28◆リィルのお友だち
リィルの忘れ物を届けるため、俺は出発した。
大通りを出て、乗合馬車に飛び乗る。街の中心部を左に折れ、東ブロックへ。
ゼクスハイムの東を少し行くと、中規模の河川に行き当たる。付近はなだらかな平地で、川から水を引いて大規模な農場が一帯に広がっていた。
街の東ブロックに住む人たちは、これら農場に従事する人たちが大半だ。
冒険者の街とは遠い区画のように思えるが、このブロックも冒険者に深い関わりがある。
冒険者を育成する学校が、ひしめているのだ。(東西南北それぞれのブロックにもあるが、東に多くが集中している)
街の中心部からすこし離れると、人通りがまばらになった。
農地へ働きに出ている人が多く、学生も学校に通っているからだろう。
乗合馬車を降りて、商店街へと入る。商店のおじさんやおばさんに道を尋ねつつ、目的の場所に到着したころにはお昼間近になっていた。
危うく遅刻しかけたが、どうやら間に合ったようだ。
鉄製の格子状門扉の前に立つ俺。
右を見ても、左を眺めても、三メートル近い石壁が遠くまで続いていた。
正面には三階建てながら横長の大きな建物がそびえている。
レイオット予備校――学校に入学するために通う学び舎だが、見た感じは学校そのものだ。
ここはレイオット冒険者学園の直轄で、成績優秀者が推薦を取れば入学試験免除で学園に入学できる。
予備校に入るにあたり、担当教官と保護者面談をしたところ。
リィルの実力は歴代でもトップクラスで、学園の入学基準は軽く超えているとのこと。
学力面で足りないところがあるからそこを重点的に伸ばす必要はあるものの、一ヵ月後に控えた入試までには、確実に推薦枠に入れるとのお墨付きをいただいた。
ぼけーっと鉄扉の前で待っていると、カランコロンと敷地内で鐘が鳴った。
しばらくするとわいわいがやがやと声が聞こえる。
「アリトお兄ちゃ~ん!」
校舎の中からリィルが駆けてきた。ぶんぶんと手を振りながら、青い髪や尻尾が揺れる。学校指定の体操服を着ていた。外で実技系の授業をしていたのだろう。
「おや?」
リィルの後ろ、小躯の背に隠れるように、誰かがついてきている。リィルと同じくらいの背格好の女の子らしいが……なんだあれ? 巨大な、ハンマー?を手にしている。
「お兄ちゃん、わざわざごめんね――って、どうしたの? 身構えたりして」
「ああ、いや……そちらの子は?」
俺が巨大な凶器を警戒しつつ尋ねると、リィルは顔だけ後ろに向けて、「ああ」と言って一歩体を横にずらした。
すっと、リィルの背中に隠れるお嬢さん。
でもぎゅっと両手で握りしめた巨大ハンマーは隠せず、まるでリィルが背負っているかのように見えた。
「カタリナちゃん? 大丈夫、お兄ちゃんは恐くないよ。それにほら、門だって閉まってるし」
リィルに促され、巨大ハンマーを持つ女の子が半歩進み出た。
銀色のショートカットは顎のラインで切りそろえられている。さらさらヘヤーの両側から、長くとがった耳が飛び出していた。
エルフの子か。顔を下に向けているけど、整った愛らしい顔立ちっぽい。
そして、リィルと同じくらい小柄で華奢なのに、たゆんと揺れる大きな胸元につい目がいってしまった。
「は、はじめ、まして……カタリナ、です……」
うつむいたまま、消え入りそうな声で自己紹介する。
名前には聞き覚えがあった。
リィルが予備校の生活を語るとき、しばしば登場していた名前だ。
「リィルのお友だち、だよね?」
「うん♪ ひとつ年上のお姉ちゃんなんだけど、仲良くなったの。カタリナちゃんってね、すっごい恥ずかしがり屋なの」
見たまんま極度の人見知りのようだ。リィルは自分と同じ匂いを感じ取ったのだろう。
ところで、人見知り同士がどういう経緯で仲良くなったのかは謎だな。どっちから話しかけたか興味が湧く。
「俺はアリト。リィルの兄です。よろしく」
