34◆スキルの書
突進してくる巨大ガニをひらりと躱し、すれ違いざまに剣で斬りつけた。それを何度も繰り返すと、やがてカニさんのHPは0になり、沈黙する。
ぽわわん、と虹色に光った巨大ガニは消え去り、代わりに大きなカニバサミをドロップした。
「ふぅ、今日はこれで二つ目か」
ギルラム洞窟の第五階層。地下なのに浜辺な場所で、俺は『ヒトマネキ』なる巨大ガニを狩っていた。目的は虹色ドロップアイテムの『誘惑カニハンド』だ。
これを強化すると『篭絡カニハンド』になり、階層ボスの攻略がとても楽になる。
でもさすが虹色ドロップというべきか、なかなか出てくれない。それでも七、八匹に一回くらいだから、わりと出やすいほうではあるのだが、半日がんばっても三個が限界だな。
こいつら、群れてないから安心なんだけど、だからこそあまり見かけない。探すのにも一苦労なのだ。
「そろそろ潮時かなあ」
海の話ではなく、『誘惑カニハンド』狩りのことである。
俺が『篭絡カニハンド』を作って、ダルクさんたちと階層ボスを攻略した翌日のこと。
なんとそのアイテムが別の魔物からドロップしたのが確認された。
この浜辺の奥にある洞窟(このダンジョンも洞窟なんだけどそれはそれ)に、『ヒトタラシ』なる巨大ガニ型の魔物がいたのだ。
『ヒトマネキ』の上位種らしく、そいつの虹色ドロップアイテムが『篭絡カニハンド』だった。
ドロップ自体は『誘惑』よりずっと低いが、今は多くの冒険者たちが『ヒトタラシ』狩りに殺到している。
需要はまだあるから、俺が強化して作った『篭絡』もまだ高値で売れているのだけど、第六階層より下に転移門が作られたら価格は大暴落だろうな。五階層のボスは面倒くさいわりにドロップ品がしょぼいらしいので。
そろそろ次なる商品を見つける作業にシフトすべきなのかも。
そんなことを考えながら、ドロップアイテムを腰のポーチに沈めたところで。
「いたいた。あんた、こんなとこで何やってんのよ?」
巨大な武器を持つ美少女が現れた。ハルバートを肩に担ぎ、金色でさらさらな髪をかき上げる、見た目お子様な19歳。
「バネッサか。俺に何か用か?」
俺は『謎の黒騎士』モードで応じる。
「質問はこっちが先よ」
「ダンジョンに潜る理由など、ひとつしかあるまい」
「そんなの人それぞれだわ。ダンジョンの攻略に協力する者、未踏の階層へ一番乗りを目指す者、ただ腕試しがしたいだけってのもいれば、そうね、素材を漁る者もいるかしら?」
にやにやと嗜虐的な笑みを向けてくるバネッサ。
これは、もしかして。
因縁をつけられているのでは!?
そういえば前回、階層ボスを攻略したときに『そのアイテムはどこで手に入れたのか?』と執拗に問い詰められたので、正直に語れない俺は『手を貸してやっただけでは足らんか? Sランクなら自分で見つけてこい』などと偉そうにごまかした。
それを根に持っているのかも。
「素材集めにしたって、『ヒトタラシ』じゃなく『ヒトマネキ』を狩る理由はなに? 『篭絡カニハンド』じゃなくちゃ役に立たないでしょ」
いや、でも待てよ?
この子って、前もアイテムのことばかり尋ねてきたよな?
階層ボス攻略用のアイテムだからと気にしていなかったが、もしかすると、純粋にアイテムに興味があるのかもしれない。
そういえば昔、前前世だったか。
アイテム集めが趣味の若者がいた。趣味のために冒険者になって、相当な実力者にまで上り詰めた変わり種。そいつは伝説級の武具とかではなく、『役に立つかどうかわからないけどわりとレア』なB級品に興味津々だった。
世の中には変わった奴がいるものだと呆れつつも、俺よりずっと強かったから悔しいとも感じていた。
バネッサも、そいつと同じ匂いがする!……ような気がする。
そんなわけで探ってみよう。
「ずいぶんと、興味があるようだな」
ドキドキしながら反応を窺う。
バネッサは目をぱちくりさせると、にやり――とはしないで、
「ば、ばばばバッカじゃないの! べつに興味があるとか気になるとかそんなんじゃないし!」
顔を真っ赤にしての取り乱し様。
間違いない。
でもなあ、B級アイテム集めが趣味って、そんなに恥ずかしいことかな?
「俺は他人の趣味にケチをつける男ではないぞ」
だから心を開いてくれていいんだよ?
