05◆10歳の俺、激レアスキルを手に入れた
10歳になった俺は、村に住む唯一の【アイテム強化】スキル持ちのトムさん宅へ通うようになった。
ドワーフのおじさんで、農作業の傍ら、主に農具を修理したり、強化したりしている。
俺の【アイテム強化】のランクがSなのはもちろん、覚えたことさえ誰にも秘密。
でも将来の夢はみなが知っているので、俺は今から修行していると、周りからは微笑ましく捉えられていた。
「ドワーフってのはな、0から10を作るのを夢見る種族だ。1のものを10にしようってのは、邪道扱いさ」
トムおじさんは同じ話を何回もするのが毛嫌いされる一因になっていた。
それでも俺は素直な子どもを演じて聞き入るふりをする。
「でも俺ぁ、とにかく10のもんが作りたかった。0から作るってのは、人族より長命の俺でも時間がかかる。だからアイテム強化職人を志したのさ」
ここから先は、若くしてドワーフの集落を飛び出し、有名なアイテム工房を転々とした武勇伝がメイン。
でも、トムおじさんは挫折した。
属性をひとつしか持たなかったトムおじさんは、才能ある者たちを目の当たりにし、努力ではどうにもならない壁にぶち当たって、この村へ逃げてきたのだ。
何度も聞かされているが、涙を誘う話である。
俺も冒険者として三度の人生を経験し、ことごとくで挫折したのだ。厳密には、挫折しかけたところでドラゴンに轢かれて死んだのだが。
「アリト、おめえにゃあ、才能があるっ」
ドキリとしてしまいそうな言葉だが、トムおじさんは懐いてくる子どもたちには例外なく同じことを言う。つまり、適当ぶっこいているだけなので安心だ。
俺はトムおじさんからなけなしの知識と技術を奪うべく、鍬の修理といえども真剣に手伝った。
柄を取り変え、先端の金属部分をやすりで磨く。
作業しながらも、おじさんはわりとよくしゃべる。
世間話や自慢話は聞き流しているが、中には参考になる話もあった。
「アイテム強化っつっても、無制限に強化を重ね掛けできるもんじゃねえ」
たとえば木を削っただけの棒に、【土】属性の強化を何重にもかけて神位鋼並の強度にしようとしても、無理である。
「アイテムには〝スロット〟の数があらかじめ決まっててな、スロット数以上の強化はできねえんだ」
冒険者時代(つまりは前世以前)に、ちらっと聞きかじったことがある。
アイテム強化は空きスロットに属性を付与して行うもので、空きを作らなければ強化できない。
元から強力なアイテムであればスロット数も多く、よりたくさんの強化ができる。
「そいつを見極めるのが、職人の腕の見せ所よ」
同じ木から作った木の棒でも、部位や作り方次第でスロット数が変わってくる。
知識と経験が物を言う、とトムおじさん。
「でも、それって【鑑定】スキルがあれば、すぐわかるんじゃないの?」
俺は聞きかじった知識で尋ねる。
トムおじさん、してやったりとにんまりする。どうやら俺の知識は拙かったらしい。
「いんや、無理だね。【鑑定】ってのは、人にしろ物にしろ、ステータス情報を知るためのスキルだ。だから『どんな強化が行われてるか』ってのはわかる。けどな、スロットの数やなんかは、いわば裏ステータスっつってな、たとえランクSでも【鑑定】じゃわからねえのさ」
「じゃあ、本当に知識と経験と勘が物を言うんだね」
「あ、勘もあるよな。うん、職人の勘ね……」
トムおじさんは大きく咳払いをした。あ、誤魔化したな。
「ところが、だ。よく聞けよ? スロット数を確実に知る方法はあるんだよ」
俺が大げさに「おおっ」と目を輝かせると、トムおじさんは勝ち誇ったように言った。
「それが【解析】スキルさ」
聞いたことがあるな。
【解析】は【鑑定】でも知り得ない、人や物の本質を明らかにできるスキルらしい。
トムおじさんによれば、アイテム強化においてはスロット数が事前に把握でき、細やかな強化も可能になるとかなんとか。
アイテム強化職人なら喉から手が出るほど欲しいスキルとのこと。
でも、たしか【解析】って……。
「ま、【解析】はふつうのやり方じゃ手に入らねえ、限定スキルだ。生まれつき持ってるんじゃなきゃ、覚えるのはまず無理だろうがな」
限定スキルとは、通常スキルと異なり、教会でスキルポイントを消費しても覚えられない。
ランクの概念がなく、それ単体で通常スキルのランクSを超える性能を誇るものが多い。
生まれつきという超幸運を除外すれば、激レアアイテムを使用したり、神の試練に耐えたりしなければならないのだ。その上で大量のスキルポイントを要求される場合があるからまた厄介だ。
入手は極めて困難。
でも、だからこそ、挑みがいはある。
【アイテム強化】がランクSの今、【解析】を手にすれば、アイテム強化職人として俺は怖いものなしになるからだ。
俺は新たな目標を定めた。
いつか【解析】を覚えること。
そのために、まずはしっかり情報を集め、入手方法を調べる。
場合によっては、アイテム強化職人として働く前に、それを手に入れる旅に出る必要があるかもしれない。
10歳の俺は覚悟を決め、力強く大地を踏みしめ家路を急いだ。今日の晩御飯は何かな?
