47◆ハーフドワーフの鍛冶屋さん
ゼクスハイムの東ブロックは、リィルたちの学校がある区域であり、農業従事者が多く住まうところでもある。
通常、武器や防具、アイテムを作る職人さんたちは、冒険者が集まる南北のブロックか、商取引の多い西ブロックに居を構えるのだが、目的の鍛冶屋さんは東ブロックの城壁近くにお住まいだった。
この辺りからも、変わったお方であることが窺える。
下町っぽい雰囲気の通りへやってきた。
そろそろ陽が落ちる時間帯。農作業の人たちが帰ってくるためか、そこかしこにある酒場やなんかは店を開きつつある。
俺は地図と【解析】スキルを頼りに通りから路地に入った。
二階建てで石造りの家が隙間なく並ぶ中、しばらく進んで、俺は立ち止まる。
「本当に、ここなのか……?」
他の家と変わらぬ建物を見上げてつぶやいた。看板も何もない。ただの家だ。でも住所は間違いないので、俺は入り口の扉を叩いた。
反応がありません!
留守かな? と思いつつ、扉に手をかけてみると、
「開いてるし……」
不用心にもほどがある。ひとまず大声で呼びかけてみた。
「ギネさーん、いませんかー?」
返事がない。留守のようだ。
いないなら仕方がない。が、リィルのお誕生日は待ってくれないので、なるべく早く依頼しておきたかった。何度も足を運ぶには遠いところだし、ご近所さんに在宅してそうな時間を訊いてみるかな。
そう思い、踵を返そうとしたときだ。
ガッシャーン! と家の奥から大きな音が響いた。いや、これ地下かな? さらにさらに。
「だーっ、もうやってらんねー! 飯だ飯! 飯食ってクソしてもう一回だ」
ドスドスッという荒い足音も鳴る。
俺が呆然と入り口で立ち尽くしていたら、おそらく地下からの階段を上ってきた人物が廊下に姿を現した。
でかい。
ガイルさんを超えるほどの大きな人影。二メートル超えてるな。褐色の肌にぼさぼさの栗毛。
そしてぴっちりしたタンクトップを盛り上げる、巨大な胸。
筋骨隆々ながら、正真正銘女性である。
「ギネさん、ですか……?」
俺が呼びかけると、その人はくるりと振り向いて俺をまじまじと見た。
「なんだぁ、テメエ?」
ぎろりとにらみをきかせるおっかない女性。年齢は二十代前半で、よくよく見れば整った顔をしている。でも超怖いよ!
ステータスを見ると、このお方がギネさんで間違いない。
彼女はドワーフ族と人族とのハーフで、ふつうハーフドワーフはドワーフ側の影響を受けて小柄なのだけど、なぜだかめちゃくちゃ育ってしまったらしい。
ギネさんはドスドスと大股で寄ってきて、片目をすがめて俺をじろじろ見る。マジ怖い帰りたい。
「えっと、その、俺はアリトって言います。ギネさんに依頼をしに来たんですが……」
「オレに依頼だぁ?」
ドスの利いた声で言うと、一転してニカッと少年みたいな笑みを作った。
「なんだよ客かよ。最初から言えってんだ。がっはっは!」
厚手の皮手袋をはめた大きな手で、俺の肩をバチンと叩いた。
俺、よろめく。めっちゃ痛い。
「見ねえ顔だな。ずいぶん若えしよ。まあいっか。で、オレに何を作ってほしいんだ?」
ギネさんは皮手袋を取り、ズボンにねじ込んで腕を組んだ。気難しいという感じではないな。豪快すぎるけど。
俺はメモ書きを取り出し、ギネさんに渡す。
「拳闘僧用の攻防一体型グローブなんですけど――」「帰んな」
ギネさんはさらっと読んだだけで俺にメモ書きを押し返してきた。
「え、あの、何か問題がありましたか?」
「今は細けえ仕事する気分じゃねえんだ。大剣なり大盾なりをどっかんどっかん鎚でぶっ叩いてよぉ、わかんだろ?」
「いえまったく」
あれ~? と首をかしげるギネさんは、またも屈託のない笑みになって言った。
「まあ、日が悪いってこった。悪いな。その気んなったらこっちから連絡してやるよ」
話したかぎり、(見た目は怖いけど)悪い人ではない。ただ天才型の職人にありがちな、『その日の気分でやりたい仕事に没頭する』タイプのようだ。
そして残念なことに、今は細かな作業をする気分ではないらしい。
「そこをなんとかお願いできませんか。実はちょっと急いでて」
「つってもなあ。オレ、気分が乗らねえとホントなんもできねえんだよ。納得いくもんが作れねえのも我慢ならねえしな。急ぎってんなら、他を当たってくれや」
「ギネさんでなければダメなんです!」
自尊心をくすぐってみた。
「そ、そうかぁ?」
お、まんざらでもない様子。実際、今から他の職人さんを探すのは時間がかかると思うんだよな。顔の広いガイルさんが真っ先に指名した人だ。むしろこの人以外にはあり得ない、と思う。
「でも無理なもんは無理だ」
く……、ならば!
