25◆謎の黒い騎士とは?
古砦に入るなりゴースト系の魔物に襲われ、逃げながらたどり着いた大広間。
背後からは当然、魔物たちがふわふわと俺たちを追いかけて広間の中に……って、あれ?
振り向けば、魔物たちは扉の前で上下左右にうろうろおろおろ。
「どうやら、この砦の主を恐れて入ってはこれぬようだな」
俺が絶賛お姫様抱っこ中のクオリスさんが言った。
「とはいえ、いつ立ち入るかは知れぬ。扉は閉じておくか」
じっと見つめられたので、俺は彼女をそっと降ろし、びくびくしながら扉へ向かい、素早く閉めてほっとひと息。
まずは冷静に状況を確認しよう。
黒い霧が充満する中で、ぽっかり空いたような半球状のドーム。
その中にセイラさんが立っていた。太ももが露わになった姿にドキドキする。
ドームは『聖竜の錫杖』の特殊効果『破邪の聖域』によるものだ。
彼女の足元には三人の男女が横たわっている。【解析】スキルで見たところ、Aランク相当の冒険者っぽい。『膨張の呪い』を受けたものの、セイラさんが治してくれている真っ最中のようだ。
で、正面に目を戻すと。
「やっほー♪ ダルクだよ☆ 冒険者やってまーす」
ギャル風の褐色美少女が大剣を構えたままウィンクしてきた。
セイラさんの冒険パートナー、だよね……? なんか軽いな。
俺はどうもと会釈して、彼女の前に佇む黒い影に視線を移した。
2メートルはあろうかという巨大な鎧。真っ黒だ。
いきなり現れた俺とクオリスさんを警戒しているのか、様子を窺っている風だった。
ならば、俺もじっくり確認させてもらおう。
【解析】で奴のステータスを表示する。
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名称:彷徨う魔鎧
属性:闇
HP:1366/2100(2100)
MP: 322/ 550(550)
体力:A+
筋力:S-
知力:C
魔力:B+
俊敏:A-
精神:E
【スキル】
精気吸収(呪):A
神殿構築:C
溶解:C
自己再生:D
耐聖:E
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めちゃくちゃ強そうっ! てか強いっ!
魔法はないけど、特殊なスキルがてんこ盛り。危険度はA……いや、Sに届いてるんじゃ?
クオリスさんが言っていた『砦の主』ってので間違いないらしい。こいつが、マレーナさんや彼女の仲間を襲った張本人だな。
てことは、セイラさんの足元にいる三人組は、マレーナさんと一緒に来た冒険者だろうか?
「GUGUGrr……」
低く唸るような声を発し、俺に眼光(?)を向けている。めっちゃ怖いよっ。
クオリスさんが楽しげに笑う。
「これは面白い。魔神の鎧が魔物化したか。ダルクが手こずるのも納得であるな」
「おかげでお腹、ぺっこぺこだよー」とダルクさんがげんなりする。
「ふむ。セイラは治癒で手一杯であるか。となれば――」
クオリスさんはいっそう笑みを咲かせ、
「アレの対処は、そなたが適役であるな」
なぜ、こちらを向いていらっしゃるのでしょうか?
俺はニコニコした視線を避け、助けを求めるようにセイラさんを見た。
なぜ、『なるほどー』って納得顔なのでしょうか?
「そう怯えずともよい。通常の魔物であれば、そなたでは手も足も出ぬであろうが――と、無駄話をしている場合ではなさそうだ」
ぞくりと、背に悪寒が走った、直後。
「GUGAAAA!!」
黒い鎧が俺めがけて突進してきたぁっ!?
「はっはっは。彼奴も、そなたを最大の脅威であると感じ取ったらしいのう」
「笑い事じゃないっす!」
俺は腰が引けつつも、避けてどうにかなる状況ではないと覚悟を決め、『鋼の剣』を構えた。
が、こんなもので危険度S近い魔物の攻撃を防げるとは思えない。
【解析】を発動。
『鋼の剣』の強化を試みる。
ふだんは指先でウィンドウをなぞり、強化を施していくけど、『鋼の剣』を片手で扱えるはずもなく、両手は柄を握るのでふさがっていた。
意思だけで、ウィンドウを操作する。詳細情報を表示させるときはこれでも可能。一縷の望みをかけてやってみたら――できたっ!
