44◆リィルたちを引率するよ
「アリトお兄ちゃん、リィルたちの特別野外指導員になってくれないかな?」
夕食時、唐突にリィルが言った。
「特別野外指導員?」
「うん、あのね。学校で今度、野外実習があるんだけど――」
リィルが通う冒険者学校では、ときどき街の外へ出かけての実習があるそうな。少人数のパーティーを組み、魔物と戦ったり薬草などの素材を集めたり、いずれ冒険者として生計を立てるうえで必要な訓練を実地で行うのだとか。
まだ入学したてのリィルたちにも、最初の野外実習が今週末に行われるらしい。
で、その野外実習には、経験豊富な冒険者が特別野外指導員というかたちで補助に入る。危険が伴うため、学校側が引率をお願いするのだ。
通常は学校が冒険者ギルドへ依頼して雇い、ギルド側も冒険者を育成するためいくらか協力する。冒険者側の依頼料もそれほど高くない、いわばボランティア的な位置づけだ。
将来のライバルになり得るとの考えよりも、一緒に力を合わせて切磋琢磨する同業者、という意味合いが強いため、依頼を受ける冒険者も多い(本人たちも学生時代お世話になったのもあるだろう)。
「でも俺、冒険者ギルドには登録してないぞ?」
疑問に答えたのはセイラさんだ。
「ボランティア的な性質が強いこともあり、相応の実力者であれば問題ありません。家族や知人、引退してもBランク相当の方なら安心ですからね。学生が指導員を指名すると、そのパーティーに優先的に配されます」
「最初はね、カタリナちゃんのお父さんにお願いしようと思ってたの。でもお仕事が忙しくて無理なんだって」
カタリナちゃんのお父さんは、道具屋に努める元冒険者のガイルさん。俺もお世話になっている。
「リィルもカタリナちゃんも、その……知らない人はやだなあって」
ああ、二人とも人見知りだもんな。
「でも、俺がやるとしたら『謎の黒騎士』バージョンだろ? カタリナちゃんは怖がるんじゃないか?」
「お兄ちゃんのお友だちって言えば大丈夫だよ」
ふむ。俺と『謎の黒騎士』に接点があるのは秘密にしているが、実のところ最近は『何か関係があるんじゃ?』と疑われてもいる。
こうなったら隠すよりも堂々としていたほうが、逆に同一人物とは疑われないと考え始めていたところだ。
なので、その点については問題ない。
だが、しかし。
「リィルたちの命を預かるんだよな。俺、ちゃんとできるかな……?」
実習する場所は強くて危険度D程度の魔物しかいないそうだが、やっぱり不安だ。
「ダイジョブだよ」とダルクさん。
「指導員は二人付くからねー。最悪、そっちに押し付けちゃえばいいんじゃん?」
「それはそれで人としてどうなんでしょう?」
「参加する冒険者は気分転換がてらに楽しんでやってるからね。後輩にいいとこ見せたいってのもあるし。あ、アタシもやるよ」
「ダルクさんもですか?」
「そ。まあ、アタシはギルド経由で依頼受けちゃったから、リィルちゃんたちのパーティーを担当するかはわかんないけど」
「わたくしも救護係で参加します。後方支援なので、パーティーにくっついては行きませんけれど」
ふむ。二人も参加するのか。それは心強いな。
「じゃあ、やってみようかな。必要なアイテムは全部持っていくぞ!」
気合を入れたところで、ぼそりとしたつぶやきが聞こえてきた。
「我もギルド登録しておけばよかったなあ……」
そんなこんなで、実習当日がやってきた。
街の南門の外側に、若い(というか幼い)学生たちが50人ほど集まっていた。そこから三、四人のパーティーに分かれ、各パーティーの引率をする特別野外指導員が二人付くのだが。
「まさかこんなとこで会うとはね、黒騎士さん」
さらさらな金髪をかきあげ、巨大な斧槍を肩に担ぐ美少女。小柄で見た目ロリっ子ながら実年齢19歳のSランク冒険者、バネッサだ。
どうやら、俺と一緒にリィルたちのパーティーを引率するらしい。
「……お前こそ、こういうものに参加するとは意外だな」
俺は『謎の黒騎士』モードで威厳ある風に応じる。
