58◆魔神の癒し
あの愛らしかったベリアルはどこへやら、ナイスなバディのお姉さまになってしまわれた。
嬉しいような哀しいような、複雑な気分。
とはいえ、これだけ劇的に肉体が変化したのだから体に異常があっては大変だ。原因究明は急務。
「まあ、魔力が充填されてってのが一番可能性高いよね」
俺の固有スキル【解析】で見たところ、ステータスは大幅にアップして、かつ状態異常は見受けられない。ちょっと安心。
「体に変な違和感とかない? 熱があるとか、そういうのも」
「服が、きつい」
ですよねー。
大きな胸でワンピースは持ち上げられ、今にもはち切れそうなパンツがお尻ともども露わになっていた。
直視するには憚られる際どさだ。
「さすがにその格好で外をうろちょろするのはマズいよね。魔鎧、着てみる?」
ベリアルはあごに人差し指を添えてちょっと考えてから、
「やめておく。それを着たら、きっとアリトがもたない」
「俺が? どういうこと?」
「この姿で魔鎧を装備したら、わたしは完全に戦闘モードに入る。瘴気が垂れ流しになるから、なんの対策もしていないアリトは卒倒する」
なるほど。それは恐いな。
「なら、ちょっとだけ待っててくれる? 拠点の町で服を調達してくるよ」
「わかった。待ってる」
煽情的な美女を一人残すのは気が引けるけど、町へ連れて行ったら際どい格好を衆目にさらすことになるのでそれは避けたい。
俺は最高速度で拠点の町へ走った――。
サイズがわからないのでゆったりめの白いワンピースを買ってきた。黒い騎士モードでは恥ずかしかったよ。
着せてみたら胸の盛り上がりでちょうどいい感じ。ほんとに大きいな。
にしても、待っている間に何匹か魔物を狩ったらしく、神々しさが増した気がする。魔神なのに。
「靴は今から一緒に買いに行こう」
すでに足は土まみれなのだけど、歩かせるのはさすがに躊躇われる。大鎌や子どもサイズの服と靴を異次元ポーチにしまい、ベリアルをおんぶする。
そうして、拠点の町へ入ったわけだけど。
「黒い騎士のやつ、とびきりの美女を連れてるぞ」
「てかなんで背負ってるんだ?」
「ちくしょう! 胸が! 羨ましい!」
大注目の的である。
ひとまず武具屋さんに入り、足の汚れを拭きとってからブーツをひとつ購入。そそくさと家に帰った。
クオリスさんの工房に転移すると、ちょうど彼女がいた。
変わり果てたベリアルを見て目を真ん丸にする。
俺の家に招き、着替えて事情を説明すると。
「なるほどのう。まあ、魔力が充填されて本来の姿を取り戻したと考えるのが妥当であろうな」
俺の考えと一致する。
「じゃあ、ベリアルの体に異常はないんですね?」
「さて。異常が現れるかどうかは未知数であるな」
「えっ」
「異界で長らく過ごしていたこやつが、こちらの世界で本来の姿に戻った。何かしら異常が現れるかも知れぬし、現れないかも知れぬ。こればかりは経過を見なければわかるまい」
言われてみればごもっとも。
不安が簡単には拭えないってことか。
「何かできることはありませんかね?」
「何が起こるかわからぬ以上、後手に回るのは仕方あるまい」
ベリアルがしゅんとする。
「また、アリトに迷惑をかける……」
「いやいやいや、迷惑なんかじゃないから。そこは心配も遠慮もしないで、気軽に相談してよ」
異界へ戻る方法がわからない以上、ベリアルにはこちらの世界で楽しく暮らしてほしい。それは彼女だけでなく、俺やリィル、みんなのためでもあるのだから。
「ま、そう心配せずともよいだろう。経験上、だいたいどうなるか予想がつく。気休めにもならぬのであえては言わぬが、むしろアリトにはご褒美だろうよ」
また意味深なことを……。
その日の食卓はいつにも増して賑やかだった。
ベリアルの体が心配ではあるけど、ひとまず過度な食事|(魔力補充)の心配がなくなったのだ。
大きく成長した彼女にリィルは興味津々。
セイラさんとダルクさんはなんだか達観した様子だった。
クオリスさんがこそこそベリアルに耳打ちしていたのも気になったけど。
で、その夜――。
事件は起きた。
ぐーすか寝ていた俺の体が、ゆさゆさと揺さぶられる。
「……ん、誰?」
目をこすってよくみれば、妖艶な美女がもじもじしている。大人になったベリアルだ。リィルと一緒に寝ていたはずだけど……。
「どうかした? 体に何か不調があるとか?」
暗がりの中でよく見えないけど、ベリアルは困ったように眉尻を下げ、大きく肩で息をしている。
俺は飛び起きて目を凝らす。
やっぱりなんだか様子が変だ。顔も赤いように思う。
「熱でも出たのかな? ちょっとゴメンね」
俺は彼女の側に立ち、額に手を当てた。
「熱っ! いやこれ大変だぞ!」
不思議なことに【解析】では状態異常はみられないのだけど、体の熱さは熱病レベルだ。
でも実際、何をすればいいんだろう?
HPは減っていない。MPはけっこう下がってるから、MP回復薬を飲ませればいいのかな?
とはいえ素人判断は危険。
ここはセイラさんに相談を――。
「ん? わっ!」
突然、ベリアルが倒れこんできた。いやこれ、押し倒された? 俺はベッドに仰向けに転がり、ベリアルが覆いかぶさる格好だ。
「えっと、ベリアル……?」
肩で息をする彼女の目が、いっそう赤く光っている。もしかして俺、喰われちゃう!?
ぽすっ。
「ん?」
と、彼女が俺の胸に顔をくっつけてきた。位置的に豊かな胸が腹を押しつける。
「ふわ~……ん、クオリスが言った、とおり。きもちい……」
クオリスさんがなんだって?
「どういうこと?」
「もし体が熱くなったら、アリトにぎゅってしてもらうといい、って言ってた」
なんか、似たようなことが前にもあったな。
「でもくっついてるとよけいに熱くならない?」
ベリアルは俺の胸に顔をうずめてふるふる首を横に振る。
「すごく、落ち着く。このまま……、ふわぁ、むにゃむにゃ……」
寝ちゃったぞ?
すぅすぅと息は落ち着いているし、熱もさっきに比べて治まっている、気がする。
「ならいいのかな……?」
このときはそうお気楽に考えていたのだけど。
眠れん!
逆に俺の体が熱くなり、謎の昂ぶりに襲われてあっちもこっちもギンギンで――ってこれ前にもあったな。
とにかくその日は一睡もできませんでした――。