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ドラゴンに三度轢かれた俺の転生職人ライフ  作者: すみもりさい
第二章:順風なる職人ライフ
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51◆遺失物は持ち主へ


 エキゾチックな雰囲気漂う飲食店。忙しい昼時を過ぎた客もまばらな店内で、大きな肉まんだけを注文しまくる奇妙なお客が俺たちである。


 最初に頼んだ大肉まん三つは、瞬きする間に消えてしまった。比喩ではない。本当に俺が瞬きしたその刹那に、三つの肉まんが消え去ったのだ。

 俺の目には、ベリアルと名乗った女の子が小さな口をもぐもぐさせている光景しか映っていなかった。

 

 次にまた三つの肉まんを頼んだところ、今度は彼女、きちんとひとつに手を伸ばした。むんずとつかみ、持ち上げて、あーんと口を(常識の範囲内で)広げたところまでは確認できた。

 

 また消えました。

 

 続けて二個目、三個目も。

 

 いやいやいや! おかしいでしょ!? どう考えても口内サイズより肉まんのほうがでかいよ!

 

 物理的にあり得ない光景を目の当たりにし、俺は今さらながら【解析】スキルで彼女を詳しく調べあげたのだけど。

 

 不審な点は、なかった。

 

 見た目どおりの弱小ステータス。Fがずらりと並んでいる。状態は『極度の空腹』を脱し、でも『かなりの空腹』までにしか至っていなかった。

 

「おかわり……」


 仕方がないのでさらに五つを注文した。

 お店のお姉さんは顔を引きつらせ、厨房から店主っぽいおじさんが不安そうな顔を覗かせていた。

 

 怪しすぎる女の子ではあるが、ここまで連れてきた以上、放っておくわけにもいかない。

 

「そろそろ教えてもらえないかな? 君のこと」

 

 女の子は無表情で見つめてくる。

 

「保護者の人は、どこにいるの?」


「ほごしゃ……?」


「えっと……お父さんとか、お母さんとか」


「いない」


「じゃあ、どこから来たの?」


「あっち」


 女の子が指差したのは、街の北門の方角だ。

 いまだに謎だらけだが、ひとまずコミュニケーションは取れるようになったのは幸いか。

 

「もしかして、街の外から来たの?」


 こくりとベリアルちゃんはうなずく。

 

「一人で?」


 またもこくりとうなずく。

 

 困った。嘘をついているようには見えないけど、嘘だとしたら俺を信用していないってことだし、本当なら女の子一人でどこからこの街まで? 近くの町や村はけっこう距離があるぞ。

 

 俺は別角度からのアプローチを試みる。まずは彼女の目的を明らかにするか。

 

「どうして、この街に来たの?」


「よろい」


「鎧……って、戦士とかが着る、革とか金属でできた、あの?」


「盗まれたから、捜しに来た」

 

 まずいな。

 とても具体的な情報が得られたのに、さっぱり意味がわからない!

 

 こんな小さな女の子が、なんで盗まれた鎧を一人で捜してるんだ?

 

 あ、もしかして……。

 

「お父さんの形見、とか?」


「わたしの、鎧」


 子ども用のおもちゃみたいなものかな?

 

「どんな鎧なのかな? 大きさとか、色とか、形とか」


 運ばれてきた五つの肉まんをぺろりと平らげてから、女の子は答える。

 

「おっきくて、真っ黒。体ぜんぶを、包むやつ」


 体全部を包む……全身鎧のことかな? 大きいってことは、大人用? あとは――。

 

「おかわり」


 まだ食うのかよ! 【解析】で見ると、状態は『空腹』にまで落ち付いていた。もうちょっとかな?

 

 またも五つを注文する。

 注文を受けたお姉さんはどこか決意に瞳を宿し、厨房から顔を覗かせていた店主らしきおじさんも戦場へ赴くように奥へと引っこんだ。

 

「他に何か、特徴はあるかな? トゲトゲがいっぱいあるとか、どこかに名前が彫ってあるとか、これだ! ってわかるようなやつ」


 女の子はわずかに口を開くも、上手く説明できないのか、けっきょく閉じてしまった。

 

 さっきよりずいぶん早く肉まんが出てきた。

 

「あれ? でも注文したのは五つですよ?」


 お皿には七つが山になっていた。

 

「サービスです」


 キメ顔のお姉さん。どんな思いがあるか知らないけど……まだ早いと思うよ?

 

 ベリアルちゃんは無表情で肉まんに手を伸ばし、七つ同時に消えた。もはや魔法である。

 

 お姉さんは天を仰ぎ、おじさんは四つん這いになって打ちひしがれていた。

 

 あまり長居はできないな。ベリアルちゃんはまだ『ちょっとだけ空腹』のようだけど、店を出ることにする。

 

 会計をしようとギリカを出した。

 お姉さんは涙目でギリカを操作していたのだけど、「あれ?」とか「おや?」とか首をかしげて四苦八苦している様子。

 

「すみません。こちらのギリーカードが不調のようでして……」


 現金の持ち合わせってあったかな?

