55◆失われたアイテム
常に腹ペコのベリアルちゃんを助けたい。
彼女は長きにわたる異界生活の末、この世界での魔素の吸収が上手くできないでいるらしく、ゆえに常に腹ペコなのであった。
そこで俺は考えた。
足りない魔力――MPを別の何かから奪えばよいのだ、と。
もちろん他人から奪うのはよろしくない。
なので魔物からMPを拝借する武具なりを作ろうと思った次第。
需要がないからMPを大幅に奪う武具は流通していない。
だからアイテム職人である俺が、そういった武具を作ればいいやと考えた、のだが。
「うーん…………ないな」
俺は店の裏手にある工房で腕を組んで唸った。
限定スキル【強化図鑑】でふさわしい武具を探してみたけど、見当たらない。
「いやまあ、あるにはあるんだけど……」
たとえば『魔力吸収のナイフ』なんかは、その名のとおり魔力吸収に特化した武器で、攻撃が当たればMPを100も奪うことができる。
1ヒットで100奪えれば十分、だとは思う。
けど魔力吸収に特化しているだけあって、性能は最低のE-。さらに強化しても高が知れていて、ろくにダメージを与えられないのだ。
強度もHP低いから、堅い相手なら数撃でぽっきり折れちゃうかもしれない。
さらに作成のための素材も稀少なものが多く、コストパフォーマンスがめちゃくちゃ悪いのだ。
そして【強化図鑑】は強化パターンをたくさん網羅した超便利なスキルなのだけど、ひとつだけ弱点というか、どうにもならない問題があった。
本来は人が持ちえない【混沌】属性の強化パターンがほぼほぼ載っていないのだ。俺が見つけたものが新たに登録されているだけ。
素のステータスが高い武器に【混沌】を付与すれば魔力吸収系の特殊効果が付く可能性がある。
でも載っていないものはそうほいほいと試せない。それこそ見つけるまでに資金が底をついてしまうかも。
困った俺は、人に訊くことにした。
店を出て、街の中心部へ。
大きな建物に入って受付で用件を伝えると、突然の訪問なのに快く応接室へ通された。
待つこと五分。
燕尾服を着た中年男性がにこやかに現れた。
「やあ、待たせてしまったかな。君が訪ねてくるとは珍しいね」
「アポなしですみません、オレマンさん」
俺は立ち上がって頭を下げる。
片眼鏡の紳士はオレマン・シュナイダーさん。アイテム商店ギルドのギルマスさんだ。俺の知らない武具やアイテムを知っているかもしれないと思い、俺はやってきたのだ。
俺は単刀直入に、Bランク以上の性能でMPを数十以上奪うアイテムがないか訊いてみた。
「ふぅむ。また妙な依頼を受けたものだね」
対面のソファーに座ったオレマンさんは腕を組む。
「武器の種類にはこだわらない、というのがまた逆に難しくはあるな」
いくつか候補を上げてくれた。
残念ながら【強化図鑑】で確認済みで没にしたものばかり。
俺たち二人はあーだこーだと話し合う。
「よく考えたら、武器でなくてもいいですね。効果が重視されているので」
「ふむ。であれば、『魔力貯蔵の籠手』をぱっと思い浮かべたが……ダメだな」
「それってMPを籠手に溜めておいて、都度引き出すものですね。たしかに今回の用途からは外れます」
と、俺はここでハタと気づく。
「す、すみません。相談に来ておきながら、ダメだダメだばかり言ってしまって……」
恐縮した俺に対し、オレマンさんはにこやかに返す。
「ははは、気にしなくていいよ。いや、実のところ驚かされてばかりだ。私もアイテムには精通しているつもりだったが、君の知識量には舌を巻く」
「いえ、そんな……」
「まだ十代なのだろう? いったいどこでそれほどの知識を?」
「ぇ、ええっと、いろいろ、独学で……」
いつの間にか得ていた限定スキルでカンニング中、とは言えない。
「ははは、すまない。詮索はよくないな。どうにも興味があると前のめりになっていけない」
「ははは……」
俺も笑ってごまかしておこう。
と、オレマンさんが急に真面目な顔つきになった。
「ひとつ確認なのだが、君は『冥府の大鎌』を知っているかね?」
名前からして仰々しいが、知らないので首を横に振る。
「そうか。君ほどの者でも知らなかったか」
「どんな武器なんですか?」
「魂の管理者たる死神が持ち、命を刈り取る武器とされている」
てことは、即死効果とかがあるのかな? もしくは性能がS+を超えるEXとか?