『鋼の剣』に【土】属性をぶっこみ、強度を増す。特殊効果に『硬化+』が付いたので、それも発動。
黒い鎧が打ちこんできたこぶしを、剣の腹で受ける。
重い衝撃に、吹っ飛ぶ俺。ついでに剣が手から離れ、飛んでったよ!?
しかも、である。
「ぐえっ!」
黒い鎧が追いかけてきて、俺の喉をつかんだ。そのまま持ち上げられる。
さらに――。
「ぐ……ぇ……?」
黒い霧が、奴の腕から大量に染み出してきて、俺の鎧を包みこんできた。眼前に表示された鎧のHPゲージが、みるみる減っていく。
これ、呪いか? いや、【溶解】スキルで『隼の聖鋼鎧』が溶かされてるっ。実際には溶けていないが、HPが0になったら溶ける。間違いないっ。
そうなったら、俺の貧弱HPが一瞬でなくなるのは確定的に明らか。
ヤバいっ。死ぬぅ!
何か、何か手はないか? 鎧のHPがどんどん減って焦りまくりながら、必死に打開策を考える。
答えを相手に求めようと、【解析】スキルをフル稼働であらゆる情報を読みまくっていたところ。
魔物のステータスとは別のウィンドウ画面が気になった。
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名称:ベリアルの呪鎧
属性:闇
S1:◆◆◆◇◇(闇)
S2:◆◆◆◇◇(闇)
S3:◆◆◆◇◇(闇)
S4:◆◆◆◇◇(闇)
S5:◆◆◇◇◇(闇)
S6:◆◆◇◇◇(闇)
S7:◆◆◇◇◇(闇)
HP:1750/1750
性能:A-
強度:A+
魔効:B+
【特殊】
膨張の呪い
闇の加護++
筋力UP+
サイズ調整
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おー、すごいな。強化が中途半端ではあるものの、Aランクの鎧じゃないか。
でも身に着けたら『膨張の呪い』が降りかかってしまうな。
まあ、【闇】属性をとっぱらって【聖】でもぶちこめば、呪いの特殊効果はなくなりそうだけど。
などとアイテム強化職人らしい分析をしていて、ハタと気づく。
俺今、殺されかけてるんだった。
でも同時に、気づいてしまった。
――アレの対処は、そなたが適役であるな。
クオリスさんが言った意味。
この『ベリアルの呪鎧』なる防具が、どこの何であるのか。
眼前のウィンドウを凝視する。
――強化スロットを開放しますか?
イエス。イエスイエスイエスイエスイエスイエス。
――付与する属性を選択してください。
【聖】。
――チャージレベルを選択してください。
全部に決まってる。
俺はただひたすらに、強化を試みた。
中途半端に埋まったスロットをすべてまっさらに開放し、それでも足りなさそうだったので、すべてに【闇】と相克する【聖】属性をフルチャージして――。
『隼の聖鋼鎧』はHPが0になり、みるみる溶け始めたところで。
「GU……GYAAAA!!」
黒い鎧は雄叫びを上げて俺を放り投げた。
地面に叩きつけられ、『隼の聖鋼鎧』は溶けた部分を起点にバラバラになる。俺のHPがちょっと減りました。
でも、どうやら俺の勝ちのようだ。
黒い鎧は苦しみもがき、体から黒い霧がぶわっと放出されたかと思うと、ぴたりと動きを止め。
ガシャン、とその場に崩れ落ちた。
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名称:ベリアルのへたれた魔鎧
属性:闇
S1:◆◆◆◆◆(聖)
S2:◆◆◆◆◆(聖)
S3:◆◆◆◆◆(聖)
S4:◆◆◆◆◆(聖)
S5:◆◆◆◆◆(聖)
S6:◆◆◆◆◆(聖)
S7:◆◆◆◆◆(聖)
HP:500/500
性能:C-
強度:C
魔効:C-
【特殊】
サイズ調整
===============
もともと【闇】属性のものを【聖】で強化したからか、ステータスがかなり下がっている。アイテムは素材などの関係で、属性が固定されたものがある。あるいは『ギリーカード』みたいに、どう強化しても属性が『-』の表記(『属性なし』の意)のままだったり。