 俺がごそごそ無限ポーチを漁っていたら、

 

「あっ! ちょ、待ちなさい!」


 女の子がすたすたと店の外へ出ていったではないか。

 

「あ、できました!」


 タイミングよくお姉さんのギリカが調子を取り戻したようなので、すぐさま会計を済ませ、店を飛び出した――。

 

 

 

 幸いベリアルちゃんは見失うことなく、一緒になって大通り沿いの武具やアイテムを扱う大店にやってきた。

 中古品も扱っているので、盗品が流れてくる可能性がなくはない。

 むろん、盗品かどうかはチェックしているので、その辺の情報が得られるかもしれないと期待して、だ。

 

「やあ、アリト君。今日はどうしたんだい?」


 中年の店員さんが声をかけてくれた。

 

「ちょっとお伺いしたいことがありまして。最近、盗品と思しき全身鎧を持ちこんだ人とかいませんでしたか? この女の子の家から盗まれたそうだんです」


「いきなり物騒だねえ。うーん、全身鎧かあ。私は聞かないなあ。他に特徴はないのかい?」


「えっと、たしか大人用で……そう、真っ黒だそうです」


 ん? と引っかかりを覚えるも、おじさんの返事で我に返る。

 

「黒い全身鎧? やっぱり覚えはないけど、真っ黒の鎧を欲しがる物好きなんてめったにいないから、出回ればすぐ見つかるとは思うよ」


「物好き、ですか」


「黒なんて、ふた昔くらい前に流行ったくらいかなあ? 最近はカラフルなのかシンプルなものの二極化だね」


 おじさんはカラカラと笑い、

 

「それこそ、黒騎士ベリルくらいなもんだよ」


 誰? と一瞬思ったが、俺だ。名前で呼ばれることがあまりないし、適当に付けた名前だしね。

 しかし、黒い全身鎧って物好き扱いだったのか……。まあ、所詮は拾い物。苦労はしたけど幸運で手に入れたものだから文句は――って、あれ?

 

 そういえばあの鎧、真っ黒だよな。全身をすっぽり包むタイプだ。

 でもって、その名前はたしか……。

 

「黒騎士……誰? それ」


 そう、この子と同じ、ベリアルだった。

 ベリアルちゃんは爪先立ちで体を伸ばし、おじさんに詰め寄る。珍しく積極的だ。

 

「なんだお嬢ちゃん、知らないのか。ベリルってのはね――」


 おじさんは我が事のように自慢げに語る。

 ベリアルちゃんは熱心に聞き入っていた。


 偶然、とは思えない。

 あの魔鎧が『ベリアル』の名を冠し、大雑把ながら彼女が探す鎧と特徴がぴったりなのだ。

 

 言い訳じゃないけど、今の今までこのちょっと変わった女の子と『魔神』なるワードが結びつかなかった。

 そもそも俺、盗んでないし。ダルクさんたちの話によれば、あれは自我が芽生えて勝手に歩き出したらしいし。

 だいたいこの子、ステータスが低いじゃないか。『素性偽りのお札』で俺自身ステータスは擬装してるけど、【解析】スキルは騙せないよね?

 

 などと言い訳を連ねつつ、ベリアルちゃんを観察する。

 おじさんの話を聞き終えるころには目が据わっていた。なんか怒ってる!?

 

 ともかく、正直に話したほうがいいと俺の直感が告げている。

 

 謎の黒騎士の正体がバレるのはマズいのだけど、本当にこの子があの鎧の所有者なら、きちんと返さないといけないだろう。

 もし違ったら、秘密にしておいてねとお願いするしかない。

 

 ベリアルちゃんを連れて、店の外へ出た。

 さっきからずっと無表情ながら半眼になっている。

 

「あのさ、ベリアルちゃん。実は……、君が探してる鎧、俺知ってるかも」


 ぐるん、と小さな顔が俺に向く。

 

「と、とりあえず、そこへ行ってみようか?」


 こくこくこくっと、勢いよく何度も首を振るベリアルちゃん。ちょっと怖い。

 外で事情を話すと誰かに聞かれる心配があるので、説明は後回しにして――。

 

 

 俺の自宅へと戻ってきたわけだが。

 

「におう……」


 ベリアルちゃんはクンクンと鼻を引くつかせていた。

 俺を押しのけるように店に入り、匂いを辿るようにカウンターを越え、階段を上り、俺の部屋に突入して。

 

「見つけた」


 感動に打ち震えている様子。無表情でわかりにくいけど。

 

 と、ベリアルちゃんがぐるんと回れ右。俺をじっと見つめる。

 

「あなたが、盗んだの?」


 なんか、金色の目が輝きを増して……。


「いや! 違う違う。実は――」


 吸いこまれそうになったのを全力で抗って、俺は滔々と説明した。

 

「かってに、外に出た……?」


「あくまで想像だけど、自分で動いて人を襲ってたのは本当だよ」


 ベリアルちゃんはあごをわずかに引いて考えこんでいた。

 やがてペタペタと歩き出し、魔鎧に近づくと、ぺちり。魔鎧を叩いた。

 

「逃げたら、ダメだよ」


 どうやら俺の話を信じてくれたらしい。

 

「ひとまず君の物だし、それは返すよ。知らなかったとはいえ、今まで勝手に使っててゴメン」


 ベリアルちゃんはふるふると首を横に振る。

 

「かまわない。与ってくれて、ありがとう」


 まさか魔神にお礼を言われるとは。でも、そもそも魔神ってなんなのか俺は知らないな。

 

 ベリアルちゃんはさっそく魔鎧をばらして装備し始めた。

 見上げるほどに立ち上がったのだが、はたしてあの小さな女の子は、あの中でどうなっているのだろう?

 

「それじゃあ、バイバイ」


 手を振ったベリアルちゃんが最後に、

 

「肉まん、おいしかった」


 そう、小さく告げたときだった。

 

 ガッシャーンと窓が破られ、茶髪の少女が飛びこんできた。

 

「アリトから離れろってーの!」


「ダルクさん!? ちょ、待っ――」


 俺が止める間もなく、大剣が黒い鎧に向けられた――。


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ひょうし
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