33◆階層ボスを攻略せよ
巨大なカニさんを倒して得たドロップアイテム『誘惑カニハンド』を抱えた俺に、ダルクさんが寄ってきて質問する。
「どんなアイテムなん?」
「対象に向けて振ると、誘き寄せられる特殊効果がありますね」
消費型のアイテムで三回しか使えないけど。三回使うと特殊効果が消え去り、ただの『カニハンド』になるそうな。
へえ、としげしげ眺めるダルクさん。
「もしかするとそれ、〝キーアイテム〟かも」
キーアイテム。
ダンジョンの攻略において、鍵となるアイテムのことだ。そのものズバリ、鍵として機能し、開かずの扉を開けたり、次の階層への道を開く場合もある。
それ以外にも、例えばボスモンスターの弱点であるとか、攻略が楽になったりする。
これが本来の意味での鍵とは形状からして考えられないので、これを使うと攻略が有利になる代物なのだろう。
ダルクさんがにんまりとした。
「ちょっち行ってみよっか」
「行くって、どこへですか?」
流れからだいたい想像はつくので不安しかない。
ダルクさんは答えず、いたずらっ子のような笑みを浮かべたまま、そそくさと服を着る。まだ水着が乾ききっていないため、白いシャツがぴっちり貼りついて透けていた。なんか、こっちのがエロいな。
で、手を引かれて移動を開始する。
来た道を戻るのではなく、別のルートで洞穴に入った。
ダルクさんの説明によると、転移門のある第五階層の広場から南へ抜けるルートに合流するのだとか。
うねうねした道を突き進み、ときどき魔物が現れてはダルクさんがぼこぼこにした。
手持ち無沙汰の俺は【強化図鑑】で『誘惑カニハンド』の強化を調べつつ、登録されていないパターンを試しながら、一時間近く彼女の後をついていった。
洞窟の壁面が変化する。
土や岩の壁ではなく、お城の地下みたいな石壁になった。壁の上部には等間隔で燭台が灯され、怪しく光っている。
魔物もぱったり出なくなり、だから逆に緊張が増した。
広間にたどり着いた。
巨大な鉄扉が行く手をふさぐ。
その前に、人影があった。
「おや? 黒騎士君じゃないか。また会ったね」
Sランク冒険者で『被虐趣味の貴公子』ことドMなお兄ちゃん、ラスティンだ。
もう会いたくなかったのに、また会ってしまった。
彼以外にも5人ほどの冒険者がいて、その中にはラスティンの妹、バネッサもいた。鉄扉の前で巨大な武器ハルバートを抱くようにして腕を組み、難しい顔をしていた。
「何をしている?」
俺はバネッサに問いかけた。
「ちょうどいいところに来てくれたわね」
バネッサは俺が抱えるカニバサミを一瞥したものの、俺ではなくダルクさんに正対した。
「この奥に階層ボスがいるのは知ってるわよね? 倒し方を教えてよ」
ああ、やっぱりね。鉄扉の向こうには階層ボスモンスターがいるのか。
Sランク冒険者が立ち往生ってことは、相当強いんだろうな。
ダルクさんがあっけらかんと答える。
「ひたすら殴ったよー」
「はあ!? 殴って倒した? アレを《・・・》?」
「そ。めっちゃ時間かかったけどねー」
「マジで? やっぱそうなっちゃうのかあ……」
「第九階層までのボスの中でも、一番めんどくさかったかなー」
「どのくらい時間がかかったのよ?」
「四時間くらい?」
バネッサは盛大にため息をついてげんなりした。
会話についていけない。
いったいこの奥には、どんなボスモンスターがいるというのか?
そして俺はなぜ、こんなとこに来てしまったのか?
「だいじょぶだいじょぶー。この子がなんとかしてくれるって」
さらにどうして、ダルクさんは俺の肩をぽんとたたいたのだろうか?
周囲が色めき立つ。俺、大注目の的である。
「言ってる意味が、わからないが?」
威厳ある風に問いつつ、鎧の中で蒼白になる俺。
俺が手に入れた『誘惑カニハンド』は階層ボスを攻略するためのキーアイテムらしいのだが、攻撃とか防御に使えるとは思えないんだよなあ。
まさか、俺が囮になってどうこうするの?
あ、でも待てよ? 『彷徨う魔鎧』みたいにアイテムが魔物化した相手なのかも。
「見ればわかるよー」
ダルクさんに背を押され、俺はでっかいカニの手を抱えたまま鉄扉に体当たりして。
ゴゴゴゴ……、と。
重そうな鉄扉がゆっくり自然に開かれた。
薄暗い大広間。
壁も床も天井も青黒い光をにじませている。奥行きは百メートルほどあり、その一番向こうに。
巨大な魔物が待ち構えていた。
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名称:アシュラゴーレム
属性:混沌
HP:2300/2300(2300)
MP: 680/ 680(680)
体力:A+
筋力:A+
知力:B
魔力:A
俊敏:C+
精神:A
【スキル】
陣地構築:A
仁王立ち:A
自己再生:B
魔法耐性:B
状態異常耐性:E
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うひぃ、強い! 危険度はバリバリのAだ。
アイテムが魔物化したものでもない。
三つの顔と六本の腕を持つ、身長十メートルの巨大な石像型魔物。こっちを向いている顔は無表情で逆に怖い。
でも、危険度AならSランク冒険者で十分対処可能では?
