31◆Sランク冒険者
クオリスさん宅の転移門から出てきた先は、左右を切り立った崖に囲まれた場所だった。
目の前には胸くらいの高さの台座がある。その上には銀色の球体が浮いていて、帯状の魔法陣が囲んでいた。
これぞ本来の『転移門』だ。
そして転移門の向こう側、数十メートル先に、木製の柵が見えた。
「拠点の町、ですか?」
「そ。ギルラム洞窟用に作られたとこだから、できたのはつい最近だよー」
転移門があるとはいえ、お金とスキルポイントを使って行ったり来たりは大変だ。特に中位の冒険者には。
だから大きなダンジョンの近くには、こうして簡易の町を作ることがあった。
入り口をくぐると、木製の店が左右に立ち並んでいた。ちょっと大きな建物は宿屋だろうか。
新しく作られたとはいえ、けっこう広い。
それだけダンジョン攻略に人が集まっているのだろう。実際、人はものすごく多かった。
「おい、あの黒い鎧って」
「もしかして、謎の黒騎士?」
「魔物化した魔神の鎧を倒したって奴か」
なんか、注目されている気がする。こちらを見て、ひそひそと話している。
「でもよ、倒した代償で鎧に憑りつかれたんだろ?」
「そうしなきゃ、呪われた連中が助からなかったんだとよ」
「我が身を犠牲に、か。なかなかできることじゃないよなあ」
う、うーん……。なんだか変な尾ひれが付いて噂が広がっているな。
街での噂は俺も拾っていて、だいたいは掴んでいる。ダルクさんが積極的に広めたのではなく、憶測が憶測を呼んで『謎の黒騎士』の姿ができあがったようだ。
「一緒にいるのって、『斬竜姫』ダルクだよな? Sランクの」
「いろんな奴の誘いを断ってるのに、黒騎士にはべったりかよ」
「くぅ、あんないい女を連れてるなんて羨ましい!」
黒騎士がどうの以前にめちゃくちゃ目立っている!
ちなみに『斬竜姫』とはダルクさんの二つ名で、『竜を斬り伏せるほど強くてお姫様みたいに可愛い』という意味らしい。
ただ、ダルクさんは気に入らないようで、『よっぽのことがなくちゃ、ドラゴンとは戦わないかなー』とかなんとか。
「あの、ダルクさん。あまりひっついて歩くのは……」と小声で言ったのだが。
「気にしない気にしなーい」とダルクさんはどこ吹く風。
注目を浴びまくりで精神がガリガリ削られていく。
「ていうか、なんで『拠点の町』に来たんですか? まっすぐダンジョンへ行けばいいのに」
「ちょっとねー。あ、ほら。あそこのお店」
ダルクさんは向こうの角にあるお店を指差した。
装飾品ショップのようだ。ただのアクセサリーではなく、冒険が有利になる特殊効果のあるものを扱っているのだろう。
「あっ! 新作入ってるっぽい♪」
ダルクさんが喜々として駆けていく。ぽつんと取り残される俺。
今さら離れたところで注目はされたまま。
俺は居心地悪く、彼女の背を追おうとして。
「そこの君、すこし話をいいかな?」
俺の前を、イケメンさんが立ちふさがった。
上等の鎧を装備した剣士風の冒険者だ。金髪さらさらで、男の俺からしても惚れ惚れする容貌。線の細い体躯ながら、鎧に覆われていないところから筋肉質だと見て取れた。背も高い。
非の打ちどころが、外見上は見当たらなかった。
「なんだ?」
俺は因縁を付けられるのではないかとびくびくしつつも、威厳ある風に応じる。
「突然、失礼するよ。僕はラスティン。見てのとおり冒険者をしている」
「……ベリルだ」
ラスティンなるイケメン(24歳)さんは、「へえ」とどこか嬉しそうに口の端を持ち上げた。
「なにが可笑しい?」
「いや、名乗り返してくれるとは思わなくてね。ちょっと意外だったのさ」
「隠す理由がない」
「たしかに、ふつうはそうだろうね。でも、君はふつうとは言い難い。君、噂の黒騎士君だろう?」
「さて。誰が何を噂していようと、俺には関係ない」
俺は淡々と、ぶっきらぼうに会話の流れを止める方向で話す。かなり失礼だとは思いつつも、ぶっちゃけ早々に逃げ出したいので。
だって、ほら。遠巻きに人が集まり出したよ?
