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ドラゴンに三度轢かれた俺の転生職人ライフ  作者: すみもりさい
第二章:順風なる職人ライフ
50/81

50◆黒い霧と腹ペコ幼女


 異変は、唐突にやってきた。

 

 冒険者の街『ゼクスハイム』を、突如として黒い霧が覆いつくしたのだ。

 

 陽の光はぼんやりとしか届かず、空気は陰鬱に淀んでいた。

 

 実害と呼べるほどの影響は今のところ出ていない。

 しかし今後が保証されない以上、緊急事態には違いなかった。

 

 街の有力者たちは急遽集まり、対策に頭を悩ませる。

 いまだに原因が不明とされる中、冒険者ギルドに有力な情報が持ちこまれた。

 

 それは、黒霧が現れる二日前のこと――。

 

 

 ギルラム洞窟、第十五階層。

 地図化マッピング組のとある冒険者パーティ四名は、行き止まりの部屋にたどり着いた。

 

 彼らはすでに地図化された場所のチェックを担当している。

 石造りの広い部屋にはトラップも何も存在しないと知っていたが、見落としがないとは言えないため、慎重に室内へ足を踏み入れた。

 

「ん? なんだこれ?」


 異変に気付いたのはパーティーのリーダー、盾役の重戦士だ。

 

 壁に、大きな亀裂が走っている。

 

「こんなもん、報告にはなかったよな?」


「そうだね。何も記されていない。誰かが何かと戦ってできたのかな?」と回復役の僧侶も首をひねった。


 別の者が、亀裂近くの壁をこつこつと叩く。壁の向こうが空洞になっている様子はなさそうだった。

 

「とりあえず記録だけはしとくか。ちょいと石でも投げて――!? おい、そっから離れろ!」

 

 重戦士が叫ぶ。

 亀裂から、黒い霧のようなものがにじみ出ていたのだ。

 

 仲間たちは亀裂から距離を取る。

 黒い霧は拡散せず、亀裂の周りに集まっていた。

 

「なんだ、ありゃあ?」


「そういえば以前、森の中の廃砦で似たような黒い霧が発生したことがありましたね」と僧侶。


「たしか、危険度Aクラスの魔物がいたんだったか。『斬竜姫』ダルクが倒したって話だが……いや、謎の黒い騎士だったか?」


 いずれにせよ、自分たちはギリギリAランク。

 ダルクが手こずった相手なら、戦うには相当な危険を伴うだろう。

 

 警戒を密に。

 陣形を整えていたそのとき。

 

「…………コ……」


「ッ!?」


 音、ではなく、声のようなものが聞こえた。

 と同時に、亀裂の中に金色の光が浮かび上がる。

 

「……目?」


 小さな光は、そう見えなくもない。

 

「…………ド、コ……」


 また、聞こえた。

 

「ワタ、シ…………、ドコ……?」


 どうやら、何か言葉を発しているらしい。

 頭の中で反響するような声は、男とも女とも、老人とも子どもとも判別できなかった。

 

「魔物じゃ、ねえのか? おい、テメエなにもんだ!」


 魔物はしゃべらない。ゆえに魔物の危険はなくなったのだが、どうにも嫌な予感がした。魅了や混乱の状態異常を受けた冒険者は、そこらの魔物よりたちが悪い。

 

 重戦士の問いに、今度はぱったり声が途絶えてしまう。

 

「おい、誰だって訊いてんだよ! 冒険者か? 魔物に襲われてどうにかなっちまったのかよ?」


 応答はない。

 その代わりに――。

 

 ぴしっ。

 ぴしぴしぴしっ!

 

 亀裂が大きく広がり始めた。金色の瞳が、輝きを増して。

 

「ヤベえ。みんな集まれ!」


 黒い霧が大量にあふれ出した。

 

 仲間たちが重戦士に寄り添うように集まった。黒い霧が迫ってくる。状況が見えない以上、戦うのは危険すぎた。

 

 ちりん、と鈴が鳴る。

 

 重戦士が取り出したのは、『郷愁の鈴』。帰還用アイテムだ。

 彼らはすんでのところで拠点へと飛び去った――。

 

 

 拠点に戻った重戦士たちパーティーは、すぐさまギルラム洞窟へ舞い戻る。

 事態を把握した地図化組の総括責任者は、Sランク冒険者を編成して件の場所に派遣した。

 

 しかし黒い霧も何もない。石壁の亀裂は確認できたものの、その奥はただの土壁で、しばらく掘っても何も出てこなかった。

 幻覚か、トラップか。

 けっきょく結論は出ず、しかし――。

 

 

 同じ場所に、二人の冒険者が現れた。

 Sランク冒険者のダルクと、サポート役のセイラだ。

 

「どう? セイラちゃん、なんかわかった?」


「……間違いありません。あの廃砦を覆っていた魔素と同質のものです」


 かすかに残った黒い霧の気配。それが以前感じたものとまったく同じだった。魔素は無色透明であるが、強大な魔力に影響されると、変質して色が付く。


「やっぱそっかー。てことは、魔鎧あれの所有者で決まりだねー」


 亀裂に浮かんだ金色の瞳。

 その正体は――。

 

