41◆落っこちてもタダでは起きない
ギルラム洞窟、第七階層。
幅広の道で、俺は一匹の魔物と対峙していた。
成人サイズの大きな白ウサギ。
二足歩行で両手を広げ、キシャーッ、と牙を剥いて威嚇してやがる。
今回の目標である、『エスケープバニー』だ。
俺はいっさいの躊躇なく、正面から斬りかかった。
だが、俺の斬撃は空を斬る。
エスケープバニーはノーモーションで後ろへ飛びのき、さらに軽快なステップで俺を翻弄。第二撃を許さない。壁や天井をも駆使してぴょんぴょん跳ねつつ、
「また逃げられた!」
姿を消してしまった。
エスケープバニー自体は、この階層、この辺りではよく見かける。
しかも逃げてばかりではなく、まずは俺の力量を測り、危険と判断したらすたこら逃げていく、という行動パターンらしいのだ。
遠くからの攻撃は軽々と避けられる。というか、危険を察知して事前に姿を消すことが多い。
かといって最大速度を発揮して近寄っても、さっきみたいに避けられて逃げられる。
「む? そうか」
ひとつの案をひらめいた。ちょっと危険だが、やる価値はありそうだ。
剣を両手でしっかりと握り、『ベリアルの魔鎧』の強化を抑えめにする。いきなり体が重くなり、ふらつくのをどうにか耐えた。
エスケープバニーはとても警戒心が強く、格上どころか力量が同程度でも逃げてしまう。
だから、こうして俺自身を弱く見せていれば、連中は警戒を解いて襲ってくると考えたのだ。
しばらく重い体を引きずりながら歩いていると。
ばったりと白ウサギに出くわした。
じっと俺を見るウサちゃん。くわっと牙を剥いたかと思うと、ものすごい速さで突進してきた!?
こいつ、自分より弱い敵には強気すぎるぞ。
俺は逸る気持ちと恐怖心を抑えこみ、タイミングを計る。
奴が振り下ろしたウサギパンチを鎧の重みを利用して屈んで避けると、即座に鎧と剣を強化して。
ズバシュ!
下から斬り上げ、相手のHPを半分にまで減らす。
ウサギ、一転して逃げの態勢に入った。
しかし俺は逃してなるものかと、剣を強化して付与した特殊効果で追撃を加える。
クリーンヒット。
相手のHPは0になり、ついにエスケープバニーを倒すことに成功した。
ぽわわん、と魔物の体が光を帯びる。しかし虹色ではなく、金色の光だ。魔物が消滅し、残ったのは大きな肉の塊だった。
「『高級ジャンボ兎肉』……? まあ、レアアイテムではあるんだけど」
お肉が大好きなリィルにはいいお土産になったかな?
それに、戦術自体は間違っていないことがわかったし、これからバンバン狩っていこう。
「と、意気込んだものの……」
最初の一回はラッキーな面があったらしく、なかなか上手くいかない。
以降、四戦して倒せたのは一回だけ。ドロップアイテムは同じく『高級ジャンボ兎肉』。
あまり遅くなると夕飯に間に合わなくなるし、早くひとつでも『脱兎の尻尾』をゲットしなくては。
今度こそ、と攻撃を受ける覚悟で臨んだ六戦目。
ぽわわん。
「おおっ!」
渾身の一撃で吹っ飛ばしたエスケープバニーの体が、虹色に光った。
落ちたのは真っ白でふわふわの丸い尻尾。
『脱兎の尻尾』だ。
俺は喜び勇んでドロップアイテムを拾いに駆ける。
手を伸ばせば届く距離。そこまで近づいたところで。
「ほわっ!?」
足元の地面が、消えた? 落とし穴? と気づいたときには遅かった。
「ああああぁぁぁああぁあ――」
必死に何かをつかんだものの、自重を支えることはできず。
俺はすとーんと落っこちた――。
長い、とても長い滑り台を途中から滑っていた。
「――ぁぁああああぁぁあああ……あ?」
しゅるんと滑り落ちた先は、今までと同じような洞窟内。
HPは減っておらず、ソフトランディングでたどり着けた模様。
半ば放心しつつ我が手を見やれば、白い綿毛の尻尾を握っていた。
「これを回収できたのはよかった」
独り言ち、ひとまず状況を確認する。【解析】スキルを発動し、ここがどこかを把握してみると。
「十九階層……ですと?」
七階層から一気に落ちたな。てかこれ、どうやって帰れば?
