60◆海の安全調査
黒騎士モードで単身、ギルラム洞窟へ入った。
転移門で第五層までは安全確実。そこから海岸までも危なげなかった。
まずは検証とばかりに、付近に出現していた巨大カニ型魔物『ヒトマネキ』を一掃してから『立入禁忌ロープ』をあちこちに設置、起動する。
数メートルに接近しなければほとんど臭いはしなかった。
しばらくぼーっとしていたらヒトマネキがやってきた。ロープに近寄り、びくっとしたかと思うとすたこら逃げて行った。
この辺りはアレが一番強い魔物だから、浜辺は大丈夫だな。飛び越えるタイプの魔物もいないし安心だろう。
さて問題は、やはり海の中だ。
俺は異次元ポーチからにゅにゅっと小舟を引っ張り出した。
それに乗って沖合へ。
波は穏やかで、水も澄んでよく見える。サンゴが密生し、色とりどりの熱帯魚が泳いでいた。
遠浅の海を百メートルばかり進んだところで、急に海中が暗くなった。この辺りから深くなるようだ。
俺は海の底が見える範囲をうろうろする。
「浅いところに魔物は出ないのかな?」
いちおう事前に調べてはきた。
好んで海に入る冒険者はいないけど、端から端まで探索はしていた。だから未確認の魔物は考えなくてよく、確認された魔物でもっとも危険なものといえば――。
「ん? なんだあれ?」
海面に三角の板状物体がすーっと移動している。蛇行しながらこちらへ近寄ってきて、
ザパーッ。
「どわっ!?」
巨大ザメが海中から飛び上がった。
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名称:四つ目シャーク
属性:水
HP:1811/1900(2100)
MP:110/110(150)
体力:A-
筋力:A
知力:C-
魔力:C
俊敏:A
精神:B+
【スキル】
噛みつき:A
無呼吸行動:C
同族召集:B
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体長は五メートルほど。顔の両側に二つずつの目がある、その名も『四つ目シャーク』。危険度はAに迫る。さっそく付近で一番危ないのが襲ってきた。
「食らえ、『火炎一閃』!」
俺は手にした『鋼の剣』を強化して『煉獄の鋼剣』に進化させ、特殊効果を撃ち放った。
炎の帯が巨大ザメに直撃する。
バシャーンと海に落ちたサメはしかし、
「また出た!」
すぐさま襲いかかってきた。やっぱりHPがこれだけ高いと一撃では倒せない。
俺は剣を海水に突っこむと、再び『火炎一閃』を発動する。
海水を蒸発させた炎の勢いが反作用を生み、小舟がすごい勢いで浜辺へ突き進む。
「追ってくるぅ!」
四つ目シャークは執拗に追いすがる。浅瀬でもお構いなしだな。
でもまあ、こっちのがちょっとだけ速いので安心していたところ。
「横からも!?」
なんと二体目が現れたではないか。その後ろにもヒレが二つ、三つ……えぇ……。
こいつら群れで行動してるの? そういやスキルに【同族召集】ってのがあったな。
一体でも大変なのに、この数が浜辺近くまで現れるなら海水浴なんて無理ですってば。
俺は方向を斜めに変えて逃げる。
でも最初の一体の接近を許してしまった。
「でえいっ!」
三度目の『火炎一閃』がクリティカルヒットして、どうにか撃破できた。ぽわわんと虹色に光ってぼとりと何かが小舟の中へ落ちてくる。
確認する余裕もなく、小舟を加速した。浜辺に突っこむ。これで一安心と思いきや。
「しつこすぎ!」
巨大ザメたちも浜辺に上がり、びたーんびたーんと器用に飛び跳ねて迫ってきた。スキル【無呼吸行動】ってのが関係してるのか。
動きが鈍ってはいても、ギザギザトゲトゲの鋭い歯で噛みつかれたら……。
小舟を腹でつぶして壊し、力を溜めてぴょーんと跳ねた一体が、その大きな口を俺に向けてきて――。
「なにやってんのよ、あんた」
バチコーン!
