45◆けっこういいチームになりそうだ
ジャンボアントが現れた!
ジャンボアントが現れた!
ジャンボアントが現れた!
草原の中、細い街道を歩いていたら、子どもサイズの大きな蟻さんが三匹飛び出してきた。
リィルたち学生三人は臨戦態勢に入る。前衛のカタリナちゃんが前に出て、リィルはすすっと横に開き、エリカは弓に矢をつがえた。
「あの子たちの実力を計るにはちょうどいい相手ね」
俺とバネッサは二十メートルほど後方でその様子を眺めている。
ジャンボアントは危険度D。それほど強くないが、群れで行動するときの連携は抜群だ。個々の実力では大きく勝っている彼女たちだけど、連携次第では苦戦するだろう。
ちなみに俺とバネッサは魔物に認識されにくいよう、『隠密』効果のあるカードを首に提げている。特別野外指導員の認識証にその効果が付与されているのだ。
「い、行きますっ」
カタリナちゃんが気合いを入れる。巨大なハンマーをぐるぐるぐるーと振り回し、魔物の群れに突撃した。
「ひやぁぁぁ~」
なんとも情けない掛け声もあり、ハンマーに振り回されている感がものすごいけど、実際には重心が安定していて、突進スピードも相当なもの。
下手に近づけば吹っ飛ばされる、攻防一体の攻撃だ。
ジャンボアントたちのど真ん中に突っこみ、さっそく一匹を撥ね飛ばした。会心の一撃で相手のHPは0になり、しゅわしゅわと姿を消す。
まずは一匹。
他の二匹は左右に分かれ、互いに距離が開いた。これでは連携も何もない。
右からリィルが素早く一匹に肉薄し、『氷結蹴り』を食らわせる。大きな頭にヒットすると、ぴきんと涼やかな音が鳴って巨大蟻の表面が凍りついた。
そこへ正拳突きを打ちこむと、こちらもHPが0になって消え去る。これで二匹目。
左のもう一匹への対応はエリカだ。
「お覚悟はよろしくて? 『疾風の矢』!」
目にも留まらぬ速さで矢を撃ち放つと、矢に旋風がまとわりついて突き進む。
ジャンボアントがぴょーんと真横に飛んだ。攻撃を察知し、回避行動を取ったのだ。
「甘い、ですわ!」
ところが、直進していた矢が風にでも流されたように軌道を変え、広い側頭部へクリーンヒット。矢は弾かれたものの、HPは半分に減少した。
「ひやぁぁぁ~」
そこへカタリナちゃんがぐるぐるやってきて、どっかーんと叩き飛ばした。最後のジャンボアントもやっつける。
ぽわぽわん、とドロップ音がなり、『甘蜜』の小瓶がドロップした。
戦闘終了。こちらの被害はまったくない、完全勝利と言える。
でも、うーん……どうコメントしたものだろう?
俺が頭の中を整理していると、すぐ横から弾けるような声が轟いた。
「ぜんっっっぜんダメ!」
バネッサの高らかなダメ出しだ。のっしのっしと三人へ近寄る。
「まずはそこのハンマーエルフ」
「ひゃぃ!?」
名指しされ、飛び上がるほどびっくりするカタリナちゃん。
「でかい武器は振り回せばいいってもんじゃないの。戦場を引っ掻き回してどうするのよ? 仲間との連携なんてあったもんじゃないわ。無駄に疲労もするしね」
「れ、れもぉ、あれって見た目ほど、体力は使わないんれすよぉ?」
「すでに目を回してるじゃないの」
がんばって反論したものの、カタリナちゃんの目はぐるぐるしていた。
「今は大丈夫だけど、ジャンボアントは近くに別部隊が待機してることが多いわ。ピンチになったらそいつらを呼ぶし、そのときにすぐ態勢を整えられるの?」
「す、すみません……」
しゅんと縮こまるカタリナちゃんをバネッサは一瞥すると、今度はリィルに矛先を向けた。
「スキルの無駄使い」
一刀両断である。
「ぁぅ……」
「陣形が崩れて孤立した相手に、いきなりスキルをぶっ放す必要はないわ。実力差を考えれば、スキルを使わなくても速やかに対処できたはずでしょう? それをしなかったのはビビってたから。決着を必要以上に急いだのね」
「……う、うん」
リィルも図星を突かれ、しゅんとうな垂れる。
続いてはエリカなわけだが、こちらはすでに覚悟を決めたように直立不動で硬直していた。
「あんた、リーダーよね?」
「は、はいっ」
「後衛は全体も見渡せる。どうして指示をしないの? 今の戦闘、あらかじめ手順を決めてたのかしら?」
「そ、その……校内のパーティー戦では、だいたい今のような感じでしたので……」
「はあ? 外じゃどんな魔物がいつ出てくるかわからないのよ? 画一的な連携でどうにかなるとでも思ってるの?」
