46◆誕生日プレゼントを決めよう
『アリトアイテム強化店』は本日、臨時休業である。
「えー、本日はお日柄もよく……」
商談に使う丸テーブルに手をつき、緊張した面持ちで俺が話を切り出したものの。
「なにをかしこまっておる」
「平日の昼間になんの用なん?」
「お店も閉めちゃってますね」
お集まりいただいたのは、クオリスさん、ダルクさん、セイラさんのお三方だ。
「この面子をこの時間に呼びつけたということは、リィルには聞かせられぬ話か」
さすがはクオリスさん、鋭い。
「実は、もうすぐ――」
「「「もうすぐ?」」」
俺がもったいぶると、三人はごくりと喉を鳴らした。
「リィルの誕生日なのです」
「なんと」
「マジ?」
「それは!」
お三方、ノリノリである。
「というわけで、誕生日パーティーを企画したい、と。皆さまにお集まりいただいた次第です」
わーっと歓声が上がり、拍手も起きる。
「いつもリィルさんには家事全般でお世話になっていますから、素敵なパーティーにしたいですね」
「アタシも和ませてもらってるからなー」
「ふわふわもこもこの尻尾の感触は、実によいものであるからな」
一部セクハラを告白した発言もあるが、今は追及しないことにした。
クオリスさんが俺に尋ねてくる。
「他にも誰か呼ぶのであるか?」
「リィルのお友だちと、もし可能ならその一人のお父さん、あともう一人に声をかけようかと」
我が妹は人見知りが激しいので、知らない人は基本、呼べない。
カタリナちゃんのお父さんであるガイルさんは、たまにあちらのお店についてきていて、リィルも話したことがあった。お友だちの父親だし、ガイルさんはいい人なので、リィルもすぐに打ち解けたのだ。
「ふむ。であれば、この家では手狭であろうな」
「たしかに、ちょっと窮屈かもですね」
「というわけだ、セイラよ。会場の手配は頼むぞ」
「わかりました。伝手を当たってみますね」
セイラさんは教会のお仕事も手伝ったりしていて、この中では一番顔が広い。ちなみに一番狭いのは引きこもりぎみのクオリスさんである。
「よろしくお願いします」
「任せてくださいっ」
ふんすと鼻息も荒いセイラさん頼もしい。
「プレゼントは何がいいでしょうか?」
「アタシ、そういうの考えんの苦手なんだよねー」
「思いつきで取り返しのつかないものあげちゃいますものね」
「セイラちゃん辛辣じゃね?」
二人が盛り上がっている横で、クオリスさんがまたも俺に尋ねてくる。
「アリトは、もうプレゼントを決めておるのか?」
「いえ、実はまだでして……。何かいいものはありますかね?」
「アリトさんからの贈り物なら、なんでも喜びそうではありますけど……」
「それって逆に難しいよね」
お二方は困り顔。クオリスさんは俺の肩をぽんとたたいて微笑んだ。
「なんであれ、贈る相手を想ったものであればよい」
「そうですね。考えてみます。あ、いちおう今回の話は、リィルには内緒なんで、そのへんもよろしくお願いします」
三人は大きくうなずいて、楽しそうに笑った。
お三方と別れ、俺は街の中心部へと向かった。
やってきたのはモンテニオ銀行。俺のメインバンクだ。(他の銀行とは取引してないけど)
受付で名を告げると、奥からぱたぱた足音を鳴らし、ちんまい人が駆けてきた。
「アリト様! 先日はお世話になりました」
小さな体を限界まで折り曲げてお辞儀したのはサマンサさん。
「お仕事中にすみません。実は、ちょっとプライベートなお話が……」
「プライベート、ですか? …………ぇ、あの、ええ!?」
なぜ、そんなに驚いているのだろうか?
「いえあのその、そそそそういったお話は、できましたら仕事の後に、贅沢は言いませんがそこそこ小じゃれたレストランとかで、ですね……」
なぜ、顔を赤らめて身をよじっているのだろうか?
「リィルのことなんですが」
「ですよね! わかってましたよ、ええ、もちろん! 思春期の女の子を抱える保護者のご相談にだって答えちゃいますから!」
なぜ、取り繕うようにまくしたてているのだろうか?