俺がぺこりとお辞儀すると、カタリナちゃんはあわわと慌てつつぺこぺこと何度も頭を下げた。大きな胸がぼよんぼよん揺れている。
なかなか微笑ましい子だな。
さて、鉄格子越しに長話もアレなので、用件を済まそうと思う。
「ほら、これだろ? 忘れ物」
俺は腰のポーチから筒状に丸めた紙をにゅっと出し、リィルに手渡す。
リィルは広げて確認し、「ありがとー」と満面の笑みになった。
これで用事は終わり。
ただ、俺は今日、新しいアイテムを作ったので、リィルに試してもらおうと思っている。
それを渡そうと、腰のポーチに手をかけたときだ。
「ちょっとあなた、何をしていますの!?」
強い口調に目を向けると、いつの間にか一人の女の子がリィルたちの背後に立っていた。
リィルたちよりさらに小さな体。
金色のふわふわ髪は中ほどから螺旋を描いて落ちている。こちらも体操服姿の彼女は、カタリナちゃんと同じく尖った耳を持っている。腕を組み、ふんぞり返るも、するんとした胸元。
ちょっときつめの目元がリィルを見、カタリナちゃんに移し、そして俺を半眼で睨みつけた。
「部外者が門の外から何用ですの? 警備員を呼びますわよ?」
「エリカちゃん、この人は――」
焦りまくってリィルが割って入ろうとするも、じろりと睨まれて言葉を止めた。
「リィルさん、気安く呼ばないでいただけます? それで? そちらの男性はどこの不審者ですの?」
不審者前提とは悲しいな……。
「不審者じゃないよっ。この人はリィルのお兄ちゃんで――」
「お兄ちゃあぁん?」
チンピラみたいな口調で、俺を舐めるように見る少女――エリカ。
「そちらの不審者は人族のようですけど? あなた、いたいけな少女に『お兄ちゃん』と呼ばせて楽しむ特殊嗜好がございますの? リィルさんもよくそんなことに付き合っていますわね」
さすがにカチンときた。
俺のことはどう言われてもいいけど、最後のリィルを貶める発言は看過できない。
「俺とリィルは誰がなんと言おうと兄妹だよ」
思わず語気が強くなってしまったら、エリカなる女の子はびくっと仰け反った。
うっ、ちょっと大人げなかったかな。
リィルが困った風にまたも割って入る。
「アリトお兄ちゃんは、リィルに忘れ物を届けてくれたんだよ」
「だ、だとしても、警備員にお願いするなど方法はありますわ」
その警備員さんはまったく見当たらないのだけど、言わないでおく。ムキになられても困るし。
エリカも状況を飲みこんだらしく、しどろもどろで形勢は逆転。
「よ、用事が済んだのでしたら、早々にお帰りくださいな」
そんな強がりも微笑ましい。
「ほら、あなたたちも行きますわよ? 午後も実技の授業がありますから、早めに食事を済ませませんと」
俺も話を拗らせたくはない。新アイテムは道すがら俺自身でも試したし、リィルには帰ってからでいいかな。『それじゃあ』と別れようとした、のだけど……。
「カタリナ、しっかり食べて気合いを入れてくださいましね。先ほどのような醜態を、またわたくしに見せてもらっては困りますわよ?」
鋭い言葉に、カタリナちゃんの肩がびくりと跳ねた。
「そもそもあなた、エルフとしての矜持に欠けていましてよ? バカの一つ覚えみたいに突進しては返り討ちにあって、すこしは頭を使ったらどうですの? だからいつまで経っても推薦枠に届かないのですわ」
エリカはくどくどと説教を始めた。
言葉の攻撃を受け続けたカタリナちゃんは……。
「ぅ、ぅぅ……、ごえん、なざぁい……エリカしゃまぁ……」
泣き出しちゃったぞ?
ぎくぅっと驚くエリカ様。
「なっ、またすぐ泣いて。泣けば済むと――」
「うわーーーんっ」
「ととととにかく! 次こそはシャンとしてくださいましねっ」
わたわたと慌てた様子のエリカは踵を返し、
「あ、逃げた」
ぴゅーっと走り去っていった。
「なんて迷惑な子だ……」
でも、なんだか事情がありそうな、なさそうな?
