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ドラゴンに三度轢かれた俺の転生職人ライフ  作者: すみもりさい
第二章:順風なる職人ライフ

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39◆ダンジョン攻略で大切なこと


 開店直後に、お客さんが訪れるのは稀である。

 強化を依頼しに来るのはたいてい昼を過ぎてから夕方にかけて。冒険者はひと仕事終えたタイミングでやってくる。

 朝は前日依頼した武具やアイテムを引き取りに来るのが主だ。そのままダンジョンなりへ向かうためだろう。

 ただし、俺はたいていその日のうちに強化を終えて依頼品を引き渡すので、朝は日々のノルマをこなすために時間を使うのが常だった。

 

 その意味で、今朝はかなり稀だと思う。

 店を開いてから三十分と経たないころに、二人も来店しているのだから。

 

 そしてそのお二方も、普段はここに来ないような変わった人たちだった。

 

 一人はシルクハットに燕尾服を着た中年の紳士だ。ちょび髭を生やし、片眼鏡をかけている。

 もう一人はスーツを着た若者で、ちょっとおでこが広く、眠そうな目をしていた。

 

 明らかに冒険者風ではない。

 

 そんな彼らは一緒に店に入ってきて、しばらく店内を物色していた。

 とはいえ、棚にはさほど商品を並べていない。

 中年紳士は『自動回復薬オートポーション』を手に取り、ふむふむとうなずいて、スーツの若者にぼそぼそつぶやく。

 若者のほうは、「へえ」やら「ほお」やら気のない返事をしているだけ。退屈そうだ。

 

 俺は声をかけるタイミングを完全に失い、カウンターにへばりついて彼らを眺めていた。

 

 と、シルクハットの紳士と目が合った。

 

「失礼。店主を呼んではもらえないかね?」


「へ? あ、店主は俺、いえ私ですけど……」


「ほう、君が……」


 紳士は一度目を見開いてから、柔らかに目を細めた。


 なんか、わざとらしいな。

 この人は【鑑定】スキルのランクAを持っている。人を鑑定できるから、俺が(一部は偽装して隠しているけど)、アイテム強化に必要なスキルや属性を持っているのは知っているはずだ。

 それ以外にも高ランクの職人系スキルを持っている。ステータスは並だけど、魔力は高いな。

 何者だ?

 

 紳士に並び、もう一人も俺に声をかけてくる。

 

「ずいぶん若いねえ。悪いけど、店番かと思ったよ」


 この人も一角の人物であるのが見て取れる。

 事務系や営業でもしそうなスーツ姿だけど、ステータスがべらぼうに高い。戦闘や補助系のスキルや魔法も充実していた。

 ぶっちゃけSランク冒険者クラスだ。


「あの、俺に何か用があるんですか?」


 警戒を露わに尋ねると、二人はキョトンとした。

 

「ここは君のお店で、我々は客だ」

「ビジネスの話以外に、何があるのかねえ?」


 だったら早く言ってよと、俺は内心でこぼしつつ、二人を商談テーブルに着くよう促した――。 

 

 

 

 お茶を用意して彼らの対面に座ると、ようやく自己紹介してくれた。

 

「私はオレマン・シュナイダー。アイテム商店組合(ギルド)の代表を務めている。初めまして」


「僕はリオネル・ダーツだ。冒険者ギルドのギルマスをやっている。よろしくー」


 俺はしばし固まった。

 なんでこんな大物が二人して俺の店なんかに!?

 

 はっ! もしかしてアイテム商店ギルドへの届け出に不備があったとか? 税金の申告とかはちゃんとやっているはずだけど、なにせ慣れない作業だから、払い忘れがあったのかも。

 まさか! 『謎の黒騎士』の正体が俺だと気づき、問いただしにきたのか? ギルドへの登録が義務ではないとはいえ、好き勝手にやってるから知らずに問題を起こしていたのかもしれない。それで冒険者ギルドのギルドマスターも一緒に……。

 

「俺なにか悪いことしましたか!?」


 自覚がないだけに不安でパニックになる。

 

「アリト君、だったね。そう動揺しないでくれたまえ」

「ビジネスの話をしに来たと言ったろう?」


「へ?」


 シルクハットの紳士――オレマンさんがにこやかに言う。

 

「君が手掛けたアイテムは実に素晴らしい。おかげでアイテム商店の売り上げが右肩上がりでね。ギルラム洞窟の発見である程度は伸びると踏んでいたが、前年比で想定以上だよ」


「助かっているのは商店だけじゃないぞ? 特に『自動回復薬』は駆け出しの冒険者の生存率に大きく寄与している。『魅惑のコースター』はさまざまな場面で使えるから、依頼達成率の向上にもつながっているのさ」


「は、はあ……」


 べた褒めされて背中がむずむずする。

 