特殊効果もほとんど消え、呪いの大本もなくなっていた。
てか、『へたれた魔鎧』って……。
ともあれ、同時に魔物としてのステータス画面も消え失せていた。
「はあぁぁ……、死ぬかと思った……」
へたりこむ俺。いまだに生きた心地がしない。
そこへ、大剣を担いだダルクさんがやってきた。
「やー、お疲れちゃん♪ すごいね、キミ」
「あ、その……ありがとうございます」
ねぎらいに対するお礼だけでない。
この人はずっと、いつでも俺を助けられるよう、大剣を構えて準備していた。視界の端でそれを捉えていたとは言わず、ただ感謝の言葉を口にした。
にっと屈託なく笑う彼女を見て、生きた心地が戻ってきた気がした。
ぶるり。
安心したとたん、寒気が襲ってくる。鎧を剥がされ、俺は薄手の長袖長ズボン姿になっていたからだ。ここ、けっこうひんやりしてるね。
「そのような格好では外を歩けまい?」
クオリスさんも寄ってくる。
「でも、替えの服なんて持ってきてないですし」
「そこにあるではないか」
クオリスさんのしなやかな指が示した先。
黒い鎧が落ちていた。
「いやいやいや。呪われ……は、もうしないのか。でもサイズが違いすぎて……」
「この手の鎧は自動でサイズが合うようになっておる」
たしかに、唯一残った特殊効果に『サイズ調整』ってのがあるな。
俺はおどおどしながらも、兜を手に取ってみた。
重い。この重さで全身を包むとか立ち上がれないよ……。
ひとまずスロットを全部空にすると、『筋力UP』と『闇の加護』の特殊効果が戻ってきた。俺の貧弱ステータスでは多少の筋力がアップしても心許ないので、【風】を2スロットに付与し、『軽量+』を生み出す。
で、着てみたところ。
「なんだ……、これ……?」
視界が、広い。というか、視線が高い。
足元を見ると、俺とは思えないほど足が長く思えた。
腕を前に出す。これまた長い。肘を曲げてみたが、明らかに俺の腕の長さでは、関節でないところ(手首と肘の間くらい)で折れ曲がっていた。
「なんだこれっ!?」
気持ち悪いよっ。
ちゃんと調べてなかったので鎧の特殊効果『サイズ調整』の詳細を表示させると、どうやら鎧に合わせて使用者の体を調整する効果らしい。ふつう逆じゃない?
最初こそ戸惑ったものの、ちょっと体操してみたが、意外にもしっくりくる。
手足の長さや目線の高さはすぐに慣れた。
俺が調子に乗って飛んだり跳ねたりこぶしを突き出したりしていたら。
ドガッ!
大広間の入り口が破られた。
大挙して突入してくるゴースト系の魔物さんたち。君らいたんだった忘れてた!
「はいはーい。まっかせてー♪」
風よりも速く、魔物の群れに突っこむダルクさん。大剣をひと振りすると、魔物が数匹消え去った。すげえっ。
魔物たちは怯んだものの、ぐわーっとダルクさんに襲いかかる。
「あちゃー。けっこういるなー。悪いけど手伝ってくんない?」
俺ですか?
「今のそなたなら、支援くらいはできよう。その魔鎧、うまく使うがいい」
しれっとおっしゃるクオリスさん。火の魔法でダルクさんを援護する。
無茶振り、とは思わなかった。
俺は飛ばされた剣を拾い、漆黒の鎧をちょちょいと強化して、魔物の群れを迎え撃った――。
――で、まあ。
ヌシがいなくなって魔素が薄くなり、新たに魔物は発生しなくなったらしく、時間をかけて砦に巣食う魔物たちは全滅させた。
俺はダルクさんを避けてきた臆病者たちを主に担当したのと、高HPと防御力を誇る新たな鎧のおかげで命をつなげられた。
最後はへとへとになって、クオリスさんに引きずられて先に帰ったわけだけど。
数日も経つと、街に妙な噂が流れた。
曰く、『黒い全身鎧を着た正体不明の黒騎士が、魔物の巣窟を攻略した』と――。
まさか、俺のことじゃないっすよね?





