42◆高級食材をみんなでいただこう
ギルラム洞窟で『脱兎の尻尾』はひとつゲットできた。
その夜、ついでに手に入れた『高級ジャンボ兎肉』を美味しくいただこうと調理を開始したわけだが。
「お、お兄ちゃん、大変!」
「リィル、どうした?」
「お肉を切ろうと思って包丁を入れたら、すぅって! すぅぅぅって! ゼリーを切ってるみたいに手ごたえがないよっ」
「マジか……。たしかに柔らかそうな肉だと思ったけど、それほどとは……」
多少誇張はあるにしても、そこらの包丁を強化して切れ味鋭くなっているとしても、さすが『超高級』なだけはある。
『高級ジャンボ兎肉』は強化用スロットが二つあるレア食材で、それに【火】と【聖】で強化したところ、『超高級滋養強壮ジャンボ兎肉』という素敵食材に進化したのだ。
「わっ、アリトさん。こっちもすごいですよ」
鍋の前に立っていたセイラさんが感嘆の声を漏らす。
スープの味見をしたらしい。
兎肉には骨もくっついていたので、それを煮込んで出汁を取っていたのだ。
「臭みがなさそうでしたから、香草はほとんど入れなかったのですけど、これ、本当にすごいです」
小皿にスープをすくい、俺に差し出す。
口に含む。びっくりした。
「な、なんだ、これ……?」
芳醇でこってり重みのある深い味わい。続けてほんのりとした甘みが口の中に広がる。
それでいて香草のさわやかさが鼻から抜けていき、飲み下したあとも幸せなぬくもりが残り続けていた。
セイラさんの味付けが絶妙なのもあるだろうけど、素材の質がむちゃくちゃ高いのが最大の要因だろう。
リィルにも俺が小皿を口に運んで飲ませると、しばらく絶句して立ち尽くしていた。
「リィル、これだけ飲んで暮らしていけるよ」
「そこまでか……」
「まだ完成してないのですけど……」
セイラさんは苦笑い。
リィルが切って下ごしらえした兎肉を別の鍋に入れて炒めた。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
焼き色が付いた肉を取り出し、野菜やキノコをさっと炒める。肉を戻し、さっきのスープを注いでコトコト煮込み始める。
「お兄ちゃん、リィルもう我慢できないよ」
肉の塊を見つめる彼女の瞳には肉食獣のごとき輝きが放たれている。
「生の肉は食べちゃダメだよ?」
「これもう生で食べてもいいんじゃないかな?」
「焼くの! ステーキだから。そっちのがもっと美味しいから!」
美食は人を狂わせるのか。
セイラさんは大丈夫そうなので、俺はリィル(が暴走しないよう)に付きっきりで手伝った。
そうして、こうして。
「「できたーっ!」」
「こちらもできました」
最高級の兎肉のステーキと、野菜たっぷりの兎肉スープ。北門近くにある名店のふんわりパンも買ってきたのでテーブルに並べる。
そこには例によってクオリスさんとダルクさんが待ち構えていた。
「匂いを嗅ぐだけで食欲が抑えられぬな」
「めっちゃ美味しそー♪」
「たくさんありますからね♪」とセイラさんが給仕する。
みんなが席に着き、元気よくいただきますをしてから、一心不乱に貪り食った。上品に食べているのはセイラさん一人だ。ダルクさんとリィルの勢いがすごいな。まあ、美味いから仕方がない。
「いかんな。杯に手を伸ばすのを忘れてしまっていた。むぐっ、ぷはあ。うむ、上等な酒にもよく合う」
今日は酔っぱらわないでほしいな。
「このお肉ってさー、ギルラムでドロップしたんでしょ?」
「第七階層にいる『エスケープバニー』って魔物です」
「あー、あれね。すばしっこいから無視してたけど、次からは絶対逃がさないよ」
目が怖いよダルクさん。
「あ、そういえば」
ちょうど話題がギルラム洞窟になったことだし、気になったことを訊いてみるか。
「第七階層に『ランダムホール』があったんですけど――」
それに引っかかってしまった話をする。
「マジで? 一気に十九階層まで落とされたん?」
「ふつうはひとつか二つ下ですよね?」とはセイラさん。
「あー、でもさー。あそこのってなんか、ふつうじゃないんだよね」
ダルクさんは兎肉を頬張り、もぐもぐごっくんとして。
「なんてーの? 良心的って言うかさー、引っかかった相手を見定めて、どのくらい下に落とすか決めてるっぽいよ?」
「相手を、見定める?」
「そ。引っかかったのが弱ければひとつだけだし、強そうなら二つ三つ下に落とすって感じかな」
どうやら通常の『ランダムホール』は相手によらず、それこそ不規則に落っことすものらしい。
そう聞くと、たしかに良心的には思えるが。
「なんで俺だけあんな下にまで?」
俺は素のステータスが駆け出し以下。
魔鎧の効果で多少強くはなっていても、Sランクには程遠いはず。いや、仮にSランクだったとしても、十数階層下に落とされるのは理不尽すぎる。
「そりゃあ、アレだよ。キミが着てる『ベリアルの魔鎧』のせいじゃん?」
「いや、でもあれを着てても、俺はちょっと強くなるだけですよ?」
「んー、ちょっち説明は難しいんだけど、強さ以外の特殊な要因のせいで、かなーり下まで落とされるみたいなんだよねー」
その口ぶりからは、俺と同じような人が他にもいたと窺える。
「あの鎧ってさ、魔神が着てたやつなの。だから神性を宿してるってわけ。で、あのトラップはそのへんに反応しちゃって、深ーいとこまで連れてってくれちゃったの。たぶんだけど、気を利かしてくれたんだろうね。こっちにとっちゃ迷惑だけどさ」
さも自分が被害にあったかのように困った顔をするダルクさん。
「ま、神性を宿した装備品なんて、キミのあれ以外はないんじゃない? だから心配しなくても大丈夫だよ」
俺の心情を見透かしたように、にぱっと笑った。
そういう事情なら、わざわざ冒険者ギルドに報告しなくてもいいかな。俺と『謎の黒騎士』の関係は伏せておきたいし。
「落ちる階層って決まってるんですかね?」
「そうなんじゃん? 毎回一緒のとこに落ちるよ。あ、階層のどの場所かってのはランダムだけどね」
まるで経験者のように語るダルクさん。たぶん、何度か引っかかったんだろうな。
あえては言わず、俺は兎肉を頬張る。
毎回同じ階層に落ちるなら、むしろそれを利用するのも手だろう。
第十九階層に出現する『あなぐらグール』。
そいつらからドロップする『怨念の鈴』。
そしてそのアイテムを強化してできる、帰還用アイテム『郷愁の鈴』。
あれをたくさん手に入れて、大儲けできるんじゃなかろうか、と内心でほくそ笑む俺でした――。