「ところでアリト君、『自動回復薬』は君が強化しているのかね? あれはどうしても他店で開発できず、できれば強化方法レシピを公開してほしいのだが」


「へ? いや、あれは……」


 人では絶対に持ち得ない【混沌】属性を付与しなくちゃならないから、真似できるものではない。さらに言えばレシピを公開もできない。

 

「ちょっとした伝手で仕入れていまして。その人との約束で詳しくはお話しできないんです」


 嘘をつくのは心が痛むが、今は許してほしい。でもこれ以上の追及は困るな。


「おいおいオレマンの旦那。今日はそっちの話をしに来たんじゃないだろう?」


「ああ、そうだったね。これは失礼した」


 ふう、助かった。リオネルさん、ありがとう。

 ほっとしたものの、オレマンさんがまじめな顔になって鋭い視線を突き刺してきて、俺は背筋を伸ばした。

 

「さてアリト君、君にひとつ、尋ねたいことがある」


「は、はい、なんでしょうか……?」


 ごくりと生唾を飲みこむ。

 質問はオレマンさんではなく、リオネルさんがする。

 

「君は、ダンジョンの攻略でもっとも重要視されることは、なんだと思う?」


 予想外の質問に、俺は黙りこむ。

 二人はお茶に手をつけ、ゆっくり回答を待ってくれるようだ。

 

 ダンジョンの攻略で、もっとも重要なこと?

 

 現状、ギルラム洞窟が発見され、冒険者がこぞって攻略中。

 大規模なダンジョンは単一のパーティーで挑むには時間がかかりすぎるから、複数のパーティーが協力し、分業して、地図を作ったり階層ボスの倒し方を探ったりしている。

 

 だからチームワークはとても重要だ。

 個々の冒険者の実力も高くなければならないだろう。

 階層が深くなれば補給にも気を遣う必要がある。

 強力な武具や便利なアイテムがあれば、難易度は低くなる。

 

 どれもが必要で、重要ではあるけれど、俺の中にある答えは、そのどれでもなかった。

 俺が三度の人生で冒険者を続け、常に胸に抱いていた真理。

 

 

「生きて、帰ってくることです」



 組織という観点で見れば、一人二人が欠けたところで影響はさほどないだろう。

 でも個人の観点からすれば、死んだら何もかもお終いなのだ。

 

「お見事!」

「満点の回答だな」


 二人は満足げに拍手して俺を讃える。が、すぐにまたまじめな顔になった。

 リオネルさんが神妙な顔つきで言う。

 

「ギルラム洞窟は不思議なダンジョンでね。これまでの常識が一部通用しない。だから僕たちギルドは、冒険者には『無茶をするな』と注意喚起している。準備を徹底し、余裕があるうちに引き返すように、とね。当たり前の話だが、その当たり前をあえて周知することで、緊張感を持ってもらうのが狙いだ」


「我がギルドでも、冒険者の個性に合った武具や、彼らの負担を軽減するアイテムを提供するよう努めている。だが『万全』は存在しない。我らは常に、一歩先へ進み続けなければならないのだよ」


 そこで、とオレマンさんが俺の目をまっすぐに見据える。

 

「君の力を是非とも借りたい。『自動回復薬』や『魅惑のコースター』を超えるアイテムを開発してくれないか」


 僕からも頼むよ、とリオネルさんも頭を下げた。

 

 正直、頼まれなくても俺は勝手にやっていただろう。そろそろ新商品を開発しようと考えていたし、それが冒険者向けになるのは当然なのだから。

 

「いやあの、困ります……」


 こんな大物に頭を下げてもらうほどのことじゃない、との意だったのだが、

 

「ふうむ。まあ、いきなりでは困るだろうね」


「それに、頼み事をするのだから相応の対価は必要だ」


「もちろんだとも。報奨金は通常よりも多く支払おう。開発にかかった費用もこちら持ちにして構わないよ」


 新商品の開発が成功すると、アイテム商店ギルドから商品の有用度に応じて報奨金が支払われる。これまでに俺もいくらかもらっていた。

 それを通常より増額し、さらに開発費用も負担してもらえるとは。

 

「そこまでしてもらって、いいんでしょうか?」


「むろん、我らの期待に応えられる商品であること、成功報酬であること、が条件だけれどね」


 逆に言えば、俺にならできると信じてくれているのだろう。

 なら、断る理由はない。

 

 ただ、ひとつ問題があった。

 二人が期待しているのは、他店でも作れる商品だ。

 『自動回復薬』のように【混沌】属性を付与したものは俺にしか作れないから、他の六属性で強化したアイテムに限られる。

 

 まあ、それはそれでどうにかなるかな。

 というわけで。

 

「わかりました。ご期待に応えられるよう、精いっぱい頑張りますっ」


「おおっ、よろしく頼むよ」

「ま、肩の力はほどほどに抜いてな」


 二人とがっしり握手をして、笑顔で見送ったあと、俺はさっそく【強化図鑑】のウィンドウを開いた――。

 

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ひょうし
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