「どうすればこれを作る気分になりますか?」
素直に訊いてみた。だってわからないんだもん。
「へ?」
ギネさんが素っ頓狂な声を出す。
「オメエ、変なヤツだな。ふつうは怒るか諦めるかして引き下がるもんなんだが……。うーん、気分ねえ……」
根はやっぱりいい人なんだな。腕組みして真剣に考え始めた。
「俺にできることならなんだってします!」
嘘ではない。可愛い妹のためなら、ダンジョンの最下層にだって潜ってみせる。
「うーん、うーん、うーん…………うん、素材だな」
「素材?」
「そいつに合うとびきりの素材を持ってくりゃ、オレの職人魂にも火が点くってもんだ」
「たとえば、神位鋼とかでしょうか?」
ギネさんはがっはっは、と豪快に笑い飛ばす。
「んなモン持ってきやがったら、ケツにぶっ刺してお帰り願うとこだぜ」
メモ書きをひょいと取り上げ、紙面を見ながら言う。
「こいつはガキンちょ用だろ? ちっこいし、あとからサイズ調整できるようにってオーダーだしな。ミスリルってのは軽いし硬えし万能に思えるが、特殊性能を最大限引き出すには、計算しつくされた『形』ってのがあんだよ。あとからちょろちょろ変えるなんて阿呆のするこった」
「となると、どんな素材がいいんでしょうか? 実はミスリルもそうですけど、あまりお高い素材は……」
学生が使うものだし、他から浮いちゃわないものがいいのだ。
「オメエよぉ、そこはこだわろうぜ。オレがこしらえるのは一生モンどころか何世代も使えるんだ。いずれミスリル製のに買い替えるにしても、買値とほとんど変わらねえ値で売れるんだからよ」
すごい自信だ。
でも、言われてみればそうだな。一生物とは言わなくても、リィルが成長期を終えるくらいまで使う武具。周りの目がどうこうより、『本物』、『業物』を今から知っておいてもらいたい。
「けど、あー、ヤベえなこりゃ。気分が乗らねえときにあれこれ考えちまうと、むちゃくちゃスゲえのじゃねえと納得できなくなんだよなあ。てか、そうじゃないモンはもう作れねえ」
「えーっと……?」
あれ、これって良くない流れだったりする?
「よしっ、リヴィア鋼持ってきてくれ」
俺が【強化図鑑】で検索するより先に、ギネさんが恍惚とした表情で解説する。
「オーダーにある【水】と【聖】の属性を持つ鋼材だ。ちっとばかしクセがあるからミスリルにゃだいぶ劣るが、希少性でいやあピカ一だな」
属性はどちらか(できれば【水】のほう)でいいんだけど……。
「でも、細かな加工には適さないんですよね?」
遅れて【強化図鑑】から情報を引っ張ってくる俺。
「お、よく知ってんじゃねえか。だがな、そこはほれ、オレの腕の見せ所ってヤツよ」
これまた大した自信だ。
しかし、である。
「ま、でもありゃあ、とびきりの錬金術師じゃなけりゃ生成できねえ。オレの知る限り、そんなヤツはこの街にゃいねえんだよなあ……」
無理難題を吹っかけたと思ったのか、ギネさんは「すまねえな」と頭をかいた。
ふむ。『とびきり』の錬金術師か。
失礼ながら『並』の錬金術師さんには心当たりがあるんだけど………………うん、ダメ元で聞いてみるかな。ステータス上はそれほど能力が高いとはいえないんだけど、あの人ってやたら物知りな感じだし、もしかしたら作れる同業者を知っているかもしれない。
「ちょっと、相談に行ってきます」
「ん?」
俺はギネさんに別れの挨拶もそこそこに、自宅へとダッシュした――。
実際に用があるのは俺の店のお隣。『並』の錬金術師さんのお店だ。
「クオリスさん、何やってんですか?」
彼女のお店に入ると、いつものロッキングチェアではなく、カウンターにぐでーっと突っ伏していた。俺の声に、のそりと上体を起こす。
「……何も、思いつかぬのだ」
「リィルへの誕生日プレゼントですか?」
こくりと、うなだれるようにうなずくクオリスさん。
「そんなに焦らなくても……あ、でもちょうどよかったかも」
「なにがちょうどよいのだ」
クオリスさんは拗ねたように口をとがらせる。俺は慌てて説明した。
「実は今、『リヴィア鋼』という素材を探していまして。リィルに贈る拳闘僧用グローブを作るのに使いたいんです」
「ほう。リヴィア鋼か」
「それって錬金術師しか作れないそうなんですけど、もしクオリスさんが作れる同業者を知ってるなら、リィルへのプレゼントは――」
「我とそなた、二人の共同プレゼントというわけだな!」
なんかものすごい食いついてきたぞ!?
「ふはははは、我を誰と心得る。久々に腕が鳴るのう。しばし待て。そこを動くなよ」
クオリスさんは作業場に走った。
五分で戻ってくる。
「できた! そら持っていくがよい」
「早っ!?」
人の頭サイズの素材を俺に手渡す。
水晶みたいに薄い青で透明感があった。これ、本当に金属なのだろうか?
「すごいですね。かなり高ランクの錬金術師でしか作れないって聞いたんですけど」
「ん? ああ、えーっと……そう! 以前知り合いから譲り受けたものだ。たまたま持っていたのだ。はっはっは」
そうだったのか。錬金術師繋がりを期待したのは間違っていなかった。あれ? でも『腕が鳴る』とか『できた!』とか言ってたような?
おや? クオリスさんの赤い瞳がいっそう深い色になっていって……。
「深く考えるでない」
「…………はい」
うん、深く考えちゃいけないんだな。了解しました。
そんなわけで――。
陽はとっぷり暮れていたけど、その日のうちにギネさんのところにリヴィア鋼を持っていくと。
「マジか! しかもこの量、三つは作れんぞ」
小躍りするギネさんの瞳が燃えに燃え、
「やる気出た! 他の仕事は全部ほったらかす!」
他の依頼主さんにとても申し訳ないことをしてしまったが、三日後にはプレゼントが愛らしい包装付きで出来上がりました――。