「あら、あたしはこの学校の出身だもの。可愛い後輩をいび――指導するのは当然の義務だわ」
「今、『いびる』と言いかけなかったか?」
「ままままさかあ! それにほら、将来あたしたちのパーティーに入ってくれる逸材がいるかもしれないじゃない? そういうのには今のうちからチェックしておかないとね」
この女の魔の手から絶対にリィルたちを守ってやる、と決意する俺。
と、遠くから若い男の雄叫びが響いた。
「諸君! 絶望と苦痛にまみれた冒険者ライフへようこそ! だが安心してほしい。その痛みも苦しみも、いずれ快楽となって君たちを迎えてくれるだろう」
ああ、ドMイケメンのラスティン(バネッサのお兄さん)も来ていたのか。
「うるさい豚ね。あとでお仕置きしてあげなくちゃ」
喜ぶだけだぞ、とは言わないでおいた。というか、頬を紅潮させてぞくぞくしてるっぽいお前も大概だな。
嫌々ながら俺はバネッサと連れ立ってリィルたちのパーティーと合流する。
「おに――じゃなかった、えーっと、ベリルさん? よろしくお願いします!」とリィルが元気よく挨拶する。
カタリナちゃんは巨大なハンマーを手にモジモジしていたが、俺が「よろしく」と低い声で応じると、何やらハッとしたように俺をまじまじと見て、「よ、よろしく、お願いします……」と頭を下げた。
人見知りの彼女を怖がらせやしないかと心配だったが、杞憂に終わったようだ。
カタリナちゃんも学校に入って成長したんだな。ガイルさん(彼女のお父さん)も喜んでいることだろう。
で、パーティーにはもう一人いて。
「まさかバネッサお姉さまに引率していただけるなんて! そしてこちらのお方は名高き孤高の狩人『謎の黒い騎士』さまですわね。本当にリィルさんのお知り合いだったなんて、ああ、わたくし……ああ……」
螺旋を描いた金髪エルフ、エリカがのぼせたようにふらついた。手には弓を持っている。エルフの得意武器だ。
「エリカちゃんってね、『迷宮の使徒』さんやベリルさんのファンなんだって」
リィルは俺に話しかけたのだが、バネッサが言葉を拾う。
「へえ、あたしのパーティーのファンなの? 嬉しいわね」
「はい! いずれお姉さまと肩を並べて冒険できるよう、日々精進いたしますわ」
ふだんはつっけんどんな感じなのに、今は恋する乙女のように瞳をキラキラさせるエリカだったが。
「はっはっは! いいかい諸君、HPは一桁になってからが本番だ。死と隣り合わせで踊る至高の快感を味わえるぞ!」
「……あんなのもいるけど?」
「あ、アレはちょっと……」
ドMで変態な兄を持つと大変だな。俺もラスティンを反面教師として、立派な兄にならねば。
自己紹介を終え、俺たちはさっそく目的の場所まで移動を開始した。
バネッサとエリカが仲睦まじく談笑しながら先頭を行き、俺とリィルが歩いていたら、すっとカタリナちゃんが俺の横に並んだ。
なんだろう? と顔を向けると、カタリナちゃんは上目に俺を窺い、ちょっと頬を朱に染めて。
「……あの、アリトお兄さん、ですよね?」
………………なぜバレたし!?
混乱する俺の心の声を聞きつけたのではなかろうが、彼女は理由を説明する。
「声が、そっくりでしたから」
「そ、そう、なの……?」
低めにして口調も変えてるし、兜越しだからくぐもって聞こえると思うんだけどなあ。
「お兄さんって軟音の響きが心地いいと言いますか特徴的で、声帯の震わせ方が柔らかで甘いんですよね。だから、ピンときました」
ドヤ顔はとても可愛らしいのだけど、恐ろしい子だな。俺、ここに来てから『よろしく』のひと言しかしゃべってないんだけど……。
【解析】で見る限りそれっぽいスキルは持ってないみたいだし、極度の人見知りゆえの特殊技能だろうか? 知り合いの声を瞬時に聞き分ける的な。
だがまあ、誤魔化せる状況ではないらしいので、俺は素直に認めつつ。
「このことは秘密にしておいてほしい」
「秘密……ですか。秘密、お兄さんと、うふふふふ……」
なんで嬉しそうなのかはわからないけど、バレたのが素直で優しいカタリナちゃんでよかったな、と思うことにした――。