村の中央を流れる小川にさしかかったとき。
「やっほー♪ ボクちん、お悩みとかないー?」
軽やかな声が俺にかけられた、らしい。
辺りをきょろきょろしても、俺とその人以外、誰もいない。
俺は声の主に顔を向けた。
茶髪に褐色の肌。イケイケな感じの美少女だった。
年のころは15歳くらい。胸元が大きく開いたシャツに、短いスカート。耳や首、腕にも足首にも装飾品をいくつも付けている。ゆるふわウェーブの髪をかきあげると、はちきれんばかりの胸が前面に躍り出た。
「ふっふーん♪ オネーさんにはわかるよ? ぜったい悩みとかあるっしょ」
屈託のない笑みで俺に近づく彼女。
とてもエロい。もとい奔放だ。なんというか軽薄な――『拝み倒したらヤラせてくれそう』な雰囲気を醸している。
俺はドギマギと落ち着かない。
三度の転生を経て130年ほど。これだけの美少女にお目にかかったことはなかったのだ。なかった、よね……?
褐色美少女は上機嫌に近寄ってきて、「およ?」と首を傾げた。
ずいっと鼻先がくっつくほど美貌がすぐ目の前にっ!?
驚く俺をよそに、彼女はちょっと訝るように言った。
「あっれ~? なにコレ? なんでスキルポイントが万単位であるの? しかも【アイテム強化】がランクSだし。あ、もしかして、先を越されちゃったかな?」
最後の言葉はよくわからないが、俺はさらにびっくりした。
まさかこのお姉さん、【鑑定】持ちなのか? そうでなければ説明がつかない。
「もしかしてボクちん、アイテム強化職人になりたいの?」
俺は混乱しながらもうなずいた。
お姉さんは「う~ん」と何やら考えこんでから、にぱっと笑った。
「んじゃ、アレにしよう♪」
すっと両手を伸ばし、俺の頬を優しく支えると、
ぶっちゅ~っ。
唇とっ、唇がっ! 重なって! なんか舌がにゅるりんとぉ!?
めくるめくベロチューが、永遠とも感じられる時間、続いた。
「ぷはっ……ん、ごちそうさま♪」
お、お粗末さまでした……。
俺は頭に血が上り、くらくらとする中、お姉さんの声が反響して聞こえてくる。
「ホントだったら、神竜のアタシが人に恩恵を与えられるのは一回だけなんだけどねー。でも、キミは転生したから、今は別人と言えるよね?」
ぼーとする。意識が、なんか朦朧として……。
「前は失敗しちゃったけど、今回はめっちゃいい人生が送れるといいね♪ コレ、アタシからのプレゼントだよ♪」
何を、言って……?
「んじゃ、忘れちゃおっか。アタシとまた会ったのは、内緒ってことで」
だんだんと、目の前の景色が霞んでいき――
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「――――はっ!?」
俺は目を覚ました。
あれ? なんで俺、小川の側で寝てたんだ?
むくりと体を起こし、記憶をまさぐった。でも――思い出せない。誰かに会ったような気がするけど、誰だかは覚えていなかった。
その夜。
なんとはなしに、スキルポイントはどのくらいかなーとステータスをチェック。
スキルポイントはたいして変化なかったのだが。
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【スキル】
解析:Limited
アイテム強化:S
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はあっ!? えっ? なんで? 解析? いつの間に?
まったく意味がわからず、とりあえずその日は寝たが、次の朝から数日かけて何度確認しても、【解析】スキルがステータスから消えることはなかった。
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属性:火、風、水、土、聖、闇、混沌
HP:10/10(20)
MP: 3/ 3(10)
体力:E-
筋力:E-
知力:E-
魔力:E-
俊敏:E
精神:E-
SP:27,710
【スキル】
解析:Limited
アイテム強化:S
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ちなみにステータスはこんなもん。
5歳当時からほとんど成長していないのは横に置くとして、俺は若干10歳にして、アイテム強化職人に必要なスキルを制覇してしまったのだっ。