30◆デートのお誘い?
疲労は完全に抜けた。
これからは健康状態に気をつけながらアイテム強化に励んでいこう。
そう決めて、今日のノルマをこなしていたら。
「やっほー♪」
ダルクさんがお店に顔を出した。
セイラさんを迎えに来たのかな? あれ? でも彼女は今日、冒険に出かける用事はないと言っていたはず。だから今は、日用品などのお買い物で不在なのだ。
「アタシも今日はオフのつもりだったんだけどさー。アリトくんも元気になったし、ちょっと一緒にお出かけしない?」
「俺と、ですか……?」
ま、まさか。
これってもしかしなくても、でででデートのお誘いというやつでは!?
どうしよう? 女の人とデートなんて四回も生まれてきたのに初めてだ。いや、男ともないけどね。
作法なんて知らない。
初っ端の問題として、何を着ていけばいいかもさっぱりだ。一番お高そうなものといえば、あの魔鎧だけだぞ。
「例の黒鎧着てさ、さくっとお出かけしようよ」
「あ、あの鎧でいいんですか……?」
およそデートとは対極に位置しそうな出で立ちだが、相手の女性が望んでいるのなら、それに応えるのがデートの真髄というやつだろう。
……つーかこれ、絶対デートじゃないよね?
「あの、ちなみにどちらへ行かれるのでしょうか?」
「新ダンジョン。キミ、行ったことないっしょ? 面白い素材がごろごろ落ちるよー」
ああ、やっぱりね。
俺は魔物からドロップした素材を強化して、オモシロアイテムを作って売り捌く、という方針を掲げながらまったく実践していなかった。
元気になったし、そろそろ本格的にやるのもいいだろう。
いきなりSランク冒険者が挑む新ダンジョンに足を踏み入れるのは不安だけど、Sランクのダルクさんが一緒なら安心だ。
『ベリアルの魔鎧』は防御力がかなり高いしね。
でも、そうか。
やっぱりデートじゃなかったんだな……。
そんなウマい話があるはずないか。
俺はすごすごと自室へ移動する。
自分の部屋で『ベリアルの魔鎧』を装備した。【風】で強化して軽量化しないと『筋力UP』の特殊効果があっても普通に動けないのが悲しい。
そういえば、こいつを拾ってきてからいろんな強化を試していたけど、それも過労に陥った原因なのかもな。
黒い鎧を着こんだ俺は二メートルほどの大男に変貌する。
内部でどのような『サイズ調整』がなされているかは怖くて考えたくない。
とにかく通常の俺サイズではない、長い手足は見た目こそ違和感があるものの、動かす分にはまったく問題がなかった。
ただ、自分自身の動作感覚は問題なくても、
「いてっ」
周囲のサイズはもちろんそのままなので、油断すると出入り口の上部に頭をぶつけたりする。(実際は兜を被っているのでほとんど痛みはないけどね)
一階に下りてきた。
店の裏手の作業スペース。
ダルクさんはいつの間にか大剣を背負っている。
俺は『鋼の剣』を腰につけ、『回復薬』をいくつか腰のポーチに放りこんで準備完了。
「お待たせしました。……ダルクさん? どうかしましたか? 難しい顔をして」
「ん~……、キミってさ、正体は隠すんだよね?」
「まあ、そうですね。全身鎧なのは、その意味ではちょうどいいです。背丈も変わりますし」
「たしかに見た目じゃわかんないけど、声で気づく人がいるかもよ?」
「そうですかね? じゃあ……こんな感じではどうでしょう?」
俺は心持ち低く、威厳ある風に声を出してみた。
「いいじゃんいいじゃん。でも、声と口調が合ってないよ?」
たしかに。
見た目的に丁寧口調じゃ締まらないよな。俺は身近で威厳ある口調の人をマネてみた。
「ならば、このように。どうだろうか? ダルクさん」
「ダルクでいいってば。ま、アリトくんにしては頑張ったほうじゃないかな? って、そうだ」
「なにか?」
「名前。アタシはなんて呼べばいい?」
本名を呼ばれては正体がバレバレだ。誰かと会話する機会があったとして、名乗らないわけにもいかない。
それっぽい偽名が必要だな。
「どのような名前がよいか?」
「ベリアルでいいじゃん?」
鎧の名前から取るのか。手っ取り早く、忘れにくい利点はあるが、
「仮にも魔神の名前を騙ってよいものだろうか?」
それにしてもこのしゃべり方、油断するとすぐ素に戻っちゃいそう。
「んじゃ、ベリルで」
わりとこの人、大雑把なところあるよな。
ま、難しく考えるほどのものでもないし、『ベリル』でいいかな。
俺がうなずくと、「じゃ、行こっか♪」とダルクさんは作業スペースの端っこにあるドアへと向かった。
これ、お隣さんに通じる扉だ。
知らぬ間にクオリスさんが作り、ここからちょくちょく侵入してくる。鍵はなく、『そなたもいつ夜這いに来てもよいぞ』などと口走っていたが、さすがに寝込みを襲うようなマネはできない。
クオリスさんの作業スペースは相変わらずおどろおどろしかった。奇妙なものがたくさん置いてある。
部屋の隅で床に手をかざすダルクさん。
床が発光し、魔法陣が浮かび上がる。
クオリスさんが作った(らしい)転移門だ。
ここから、接続された様々な場所へと転移できる。
「新ダンジョン……『ギルラム洞窟』にもつながってるんですか?」
「そだよ。でも、今から行くのはそのちょっと手前。てか口調戻ってるじゃん」
おっといけない油断した。にしても、『手前』って?
疑問を浮かべたその瞬間、むぎゅっと。
ダルクさんが俺の腕に抱き着いてきた!?
豊満かつもっちりした御胸が俺の腕にぎゅぎゅぎゅっと押しつけられ、た、谷間に挟まってぇ!
鎧越しでも柔らかな感触が伝わってくる。なかなかに高性能な鎧だな、というのはさておき。
「な、なな何をっ!?」
「デートなんだし、これくらいは当然っしょ」
「は? で、デート……?」
今からダンジョンに行くんですよね?
「そ。男と女が二人っきりでお出かけして、楽しむんだから。ほら、デートじゃん♪」
そ、そういう解釈もありなのだろうか?
「んじゃ、しゅっぱーつ♪」
掛け声とともに、俺たちはきらきらきらーっと魔法陣に吸いこまれていく。
にんまり笑うダルクさんの頬は、わかりにくいけどほんのり赤みを帯びていた――。





