちゃんは花柄のワンピース。腰回りにはフリルがついていて可愛らしい。しかし同年代ではなかなかのボリューム(どことは言わない)で目のやり場に困った。
「ふ、ふふふ、ここここういうのはいい勢いですわわわ」
エリカは三人の中で唯一のビキニ。しかも赤。最年少の十二歳ということもあり、起伏は乏しいものの際どさではダルクさんに迫る。さすがに度胸があるなあ。
「みんな似合ってるよ」
気の利いた言葉が出てこない自分が恨めしい。が、三人は照れたような笑みで満更でもない様子。ほっとした。
続いてテントからてとてと現れたのはベリアルだ。さっき魔物から魔力を吸い取ったからか、ちょっとだけ成長している感じがするけど、やっぱりまだお子様な体型。
それを包むのは、旧型の学校指定水着とのこと。
「きつくない?」
「うん、平気」
この水着は伸縮性に優れて大人体型になっても大丈夫とクオリスさんに聞き、手に入れたものだ。厚みが従来の水着よりあって、なんとなく安心感がある。なのに煽情的なのはなぜだろう?
「ほらほらセイラちゃん、いつまでも隠れてないで出ておいでよ」
「ちょ、待ってください。やっぱりこれ、どう考えても露出が多すぎますよ!」
ダルクさんに引っ張られ、今度はセイラさんが姿を現す。
またも俺は生唾を飲みこんだ。
青系ので波っぽい柄のある爽やかなビキニで、両手では隠しきれない胸がこぼれ落ちそう。下半身はなるほど彼女らしいパレオで隠されていたものの、スリットから覗く白い脚に思わず見惚れてしまう。
「ぅぅぅ……恥ずかしいとか超えていますよ、これぇ……」
うん、俺もお腹いっぱいです。
さて『自動浮遊浮標』はちゃんと動いているかな?
「おいこらアリト。我を無視して遠く海原を見やるとは何事か」
いやだって、ねえ?
ただでさえ美少女の艶めかしい姿がこれでもかと押し寄せているのに、これ以上は危険ですよ。しかも最後に残ったのがこの人ならなおのこと。
でも、もしかしたらクオリスさんはネタ的に全身スーツ的な水着をチョイスした可能性がなくはない。
覚悟を決めて振り向けば。
「ほらね! 貴女はいつだってそうだよ!」
両肩から紐みたいな細い布地が胸の先端を通って股間でつながるけったいな水着を着てらっしゃる。なんちゅうものを……。てかどこで売ってるのさ。
「うむ、よいぞ。そなたの視線が痛いほど我が身に注がれておる。ぞくぞくするな」
「さすがのアタシもちょっと引くわ」
「ぬるいな。ビーチとはいわば戦場。装いで妥協しては勝利など望むべくもない」
この人いったい何と戦ってるんだ?
まあ、そんなこんなで。
「さあ! あっそぼーっ!」
ダルクさんの掛け声とともに、海水浴キャンプが始まった――。