「おい、ラスティンが黒騎士に話しかけてるぜ?」
「ラスティンっていやあ、Sランクパーティー『迷宮の使徒』のリーダーだろ?」
「腕試しでもしようってのか?」
ざわめきが大きくなる。
どうやら彼は、かなりの有名人らしい。まあ、ステータス見たらSランクの冒険者だとすぐにわかったし、当然か。
「用件を言え。手短にな」
そして早々にいなくなってください。
「そうだね。周りも騒がしくなってきたことだし、さっそく本題に入らせてもらおう」
ラスティンは端正な顔を険しくし、告げた。
「僕たちの仲間にならないか? そして、一緒に新ダンジョンを攻略しよう!」
なん、だと……?
まさかいきなりSランクパーティーに勧誘されるなんて思ってもみなかった。
いずれ冒険者として成り上がるために、高ランクのパーティーに所属するのは願ってもないことだ。
彼らの経験や戦闘技術は、きっとプラスになるだろう。
それに、目の前にいる彼は、俺が目指す冒険者を体現したような人だった。
攻防のバランスがとてもよく、単身でもパーティー戦でも有効なスキル構成と魔法を持っている。
それらのランクが全体的に高い。
この人のようになりたい。
だから側で見ていたい。
でも、今の俺で大丈夫なのかとの不安がある。
魔鎧を装備していても、素のステータスはDランクにすら届かない。
魔物化した魔神の鎧を倒せたのだって【アイテム強化】スキルが有効だったからで、危険度Aの魔物とまともにやり合える自信はなかった。
きっと、彼らの足を引っ張ってしまう。
でも、このチャンスは逃したくない。
俺が迷いに迷っていると、ラスティンが目を輝かせて言った。
「君は、僕と同じ匂いがする」
「えっ?」
「君と僕は、よく似ているってことさ」
まさかSランク冒険者本人から『似ている』との言葉をいただけるとは。
俺は不安を振り払い、『ぜひっ』と誘いを受けようとした、そのときだ。
「ダンジョンは、いいぞ」
「ん?」
なんか、恍惚とした表情になって……。
「ダンジョンは、悪夢と絶望であふれている」
「んん!?」
「倒せども湧き生まれる魔物たち。神々が与えたもうた奇想天外なる罠。それらを死にものぐるいで潜り抜けた先で待っていた、神々しい宝箱はミミックでした!」
「……」
「ああ……身悶えるほどに興奮しないかいっ!? するだろう? だって君は魔神の呪いを一身に受けるような男なのだからね!」
な、なんなの、この人……?
辺りに呆れた空気が漂う。
「また始まったぜ……」
「アレさえなけりゃあ、いい奴なんだが……」
「さすが『被虐趣味の貴公子』……」
ええぇ?
俺、たんにドM仲間だと思われてるだけなの?
「さあ、僕と一緒に痛く苦しい茨の道を突き進もうじゃないか!」
「遠慮するっ!」
「なにゆえ!?」
理由を語るのもバカらしい。というか、こいつ以外はみんなうなずいてくれているぞ。
「まあそう言わず、一度僕たちのパーティーに参加してみてはどうかな? 後悔はさせないよ」
後悔しかしなさそうなんですが?