体力は高いけど、俊敏は比較的低いし、ぼこぼこにできそうなものだと俺は首をかしげる。
「あれの足元、よく見てみなよ」とダルクさん。
目を凝らす。魔物の足元に、ぼんやり光る何かを見つけた。奇妙な文字や文様がなんとなくわかる。
あ、そうか。【陣地構築】スキルだ。
よくよく解析してみれば、魔物の防御力を飛躍的に高める効果があった。物理的な攻撃だけじゃなく、魔法攻撃の威力も大きく軽減する。
しかも【魔法耐性】スキルがBだから、合わせ技でほぼ魔法が効かない。
パッと見ての攻略方法は、ダルクさんがやったようにちまちま殴り続け、ちょっとずつHPを削る以外になさそうだ。
あるいは【状態異常耐性】のEはあるものの、毒や呪いを重ね掛けして徐々にHPを減らす手もある。
いずれにせよ、【自己再生】があるからかなり時間がかかる。
俺の横にバネッサが並んだ。
「アレはアシュラゴーレムっていってね――」
ご親切にも魔物の特徴を説明してくれる。【解析】で知ってるんだけど、俺はふむふむと聞き入るふりをした。
「眠らせた隙に奥の扉を開こうとしても無理だったわ。倒さなくちゃ開かないみたいなのよね」
倒せない相手ではない。実際、ダルクさんは一度倒している。
ボスモンスターを含め、ダンジョン内の魔物は倒されると消えるが、いつの間にか復活する。話を聞く限り、ダルクさんが倒してから三日目には復活していたそうな。
ふむ。
読めてきたぞ。
俺は手にした『誘惑カニハンド』を見た。
これはこの階層のキーアイテムだとダルクさんは言った。
対象を誘き寄せる効果しかないのにどうして?と不思議だったが、これを使えばアシュラゴーレムを陣地の外に出せるかもしれない。
そうなればSランク冒険者が三人もいる現状、速攻で片は付くだろう。
俺は一人、前に進み出る。てくてく歩き、二十メートルほどの距離を開けて立ち止まった。
無表情ながらぎょろりと俺を捉える大きな目にビビりまくる。
あれが陣地から出てくれば、俺は踏みつぶされてしまうかもしれない。
でもきっとダルクさんが助けてくれると信じ、俺は『誘惑カニハンド』を掲げ、ふりふりと左右に振った。
魔物も目が、カニハンドに合わせてかすかに揺れた。
ぐぐっと、巨大な脚が持ち上がりかけた、そのとき。
ぎゅるん。
頭が三分の一回転した。にかーっと小バカにしたような笑みだ!
持ち上がりかけた脚が元の位置に固定される。
「イケると思ったんだけどなー」とダルクさんがひょっこり顔を出す。
「いい線はいってたんじゃない?」
バネッサも俺の横にやってきて続ける。
「たぶん、それだけじゃダメなのよ。効果を高めるような別のアイテムも必要なんじゃない?」
第五階層から複数のキーアイテムが必要なのか。このダンジョン、一筋縄ではいかないな。
それにしても。
「ムカつくな……」
アシュラゴーレムさんは、まだ俺を小バカにしたように笑っていた。
その笑顔、悲しみに染めてやろうじゃないか。
今のままで足りないなら――
――より強力にすればいいんだろう?
俺は『誘惑カニハンド』を腰の『異次元ポーチ』にしまう。ポーチに手を突っこんだまま、別のアイテムを引っ張りだす、ふりをして。
アイテム強化開始。
【強化図鑑】は確認済み。登録されていなかったパターンもいくつか試していた。
ちょうどその中で、今の状況にぴったりの強化パターンがあったのだ。
ポーチから取り出したカニハンドは、艶めかしいピンク色に染まっていた。
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名称:篭絡カニハンド
属性:水
S1:◆◆◆◆◆(水)
S2:◆◆◆◆◆(水)
S3:◆◆◆◆◆(火)
S4:◆◆◆◆◆(闇)
HP:400/400
性能:B
強度:C+
魔効:B+
【特殊】
誘惑+
モンスターフェロモン
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同属性の【水】を重ね掛けしてから、相克する【火】を加える。甘いお菓子にちょっぴり塩を足すと、甘みがいっそう引き立つとかいう、アレな感じで『誘惑』が一段階強化される。
さらに【闇】を付与したら、『モンスターフェロモン』なる特殊効果が現れた。原理は知らない。
で、この『モンスターフェロモン』は、あらゆる魔物――魔物という存在に対して、魅了系の特殊効果の成功率を飛躍的に高めるという優れものなのだ。
『篭絡カニハンド』をふりふりすると、小バカにしたような笑みが引きつった。
アシュラゴーレムはぷるぷる震えると、突然、頭部がぐるぐる回り始めたではないか!
ぴたりと止まったのは、憤怒の表情。
しかし怒りの形相は苦しそうに痙攣し、とろん、と気持ち悪い蕩けた顔になった。
ふらふらと俺に近寄ってくる巨大な石像。六本の腕を前に伸ばし、ふらふら、ふらふら、自身が作り上げた堅牢な陣地の外に出て。
ズバシュッ!
ドゴンッ!
哀れ。
大斧と大剣でぼこぼこにされた末、首を大斧で、胴体を大剣で両断されましたとさ――。