吹っ飛ぶ巨大ザメ。
目に入ったのは斧みたいな長い武器だ。ハルバートを操る者といえば一人しか心当たりがない。
「バネッサ……」
ツインテールでちょっときつめの顔つきの美少女。さすがはSランク冒険者だ。
「ほら、ぼけっとしてないでこっちへきなさい」
バネッサは俺の腕を取ると海岸から離れるように走り出した。
びたーんびたーんと跳ねて追ってきた四つ目シャークたちが、ぴたりと止まる。そして名残惜しそうに百八十度向きを変え、海へ戻っていった。
「あいつらは海から一定距離は離れられないのよ。んなことも知らないの?」
俺は返答に窮する。どんな魔物が出るかは事前に調べてはいたのだけど、詳しい特性とかは【解析】スキルで見ればいいやと高を括っていた。パッとステータスは見たのだけど、詳しく見る余裕がなかったのだ。反省。
「助かった。ありがとう」
黒騎士モードで感謝を伝える。
「で? なにしてたわけ?」
「……ちょっとした調査をな」
「バカじゃないの? 貧弱な船でそんな重装備じゃ、いくらあんたでも死ぬわ」
「返す言葉もない。俺の判断ミスだ」
「ふ、ふぅん、けっこう殊勝なのね。ま、反省を生かせない奴は残れないのが冒険者だもの。当然か」
「ところで、お前は何をしている? こんな場所に用事があるとは思えないが」
「へ? いやえっとその……黒騎士が一人で五層に向かったって聞いたから――ってえ! べ、べつにあんたが気になったとかないわよ? 目的、そう! 目的に興味があったの」
バネッサは顔を寄せてくる。近い。
「ま、あんたのことだからギルドを通じた依頼じゃないわよね。だから話せないなら仕方ないけどさ」
言ったところでバカにされそうだけど、命を救われておいて何も話さないのは義理に欠ける。
「実は――」
依頼者(というか俺やリィルたちのこと)は隠しつつ、海水浴ができるために何をすればいいかの調査をしていたと告げた。
「はあ?」
うん、めっちゃ不審げな顔をしたね。
「……もしかして、あっちの妙なのもあんたの仕業なの?」
指差した先には『立入禁忌ロープ』がいくつも張ってある。
「そうだ。魔物を寄せ付けないアイテムだが、まだ一般には流通していない」
「なるほどね。依頼者はそれを作った奴か」
うっ、バレてしまった。
「ま、これ以上の詮索は勘弁してあげる。でもギルラム内で海水浴なんて無謀じゃない? 四つ目シャーク以外は大したことないけど、アレは階層ボスクラスの力があるうえ、群れで狩りをするからね。Sランク冒険者だってここの海に入ろうなんて思わないもの」
やはり四つ目シャークが難点か。せめて弱点がわかれば……冒険者ギルドの『目録』になら書いてあるかな? あ、でも待てよ。
「な、なによ、じっと見て。あたしの顔に何か――」
「バネッサは四つ目シャークの弱点を知っているか?」
「へ? あ、ああ、そういうこと……。まあ弱点は有名よ。倒すにはあんまり役に立たないけどね。ん? でも海水浴をするならむしろ好都合なのか」
バネッサは独り言ちてから俺に問う。
「トラウミヘビって知ってる?」
「いや、知らない。四つ目シャークの天敵なのか?」
「海に棲む猛毒を持つ魔物よ。黒と黄色の縞模様が特徴ね。素早いうえに近づくものはなんであれ噛みつくから、四つ目シャークどころか海の魔物はたいていこいつを嫌って近寄らないのよ」
だから海中の調査をするときは同じ柄の水中スーツなりを身に着けるのだとか。
「つまり、そういった柄の水着を着ればよいと?」
「……まあ、そうなるわね」
虎柄限定の全身水着か。女の子たちはどう思うだろう?
「言っとくけど、虎柄のものを海中に漂わせとけばいいって話じゃないわよ? あくまで生き物として認識できなきゃ他の魔物の目はごまかせないから」
バネッサは釘を刺してくるけど、そこまでの情報が得られたなら問題は解決したも同然だ。
「ようは生き物みたいに動かせばいいんだろう?」
俺は【強化図鑑】を片っ端から検索して、ぴったりのアイテムを探し当てた。
「ところで、さ」
「ん? なんだ?」
バネッサは粉々に砕けた小舟の残骸を指差す。
「あれってあんたのでしょ?」
元はたしかに俺のだけど、あそこまでバラバラになったらもう使えな――ん?
残骸の中に、つやつやで三角の何かが落ちていた。【解析】で確認。ほうほう、『巨大フカヒレ』ですか。俺は拾い上げるとちょちょいのちょい、と強化して。
「助けてくれた礼だ。受け取ってくれ」
「え、いいの? えへへ、これって美容にもいいのよね」
たぶんもっと効果があるよ。なにせ今は『高級美容巨大フカヒレ』になってますので。
セイラさんたちにも食べてもらいたかったけど、海の魔物対策のヒントもくれたしね。
上機嫌のバネッサを眺めながら、俺もちょっと嬉しい気持ちになるのだった――。