そんな態度じゃ、アイテム談義をするお仲間もいないだろう。俺は秘密にしているが【解析】スキルを持っている。細やかな解説もできるのだ。
この子のお兄ちゃんとはお友だちになりたくはないが、バネッサと仲良くなれば、俺がまだ知らないアイテムの話を聞けるかもしれない。
それをゲットして新商品の開発につなげるのだ。
「なんなら、付き合ってやってもいいが?」(アイテム談義は大歓迎)
「つつつ付きっ!?」
「俺も嫌いではないからな」(アイテムは商売道具だし)
「は、ぅぅ……」
「そう恥ずかしがることはない」(アイテム蒐集は胸を張れる趣味だよ)
「で、でも……だって……」
「まずはたった今手に入れた『誘惑カニハンド』を――」
「アイテムを使ってまで!?」
バネッサは頭から湯気を出す勢いで羞恥に身悶えていた。
「そ、そんなのまで使って、本気で堕とそうっての? けっこう鬼畜なのね……でも、そういうの嫌いじゃないっていうか……」
なにやら混乱させてしまったらしい。言ってることが支離滅裂だ。
いきなり馴れ馴れしくしすぎたかも。
「すまなかった。段階を踏むべきだったな」
「そ、そうしてくれると、助かるわ。あたしも、こういうの、初めてだから……」
しおらしくなったバネッサに、ちょっとドキリとする。
でも、そうか。
やっぱり今まで、アイテム談義できるような友だちがいなかったんだな。変態の兄貴の世話で、それどころではなかったのだろう。
「ていうか、手玉に取られてる感じがひどいわ。調子が狂うったらないわね。今日はこれを渡すだけのつもりだったのに」
バネッサは腰の後ろに手を回し、ごそごそして何かを取り出した。
「巻物?」
強力な魔法の代わりに使ったりするアイテムで、魔法以外にも特殊な効果を持つものがある。
そして、これは――。
「『スキルの書』よ」
ふつう、スキルは教会でスキルポイントを支払って会得するものだ。
が、このスキルの書を使うと、スキルポイントが必要ないどころか、いきなりランクCで手に入れることができる。
スキルの書で指定されたスキルに限定されるが、モノによっては喉から手が出るほど欲しがる人は多い。
ちなみにこのスキルの書は、
「ま、【素材加工】のスキルだから、剣士のあんたには不要でしょうけどね。そこそこいい値段で売れるはずよ」
ふーむ。
いまいちピンとこないけど、職人系スキルはあっても困らないだろう。いらなければ売ればいいし。
「だが、なぜ俺に?」
「それは、ほら。前に手を貸してくれたじゃない? そのお礼っていうか……もっといいのを用意したかったけど、引いたのはそれだったから」
意外に律儀なんだな。でも待って?
「引いた?」
「そうよ。って、知らないの? 第六階層の『くじ引きルーム』」
なんと!
『くじ引きルーム』といえば、ダンジョン内にある特殊なお宝空間だ。たくさんある宝箱の中からひとつを選び、運が良ければ高額あるいは有用なアイテムなどが手に入る。
挑戦権は一人一回のみ。
宝箱はミミックの場合もあるので危険を伴うが、俺は【解析】があるのでミミックに引っかかることもなければ、中身を吟味できる。
「まだ挑戦してないなら行ってみたら? 今のとこ、最高のお宝は『スキルポイント3万付与』だったかな? な、なんなら、今から付き合ってあげてもいいけど……」
ちらちら俺を見るバネッサの手を煩わせるのは申し訳ない。べつに急ぐこともないしね。
「いや、今はいい」
「あ、そう。……まさか、他の誰かを誘うつもり?」
ぎろりと、眼光鋭く俺を射貫くのはなぜなのか?
まあ、誘うなら挑戦権のある人だよな。ダルクさんやセイラさんがすでに挑戦してたなら、付き合わせるのは悪いし。
「ふん。ま、いいけどね。スタートが遅かったし、見た目で舐められるのは仕方ないものね。でもっ!」
見た目お子様のバネッサはずびしっと俺を指差して、
「いずれあたしが一番になるわ。覚悟してなさい!」
そう宣言すると、バネッサは風のように去っていった。
なんだかよくわからないが、俺をライバル視して乗り越えてやる、と言いたかったのか。
実力ではSランクの彼女が断然上だから、かなり誤解しているのだが……。
まあ、それはそれとして。
俺は手にした巻物をじっと見る。
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名称:【素材加工】の書
属性:―
S1:◇◇◇◇◇ [locked]
S2:◇◇◇◇◇ [locked]
HP:10/10
性能:S
強度:E-
魔効:E-
【特殊】
【素材加工】付与
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そっち系の職人さんを目指す者なら、高値でも欲しがる逸品だ。これはこれでよい物ではあるのだが……。
ちょちょいといじくってみると――。
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名称:【素材加工(匠)】の書
属性:―
S1:◆◆◆◆◆(土)
S2:◆◆◆◆◆(混沌)
HP:10/10
性能:S+
強度:E-
魔効:E-
【特殊】
【素材加工(匠)】付与
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「……」
使ってみた。
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【スキル】
強化図鑑:Limited
解析:Limited
素材加工(匠):Limited
アイテム強化:S
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また俺は限定スキルを手にしてしまったようだ。