にこやかに近寄ってくるドMなイケメン。
強く拒否したところで、今後もしつこく迫ってくるに違いない。
となれば――。
俺は目だけで周囲に視線を走らせ、確認を済ませると。
「それ以上、近寄るな」
腰の剣に手をかけた。
「む? 決闘で僕の実力を知りたいのかい? やぶさかではないが、ダンジョンの中で魔物を相手にするところを見れば済むと思うのだけどね」
ラスティンは立ち止まり、真剣な表情になる。
俺は無視して剣をわずかに抜く。
すると、鞘と刀身の隙間から、黒い霧がにじみ出た。
剣に手をかけた瞬間、俺は『鋼の剣』に【闇】属性を重ね掛けしておいた。斬りつければ呪いを付与する特殊効果付き。
黒い霧は魔素が色を帯びただけで実害はない。
が、俺はそれを利用してハッタリをかます。
「魔神の呪いは、お前ら《・・・》が考えているほど甘くはない。人の身で耐えられると思うな」
いくら被虐趣味があろうと、『受ければ死ぬ』と言われれば――。
威圧するように告げると、さすがのラスティンも息をのんだ。
「耐えられないほどの、苦しみ……。し、死んでしまうかも、しれない……。さすがに、それは……ああ、でも……」
葛藤してやがる。こいつ、筋金が入ってるぞ。
そして予想どおり、ぐわっと、俺に襲いかかってきた。
「試さずにはいられない!」
俺は剣を抜きかけた姿勢で硬直し、待ち構える。そして――。
どごっ!「ぎゃんっ!?」ばたり。
ラスティンは前のめりにぶっ倒れた。後頭部を鈍器で殴られたのだから当然だ。
「悪いわね。飼い豚が失礼をしたわ」
彼を殴り倒した人がしれっと言う。
少女だった。歳は19で(今の)俺より上だが、身長は140㎝ほどの小柄な少女。金色のさらさらヘヤーが風になびく。
胸当てはまっ平らで胸部に押しつけられているが苦しそうではない。つまり、そういうことだ。
愛らしいがキツめの目元が呆れたように地面にへばりついたラスティンに向けられ、手にした巨大な武器で彼の尻をごりごりする。
長い柄の先が斧になっている、『ハルバート』と呼ばれる武器だ。
「こいつの仲間か?」
「不本意ながらね。ついでにいうと、妹よ。名前はバネッサ。よろしくね、黒騎士さん」
よかった。肉親とまでは思わなかったけど、やっぱり近くに仲間がいたか。
周囲を確認したらSランクの冒険者はこの子だけだったから不安だったけど、同じ程度の力を持つ彼女なら、きっとラスティンを止めてくれると思っていた。
さすがにリーダーが呪い死んだら困るもんな。まあ、呪いはハッタリなわけだが。
「まったく、節操のないマゾ豚ね。ちょっとは自制しなさい。死んだらどうすんのよ。あんたがそんなだから、誰もパーティーに入ってくれないんでしょうが。この、このっ!」
「ぶひっ、ぶひひっ!」
バネッサが尻を突っつくたび、嬉しそうな声を上げるラスティン。
彼女は彼女で、突っつくたびに頬が赤みを帯び、嗜虐的な笑みに変わっていく。
なんなのこの兄妹……。
「にしても」とバネッサが手を止め、俺を見た。
「『人の身では耐えられない』、か……。そういえば、神様ってのは気まぐれで、ときどき下界に人の姿をして現れるって話よね」
ん? なんの話?
「あんたもあいつも、人を超越した存在かなにかなのかしら?」
横目に流した視線の先。
野次馬に紛れてご観覧中のダルクさんがいた。いつもの飄々としたニコニコ顔だけど、どこか冷たくバネッサの視線を受け止めていた。
「おっと。詮索は畏れ多いわね。んじゃ、行くわよクソ豚」
「ぶひいっ」
バネッサが斧部分でラスティンの尻を引っぱたくと、彼は四つん這いのまま彼女に駆け寄った。
「それじゃ、黒の騎士さん。ダンジョンで会ったら、そんときはよろしくー」
手をひらひらさせつつ、兄のけつを蹴っ飛ばして去っていく。
できれば、二度と関わりたくないと心の底から思う俺でした――。