俺が求めるものじゃないけど――いや、ここで話したのには意味があるはず。続きを聞いた。
「要するに、伝説上の武器であったのだよ」
「……あの、俺が欲しいのは実在する武器とかアイテムなんですが」
「まあ聞きたまえ。長らく架空の武器、あるいは未確認の魔物が持つ武器とされていたのだが、二十年ほど前に、実在が確認された」
おおっ、と俺は身を乗り出す。
「とあるSランク冒険者が、混沌の古竜より授かった武器が『冥府の大鎌』だったのだよ」
「その効果は? なんなんですか?」
ワクワクが止まらない俺に、オレマンさんはちょっと困ったような顔になった。
「いくつかある中で特徴的なものとして、『魂喰い』がある。対象を撃破した際に、対象の残りMPをそっくり奪い取る、というものだ」
「おおっ! 性能は高いんですか?」
「HP、性能、強度、魔効、いずれもトップクラスだ」
「それ! それがいいです! 今どこにあるんでしょうか!?」
現物は貴重なものだろうから手に入れるのは無理でも、【解析】スキルで作成用素材や強化方法はわかるはず。
期待に胸を膨らませる俺とは対照的に、オレマンさんはやはり困ったような顔で口ひげをいじくった。
「実は……もうないんだ」
「へ?」
「今言った特殊効果には大きな問題があってね。そのせいで使用者が戦闘中に死亡してしまった。残った魔物が激しく攻撃し、大鎌は消滅してしまったのだよ」
「消滅、ですか……。あれ? でも『特殊効果の問題で使用者が死んだ』ってどういう意味ですか?」
「MPの過剰取得は体によくないのだよ。MPが最大の状態で10や20を得ても、さほど影響はないのだがね。この武器を使うと一度に数百……下手をすれば1000ほども体に取りこむことになる」
だから人間の体では耐えきれないのだとか。
「混沌の古竜はその辺り注意するよう言っていたらしいが……人が扱うには過ぎた武器だったのだろうね」
しんみりしたオレマンさんは突如くわっと目を見開く。
「ところがだ!」
びっくりしたあ……。
あ、でもわかちゃった。
「その問題を解決するために、『魔力貯蔵の籠手』が開発されたんですね」
「はっはっは、さすがだね。再び『冥府の大鎌』かそれに近いアイテムが現れるかもしれないからね。いや、君が作ってしまうかもな」
あくまで参考程度としてオレマンさんは語ったようだけど、けっこう貴重な話だったな。
オレマンさんにお礼を言って別れ、俺は家路を急ぐ。
使用者が魔神であるベリアルちゃんなら、大量のMPを一度に奪っても大丈夫だと思う。いちおう『魔力貯蔵の籠手』を装備しておけば、最悪の事態にはならないだろう。
「でも、やっぱり現物を見なくちゃなあ……」
もしくは、作った本人に聞く以外ない。
問題はどこに混沌の古竜がいるかわからないことと、
「俺、ドラゴンとは相性が悪いからなあ……」
なにせ三度も轢かれて死んでいるのだ。そのうちのどれかが混沌の古竜だったりするんだろうか? 轢かれた直後はほとんど覚えていないんだよね。
会おうとしてまた轢かれるのは嫌だ。
はてさてどうしよう? と困った顔で店に入ると、
「なんとも不景気な顔をしておるな。悩みなら我に語ってみるがよい」
クオリスさんが待ち構えていた。
俺はオレマンさんとした話を伝える。
すると、クオリスさんは実にあっけらかんと言った。
「『冥府の大鎌』の作り方なら知っておる」
「は?」
「理由は訊くな。いちいちアレをやるのは面倒なのでな」
なんだかわからないが、光明がすぐそこにいた!