取り残されて泣きじゃくるカタリナちゃんを、リィルが優しく撫でて慰める。
そんなリィルに、二人の関係について尋ねると。
「エリカちゃんってね、エルフの国のお姫様?らしいよ?」
あまりよくわかっていなさそうだが、落ち着いたカタリナちゃんからも話を聞き、まとめれば。
エリカはエルフの王族で11歳。見た目どおりのお子さまだ。
カタリナちゃんも同じ国の出身で、身分は違えど幼馴染みらしい。冒険者にならんとするエリカに付き添い、この街にやってきたとのこと。
エリカは王族といっても、上に兄や姉が何人かいて、王位継承の候補からは外された。だから身ひとつで大成しようと、冒険者を志したのだとか。
ちょっと親近感を覚えてしまうな。
ふむ。
状況を踏まえると、見えてくるものがある。
言動はいちいちキツくて生意気盛りだったけど、会話の流れを追ってみれば、なるほど、エリカはカタリナちゃんが心配だったのだ。
そしておそらく、リィルにカタリナちゃんを盗られやしないか不安なのだろう。
案外いい子なのかもしれないな。
リィルがふつうに話せていることからも確定的に明らかだ。
ちょいと不器用で笑えないけど。
さて、人間関係を把握したところで、先の会話で気になることを俺はカタリナちゃんに尋ねた。
「さっきあの子が『推薦枠に届かない』とかなんとか言ってたけど、どういうこと?」
びくりとするカタリナちゃん。ぎゅっと目をつむってしまったので、リィルが代わりに答える。
「実技の授業ってね、教官と戦うんだけど……」
実戦を想定した授業で、カタリナちゃんはいつも不合格になってしまうらしい。
彼女のステータスを【解析】で見たところ、巨大ハンマーを扱うだけあって体力と筋力はそこそこ高い。総合的に見ても、リィルには及ばないがDランクは超えつつある。
ただ、その戦闘スタイルが仇になっているようだ。
リィルが言う。
「戦ってる間にHPが一定以下になると、そこで『不合格』になっちゃうの」
カタリナちゃんは『俊敏』が低く、小回りが利かない。
真正面から突進して押しきる戦い方しかできず、熟練の教官相手では、時間内にHPを一定以上保てないのだとか。
回復は認められており、回復薬や回復魔法を使う方法もある。
が、彼女は魔法が使えず、『俊敏』が低いために『一度後退して回復薬を飲む』という器用な戦法もできないのだとか。
彼女は素のHPがそこそこ高い。模擬戦中に一度でもわずかに回復できれば、ぎりぎり合格できるかもしれない、とリィルは続けた。
「回復……回復、か……」
うってつけの物を、俺は今持っているんだよなあ。
腰のポーチからガラス瓶を取り出す。鉄扉越しにリィルに手渡した。
「お兄ちゃん、これなあに?」
「新商品だ。カタリナちゃん、これを試してみてもらえないかな?」
きょとんとする彼女に、アイテムの説明をする。
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名称:自動回復薬
属性:水
S1:◆◆◆◆◆(水)
S2:◆◆◆◆◆(混沌)
HP:10/10
性能:D-
強度:E-
魔効:D
【特殊】
自動回復
============
通常、回復薬は飲むとその場でHPが50だけ回復する。HPが満タンだとまったく意味がない。
が、これは『自動回復』という【状態】を付与するものだ。毒や呪いみたいな状態異常とは逆に、自分にメリットのある状態付与系のアイテムだった。
HPが50減った瞬間に発動し、HPを自動的に回復してくれる。
「そ、そんなアイテム、初めて聞きました……」
「ふつうは売ってないからね」
【混沌】を付与できるのはおそらく俺だけ。だからどこにも売っていないと思う。
いちおう、ここへ来る途中に自分で試していた。
往来で頭を壁に打ち付けてHPをわざと減らしてみたのだけど、周りの目が痛かったな。店の中でやればよかったよ……。
でも効果はバッチリだと検証はできた。
「50ぽっちで合格に届くかはわからないけど、試してみてよ」
カタリナちゃんは目をぱちくりさせてガラス瓶を眺めてから、控えめにお礼を述べる。
「は、はい。ありがとう、ございます……」
まだちょっと不安そうだ。
そこで俺は、余計かなと思いつつも、アドバイスをする。
たしか前前世だったか、けっこう強い冒険者パーティーの荷物持ちをしていたとき。
巨大なハンマーを操る大男がいた。
やたら話し好きの男で、訊いてもないことをよくしゃべっていたっけ。
彼が語っていた、巨大ハンマーの扱い方を思い出しながら話して聞かせる。
「――って感じで、ハンマーを振り回した勢いを利用すると、相手の攻撃を回避できるんだよ」
俺はやったことないけど、遠目で実際に見たからたしかな方法だ。
カタリナちゃんは真剣に聞き入って、むんっと可愛らしく気合いを入れて。
「が、がんばってみますっ」
うむ。やる気が出てきたようでなにより。
でもまあ、いきなり実践しろといっても難しいよなあ。俺には無理だ。
――で、二人と別れ、店に戻って夕方。
自動回復薬の可能性を検証しすぎてお疲れの俺が、店でぼーっとしていたら。
「たっだいまー♪」
リィルが元気に帰ってきた。
その後ろから、銀髪の少女も飛びこんでくる。
「お兄さん! ありがとうございましたっ!」
「は?」
カウンター越しに俺の手を取り、ぎゅっと握る。つぶらな瞳をうるうるさせていた。
「カタリナちゃんね、午後の授業で合格点をもらったんだよ」とリィル。
「お兄さんのアドバイスと、いただいたアイテムのおかげです。ほんとうにありがとうございましたぁ……ぐずっ」
あらら。また泣き始めちゃったよ。
「カタリナちゃんが頑張った結果だよ。おめでとう」
さらさらの髪を撫でると、はにかんだようにカタリナちゃんは笑う。
「エリカさまにも、お褒めの言葉をいただきました」
あー、見える。見えるぞ。
居心地悪そうにそっぽを向いて、『よ、よくやりましたわ』と小声で言うエリカの姿が――。





