57◆魔神の正体
俺たちはついに『冥府の大鎌』を手に入れた。
腹ペコ魔神には一刻の猶予もない、こともないが、早く辛い思いから脱してほしい。
というわけで、さっそく魔物狩りに出かけよう。
ベリアルには肉まんを相当数食べさせて、『空腹』状態くらいにまで回復させておく。
俺はベリアルの魔鎧を身に着け、もろもろを異次元ポーチに押しこんで、お隣りの工房へ。そこには転移門がある。いきなりギルラム洞窟は危険かと思い、初心者から中級者向けの街の南側平原へと転移した。
すぐ近くに拠点の町があったけど、準備は整っているので寄らず、平原をうろうろする。
「お、いたぞ」
最初に遭遇したのはスライムの上位種だ。成人サイズで真っ黒な色をして、ぷるぷる震えながら移動している。
ボンバー・スライム。
危険度はC。体をちぎって飛ばし、その肉片は当たると爆発する。さらに自身のHPが少なくなると自爆する厄介な相手だ。
まだこちらに気づいていない。
俺は体勢を低くしつつ、腰のポーチに手を伸ばした。
にょっきりと飛び出す漆黒の大鎌。魔鎧で強化した俺でもけっこうな重さだったので、異次元ポーチに入れて持っていた。
「俺が注意を引くから、ベリアルは側面から襲いかかってよ。一撃で倒せなかったらいったん離れてね。爆発するかもしれないから」
「うん、わかった」
ベリアルは武骨なガントレットを付けた手で受け取る。
「じゃ、いくぞ」
俺はそろそろと黒いスライムの正面へ移動する。
ぶるぶるぶる!
急激に震えるボンバー・スライム。見つかった。警戒している動作だ。そして俺に注意が完全に向いている。
「今だ!」
俺が剣を構えて叫ぶと、ベリアルが草むらから飛んだ。
白いワンピースと銀髪をなびかせて、ビュンと一足飛びに肉薄するや、大鎌を軽々と振るう。
この瞬間は魔鎧装備の俺以上の素早さ。しかし一撃で倒せなければ、もしかしたら空腹MAXで倒れ、逃げられないかも。
遠隔攻撃の準備をして、ごくりとのどを鳴らした。
ヒュォン。
斬撃音にしてはささやかな音が風に溶ける。
一瞬、真っ黒なスライムが白く光ったように見えた。そして魔物の頭上に『【即死+】発動』の文字が。
しゅわしゅわとスライムが消えていく。
いきなり低確率の特殊効果が発動したのか。
HPを削るのではなく、【即死+】の効果で倒してしまった。
と、消えゆくスライムから光の玉が飛び出し、ベリアルの大鎌に吸いこまれていく。
「お?」
ベリアルの声。
「おお?」
ふだんから表情に乏しい彼女が、目をぱちくりさせている。
「どんな感じ?」
俺が駆け寄って尋ねると、
「うん、肉まんを五個くらい食べた感じ」
「それはすごいな……。てか肉まん比で考えてるのか」
今のボンバー・スライムの残MPはほぼMAXの110ほどだった。MPを20奪うと肉まん一個くらいかな。
でもまだ『空腹』状態を脱していない。
「いちおうお試しはできたけど、もっとやる?」
「うん」
やる気に満ち溢れた瞳だ。この子にしては珍しい。
「んじゃ、周囲に注意しながら魔物を探そう」
この辺りはボンバー・スライムの棲息地らしい。うろうろしてたらすぐに見つかった。
「うりゃ!」
得物を見つけた彼女は速かった。まさしく食料に飛びつくように、赤い目をぎらつかせて飛びかかる。
ザザンッ!
ひと振りで斬撃音が二つ重なった。【二重斬撃】の特殊効果だ。一撃では倒せない相手でも、これだとちょうどボンバー・スライムのHPを根こそぎ消し去れるらしい。
「ドロップアイテムは『火薬玉』か」
これ自体はしょっぱいけど、素材として加工すれば爆薬になるし、強化すればそこそこ使えるアイテムにもなる。集めて損はまったくない。
「まだまだ、やれるよ」
おお、ベリアルのやる気もさらに上がったぞ。まあ、倒せば倒すほどお腹が満たされるもんな。そりゃあ、やる気にもなるか。
ただ、ちょっと目が怖い。背筋がぞくっとした。
「んじゃ、俺がフォローするから、見つけ次第じゃんじゃか倒していこう」
その後もベリアルは、ボンバー・スライムを狩っていく。
俺、フォローどころかなんもしてないな。
で、一心不乱に黒いスライムを葬り続けていると。
「おっ? 『空腹』状態じゃなくなってるぞ!」
ぶっちゃけ初めて見たかもしれない。
なんだか目頭が熱くなってきた。
「まだ、食べられる」
魔物を倒す=食事になっているのがちょっとアレだな。間違ってないような気はするけど。
「でも、食べ過ぎはよくないよ?」
「腹八分で、止めるつもり」
そこまでにも達していないということか。
「あっ。あそこにまた一匹」
ベリアルはたったか駆けていく。その小さな後姿を見て、俺は妙な違和感を覚えた。なんだろう? 何かが、違うような……?
彼女はまたも一撃で魔物を倒す。その後も、別の魔物がいたりしたがまったく問題なく、軽々と自身の魔力に変えた。
危険度Cくらいだと彼女の相手にならない。一方的な殺戮だ。
「なんだか、足がむくむ」
ベリアルは言って、靴を脱いでしまう。
「さすがにもうやめといたら? 魔力は十分でしょ?」
「……もうちょっと。ダメ?」
上目にそうお願いされたらダメとは言えない。
「でも体調にちょっとでも違和感があったら、それでお終いだからね?」
「うん、わかった」
ベリアルがにっこり笑うと、
「あっ、アリト見て。あんなにたくさんいる」
珍しいことに、ボンバー・スライムが群れを成していた。十二匹もいる。
「さすがにあれは……って、ベリアル?」
俺が待ったをかけるより早く、ベリアルはものすごいスピードでスライムたちに襲いかかった。
まるで長年愛用した武器のように、軽やかに、舞うように、大鎌を振るう。
さすがに相手の数が多いだけあって、中には体をちぎって投げつける個体もいた。
けれど肉片が爆発するころに彼女の姿はそこになく、肉の欠けたスライムは次の瞬間、泡と消えた。
すごいなーと。
ぼんやり眺めていた俺の顔が、引きつった。
最後の一体を即死で倒し、お肌つやつやで戻ってきた美女は、いったい誰ですか!?
「アリト、どうしたの?」
きょとんする彼女は気づいていないのだろうか?
「いやどうしたもこうしたも。ベリアル、その姿……」
ボンきゅっボーンな魅惑のボディ。身長が俺くらいの美女がいた。白いワンピースが大きな胸で持ち上げられて、ぴっちぴちのパンツが丸出しになっていた。
ベリアルは小首をかしげたのち、我が身を確認する。
「お? おお?」
本人も驚いているご様子。
やがて俺に向き直り、ちょっと頬を赤く染めて、言った。
「元の姿に、戻ってる」
へえ、そのナイスなバディの美女が、魔神ベリアル本来の姿なのか。
びっくりである――。