立ち話もなんなので、と。プライベートな話で恐縮しながらも、勧められるまま別室の相談スペースへと案内される。
「もうすぐリィルの誕生日なんです。で、お誕生会をやろうと思うので、サマンサさんもご都合がつけばぜひ、という話なんですけど」
「私なんかが、いいんですか?」
「もちろんですよ。リィルの予備校を選んでくれたりとか、ものすごくお世話になってますし」
「そんな、私なんて……でも嬉しいです。ぜひ、お祝いさせてください」
にぱっと笑うサマンサさんを見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「リィルさんって、何がお好きなんでしょうか?」
「ミルクです」
「ああ、それは何かの折に伺って知ってます……ではなく、プレゼントを何にするかの参考にさせてもらいたくて」
リィルの好みって、はっきりしているようでつかみどころがないんだよな。
わりとなんでも食べるし、人見知りだけど不満を口にすることがない。
「実は、俺も何を贈ろうか悩んでいまして」
ここへの道すがら、いろいろ考えてみたのだが、どうにも決め手にかけるのだ。
「私とアリトさんでは重みも違いますしねえ……」
サマンサさんもうーんと腕を組んで考える。
「職業柄、贈り物といえば実用性を重視してしまうので、私の意見は参考にならないかもしれませんね……」
「実用性……」
「女の子が喜ぶものって、そういうの度外視じゃないですか。私が考えつくのって、そっち系統ばかりなんです」
苦笑いするサマンサさん。でも――。
「実用性、か。うん、そっちから攻めてもいいかもですね」
前に入学祝いに冷蔵庫をプレゼントしたら、とても喜んでくれていた。今も当然、使っている。
「女の子に、ですか?」
「俺が考えつくのもそっちからしかないんで、だったら実用的な物の中から、喜ばれそうなのを選ぶのがいいかなって」
「なるほど。私もそう考えてみることにしますね」
「あんまり高い物とかは……」
招待したのに負担をかけてはリィルも恐縮してしまう。
「そこはご安心を。なにせ私、銀行員ですからっ」
いや、そうじゃなく……まあ、本人が楽しそうだからいいかな。
サマンサさんと別れ、今度は北門へ向けて乗合馬車に飛び乗った。
移動中にあれこれ考えを巡らし、プレゼントの大枠を決める。
『レグナム道具店』を訪れた。ここにはカタリナちゃんのお父さん、ガイルさんがいる。
さっそくお誕生会へお誘いしたのだけど、
「あー、悪いな。その日は仕入れで遠出すんだよ。数日は戻ってこれねえから、カタリナのことはよろしく頼むぜ」
残念ながら用事があるらしい。
ちょっと心苦しいけど、俺はプレゼントの相談をさせてもらうことにした。
「実は、こういう物を贈ろうと考えていまして」
馬車の中で書いたメモを渡す。
「……ガントレット、じゃあねえな。攻撃兼用のグローブか」
「リィルは肉弾戦タイプなので」
今は手を保護する程度のものを使っているが、ここらでガツンと強力な武器に変えてみるのもよいと考えたのだ。
可愛い妹のために大枚をはたく意気込みではあるが、学生の身分で最高級の武具を装備していたら、周りから浮いてしまう。
そこはバランスを考えつつ、俺も作成に関わることで手作り感を醸したかった。最後に強化するだけじゃ、味気ないしね。
「でもよ、この手の武器は作れる奴が限られてくるぜ?」
「そうなんですか?」
「指んとこまでカバーして、しかもサイズ調整がしやすいってなるとなあ」
こぶし部分だけでなく、指の第二関節くらいまで覆うタイプを俺は考えた。指ぬきグローブっぽいやつだ。でも全体的に金属製の素材にして、しかもリィルの成長に合わせてサイズ調整も行えるようにしたい、との希望もメモに記していた。
ガイルさんは【鍛冶】や【アイテム作成】のスキルは持っていない。ただ俺よりも各方面に知り合いの多いガイルさんに、そっち系の職人さんを紹介してもらうつもりだ。
「一人、とびきりの職人を知っちゃいるが……」
「気難しいとか、そんな感じですか?」
「んー、ま、あんちゃんなら大丈夫だろ」
一抹の不安を覚えながらも、俺はその職人さんのお店の場所を教えてもらい、さっそく向かうことにした――。