「それは……ですが、予備校のころからずっと三人でやってきましたので、それぞれの特徴はよくわかっていると言いますか……」
「はあ? 冒険者になってもいないひよっこ未満のあんたらが、阿吽の呼吸とかアイコンタクトで連携が取れるとでも? 十年早いわ」
「ぅ、ぅぅ……」
「泣かない! 上を向く!」
「「「ひぃ……」」」
いかん。むちゃくちゃ居心地が悪いぞ。俺まで怒られている気になってきた。
でもこれ、いちおう学校側からの指示でもあるんだよな。
初の野外実習では、生徒たちに実戦の厳しさを教えるのが主たる目的だ。
苦戦したなら手を貸してやり、『それみたことか、実戦を舐めるな』と叱りつける。
仮に完勝した場合でも、粗を探して厳しく指導する。
特別野外指導員は基本、嫌われ役を買って出て、冒険者稼業がいかに大変かを身に染みこませるのが役割だった。
「ほら、あんたも何か言ってやんなさいよ」
小声で突っつかれる。
でも俺が気になった部分は全部言われちゃったんだよなあ。
俺、実戦経験はあまりないし弱かったけど、荷物持ちやなんかで冒険者パーティーにくっついて、その戦いを何千、何万と見てきた。
だからなんとなく、『こんなときはこうしよう』とか『こういうのはやっちゃダメ』みたいなのがわかるのだ。
まさか現役バリバリのSランク冒険者と意見が一致するとは思わなかったけど。
で、その経験から、泣くのを懸命に我慢している三人を眺め、俺の口から出たのは。
「よくやった、と思う。三人での実戦が初めてということを考慮しなくても、合格点だ」
ぽかんとする三人。
バネッサは呆れたような目で俺を睨む。何か言いたげな彼女を手で制し、俺は続ける。
「とはいえ、バネッサの指摘はもっともだ。それを踏まえたうえで、今の戦いはどうすべきだったか……エリカ」
「は、はい。ええっと……」
「周囲に魔物はいない。ゆっくり考えて答えればいい」
エリカはちらりとバネッサを見たが、何も言わないので考えに没頭した。リィルやカタリナちゃんもそれぞれ考え始めたようだ。
やがてエリカが口を開く。
「まず、わたくしが矢による通常攻撃で、魔物たちの分断を計ります。一匹が孤立したところで、カタリナとリィルさんが二人してそれに対処。わたくしはその間、残りの二匹を牽制します。そうして各個撃破を目指しますわ」
「メインはカタリナちゃんで、リィルはサポートするのがいいよね?」とリィルも遠慮がちに割って入る。
「そうですね。エリカさまがピンチになったら、素早いリィルちゃんでないと対応できませんし。双方に気を配るのは大変かもしれないですけど……」とカタリナちゃん。
「そこはがんばるっ」
議論に熱が入ったところで水を差すようであれだが、俺はここで口を挟んだ。
「速攻でない以上、仲間を呼ばれる可能性が高いが?」
答えたのはエリカ。
「ジャンボアントは一度に二、三匹しか仲間を呼びませんから、方針はそのままで対応は可能かと思います。十匹以上の連戦になりそうなら、撤退を視野にいれるべきでしょうけれど」
「ああ、それでいい。と俺は思うが、お前はどうだ?」
バネッサに意見を求めると、むくれ顔ながら「いいんじゃない?」と答えた。
「でも実践できるかは未知数ね。次に同じ場面になったら試しましょう」
「「「はいっ」」」
元気よく返事をした三人は、まだ話し足りなかったのか、細かな連係動作を確認するため議論を再開した。
その様子を眺めていたら、バネッサがぼそりとつぶやく。
「なんか、あたしだけ憎まれ役じゃないの。おいしいとこ全部持っていかれた気分」
口をとがらせる彼女に、(兜で顔は見えないが)苦笑いする俺。
「そうでもないさ」
小声で告げると、ちょうどエリカたちが寄ってきた。
「あの、魔法を撃つタイミングについてなのですけど――」
「このハンマーで小回りを利かせた攻撃方法を――」
「回復している間って――」
俺ではなく、バネッサへ矢継ぎ早に質問する。
厳しく叱責されたからといって、不満を溜めてふてくされるようでは冒険者として成功しない。この幼い冒険者の卵たちは、そんな卑屈な者たちではないのだ。
「な、ちょ、一度に言われても答えられないわよ」
そしてひとつひとつ丁寧に答えるバネッサの愛情は、確実に少女たちに伝わっている。
「だろ?」
「はいはい、そういうことにしておくわ」
頬を赤らめるバネッサを見て、俺とバネッサも指導員としてよいチームになれるかも、と思うのでした――。