振り向けば、俺が出てきた穴が――ない!?
どうやら『ランダムホール』に引っかかってしまったらしい。
ダンジョンにはいくつもの罠が仕掛けられている。
天井から刃物が落ちてきたり、密室に大量の水が注がれたり、広義には『くじ引きルーム』もダンジョントラップの一種と考えられていた。
で、『ランダムホール』はいわゆる落とし穴。場所が固定されておらず、不規則に現れる厄介なトラップだ。
が、俺は【解析】スキルを持っているので、基本、この手のトラップには引っかからない。周囲を確認しつつ先に進んでいたなら、すぐに気がついただろう。
ところが、目的のアイテムがドロップしたので油断した結果、この体たらくである。
「ど、どうしよう?」
ダンジョンにおいて、行きと帰りでは難易度がかなり違う。行きは階層ボスを突破する必要があり、帰りはそれがない。だから帰りはかなり楽なのだけど、さすがに十九階層からだと辛いな。
最深の転移門は第六階層だから、十三階層も登らなくちゃいけないのか。
『自動回復薬』と『MP回復薬』はたくさん持ってきている。念のためだったのが役立ちそうだ。
時間はかかるけど、【解析】で危険を極力回避して進めば、命を落とすことはないだろう。
前向きになったところで、帰り道を探して移動を始めた。
でも、妙だな。
『ランダムホール』はせいぜい一階層か二階層下へ落っことすトラップだ。
なんでいきなり十三階層も?
今回、俺はどうにか無事に帰れそうだけど、他の人なら絶望的な状況だ。数階層下に落ちたと誤解したままでは、ペース配分が大きく狂って致命的になる。
今までに俺と同じ状況になった冒険者はいるのかな?
帰ったらリオネルさんに確認して、いちおう報告しておかなくては。『謎の黒騎士』ベリルであることは隠さなくちゃいけないから説明が面倒だけど。
しばらく歩いていると、行く手に開けた場所があった。まだ【解析】段階だけど、どうやら魔物が数体いるようだ。
戦闘を避けて迂回すると時間がかかるな。
俺はこっそり近づいて、ひょいと中を覗いてみた。
いるいる。腐った感じの亡者どもが五体。『あなぐらグール』だ。見た目は鈍重そうだが、危険度はAの強敵だった。
でも、火に弱い特性がある。
『鋼の剣』を『煉獄の鋼剣』にし、その特殊効果『火炎一閃』を使えば、苦もなく一掃できそうだ。
せっかくだし、倒してドロップアイテムをゲットしておくか。
軽い気持ちで俺は突撃し、わらわらと集まって来るところを炎のカウンターを食らわせた。
呆気なく燃えて倒される魔物たち。
ぽわぽわぽわわん、とドロップアイテムも大量だ。
小瓶がいくつか。『麻痺毒』らしい。これ、強化すると『MP回復薬』になるんだよな。ラッキー。
で、ドロップアイテムの中に、ひとつだけどす黒い鈴があった。虹色ドロップアイテムだ。
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名称:怨念の鈴
属性:闇
S1:◇◇◇◇◇
S2:◇◇◇◇◇
S3:◇◇◇◇◇
HP:120/120
性能:B-
強度:D+
魔効:B
【特殊】
腐敗の呪い++
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ほう。けっこう強力だな。
拾っている間にも、あなぐらグールが近づいているのを【解析】で知り、俺はドロップアイテムをかき集めて先へと進む。
移動中、気になって『怨念の鈴』をいろいろ強化していたところ。
「なんだこれ?」
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名称:郷愁の鈴
属性:聖
S1:◆◆◆◆◆(聖)
S2:◆◆◆◆◆(聖)
S3:◆◆◆◆◆(混沌)
HP:170/170
性能:B+
強度:C
魔効:A
【特殊】
転移(拠点)
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特殊効果『転移(拠点)』を詳しく調べてみれば、なんと拠点へ転移してくれる効果だった。しかも転移元の場所に制限はない。どこからだろうが、一瞬にして自分が拠点と認識している場所へ転移できるのだ。
使ってみた。
ばひゅんっ。
景色が一変。
なんと俺の部屋ではないか。手にした鈴は使用一回限定なので壊れてしまったが、むちゃくちゃ便利だぞ、これ!
『エスケープ・ボール』を集めに行って、まさかこれほど有用なアイテムを見つけてしまうとは。
たまにはトラップに嵌まってみるもんだなあ、と不謹慎なことを思う俺でした。