「魔神ベリアル……。ですが、どうしてこんなところに現れたのでしょうか?」


「そりゃあ……もしかしなくても、鎧を取り戻そうとしてんじゃね?」


「でも、鎧は勝手に外へ出てきたんですよね?」


「まあ、そうだけどさ。魔神の知ったこっちゃないんじゃね?」


「そう、ですね。と、いうことは……」


「うん。てことは、さ……」


 二人、顔を見合わせて。

 

「アリトがヤバい!」

「アリトさんが危ないです!」


 脱兎のごとくその場を走り去った――『郷愁の鈴』は持っていなかったので。

 

 

~~~


 

 暗雲立ちこめたような暗さだが、雨が降る気配はこれっぽっちもない。

 俺は『レグナム道具店』で商談を終え、てくてくと大通りを歩いていた。乗合馬車の停留所を目指して。

 

 と、前方にふらふらしている子どもを見つけた。

 7,8歳くらいで、銀というか灰色をした長い髪が小躯に合わせて揺れている。たぶん女の子だろう。薄手のワンピースは真っ白だ。

 

 しかし、様子がおかしい。

 今にも倒れそうなほどふらふらしているのに、周りの誰も声をかけない。まるで彼女が見えていないようなのだけど、正面から歩いてきたおじさんは、少女に目をやることなく避けていた。

 

 どうしよう?

 男の俺が小さな女の子に声をかけると問題がありそうな気がする。

 でも、本当に倒れそうなんだよな。

 迷子かもしれないし、人通りが多い中で声をかけるくらいは大丈夫だろう。

 

 悩んだ末、俺は歩く速度を上げ、後ろからではなく一歩彼女の前に出て、

 

「ねえ君、どうした――のぉ!?」


 ぱたり。

 女の子が倒れた。ものすごく自然に『すぅーぱたん』って感じだったので受け止める間もなかった。

 

「ちょ、君、大丈夫?」


 体に触れるのはためらわれたが、状況は差し迫っていると判断し、俺は女の子を仰向けにさせた。

 目はうつろ。半分に開いたまぶたから覗く瞳はきれいな金色。吸いこまれそうだ。

 お人形のように可愛い顔はしかし、青ざめていた。

 

 すぐさま【解析】スキルで診断。他の情報は捨て置き、状態を確認する。

 

 『極度の空腹』。

 

 そうかー。お腹空いてたのかー。

 でも空腹ってけっこうヤバいからな。

 脱水症状にはなっていないけど、まずは水を与えて胃を落ち着かせないと。

 

 異次元ポーチから水筒を取り出し、差し出す。

 

「水だけど、飲めるかな?」


 薄い唇にあてがうと、がしっと水筒を握ってごくごくごくごくっと飲み干した!

 呆気にとられたものの、女の子はぐったりとしてまた虚ろになる……。

 

「おなか、すいた……」


 弱々しい声。

 さっきは驚いたけど、異常動作をしてしまうほど空腹なのだろうと無理くり納得する俺。

 

 せめてひと口、何か食べさせてやりたい。

 そう思い、異次元ポーチからほかほか熱々の肉まんを取り出した。出がけにおやつとして買っておいたものだ。異次元ポーチは保温性も抜群なのだ。(もしかしたら時間の概念がないのかもしれないけどよくわかっていない)

 

 女の子の頭を膝に乗せ、ちぎって与えようとしたそのとき。

 

 ぱくり。

 

 俺の手首から先が小さな口の中へ!?

 

「いや、ちょ、俺の手は食べないで!」


 ぺっと俺の手だけが吐き出される。

 女の子は無表情でもぐもぐしているが、おかしい。俺のこぶしはもちろん、肉まんも手に余るほどの大きさだった。

 どうやって口に入れた? しかもほっぺたを膨らませもせず、もぐもぐしてるぞ?

 

 またも呆気にとられる俺。

 女の子はごっくんとおそらく肉まんを飲みこんだものの、やはりぐったりしたままだ。

 

「おなか、すいた……」


「えっと……。保護者の人は、いないのかな? はぐれちゃった?」


「おなか、すいた……」


「お家はどこかな?」


「おなか、すいた……」


 埒が明かない。

 どこかへ連れて行くのは躊躇われるのだけど……おや?

 往来で子どもを寝かせ、介抱している異常事態。

 なのに道行く人たちはまったく注目していない。けれど俺たちは避けて歩いている。

 

 さっきこの子が歩いているときもそうだったけど、なんで?

 

「おなか、すいた……」


 仕方がない。

 俺は女の子を背負って、近くの飲食店へと向かった。

 歩きながら、どうにかコミュニケーションを取ろうと質問する。が、やはり『お腹空いた』以外の答えが返ってこない。

 さっき【解析】でいろいろ調べておけばよかったな。

 

「せめて名前くらいは……」


 俺がぼそりとつぶやくと、初めて、女の子が違う言葉を発した。

 

「ベリアル……」


「ん? 今の、もしかして名前?」


 こくり、とうなずくような気配がする。

 ふむ。どこかで聞いたような名前だな。まあ、それよりなにより、これは会話するいいきっかけだ。

 

「そっか。それじゃあベリアルちゃん、何か食べたいものってあるかな?」


「……さっき、食べたやつ」


 むむ。あれって売ってるのは俺の家の近所なんだよね。

 

「違うお店だけど、この近くで肉まんが食べられるお店に行こうか?」


 またもこくりとうなずく気配。

 

 なんとか会話になったし、俺は足取りも軽くお店を目指すのだった――。

 


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ひょうし
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